「もう、始まってる!」
粘性を帯びた大気が、纏わりつくように周囲を塞いでいく。照り付ける日射しは嫌味なほど青く、満遍なく大地に降り注いでいた。肉体の其処此処から不快感のシグナルが出され、足は自然と重くなる。ただ歩くだけで憂鬱になるのを防ぐために、僕はイヤホンから聴こえる音に集中する。
「はい、配信始まってます。見てってください」
ゲームの実況する声が耳から聴こえてくる。自分には馴染みのゲームであり、馴染みの声だ。自分はこの人の配信をよく観ている。
何故観始めたかはあまり覚えていない。が、今では配信が始まったのを確認できれば、都度観に行っている。アーカイブも偶に見る程度には親しんでいた。
ゲームとは基本的に家でするものだ。そのため配信は普通であれば自宅からとなり、姿は見えない。しかしこの馴染みのゲームは違う。僕の馴染みのゲームは、今では珍しい、ゲームセンターで行うゲームだ。家庭用が主流となり、ゲームセンターがクレーンゲームの森となりつつある昨今において、僕はシーラカンスのようなそのゲームを愛好していた。
そんなゲームの配信は、勿論ゲームセンターで行われる。ゲームの台の隣にパソコンが繋がれ、配信をするのだ。当然、そのゲームセンターに行けば、配信をしている様子が見られる。また、ゲームのプレイヤーズサイトでは知り合いのプレイヤーが今プレイ中なのか、さらにはどこでプレイしているかが分かる。これらの機能から、配信プレイヤーを観に行くことはそう難しくなく、それが一種の交流ともなっていた。
僕がよく見る配信は、自分がよくいくゲーセンから少し離れていた。同じ首都圏のため行こうとすればいけるのだが、わざわざ行くほどのものでもない。そんな中、僕はそのゲームセンターに向かっている。イヤホンでライブ配信を聞いている。
発端はたまたま配信をしている街で美術の展覧会があったからだ。僕はそのついでで、彼の配信を観に来た。特段仲良くなろうとも、配信に出ようとも思わない。ただ、どんな人なのかそれだけが気になっていた。
ゲームセンターについた。少し郊外にあるそれは広く駐車場が取られ、地方都市のそれを感じさせた。都心部とは違う作り。家族連れが多いのかもしれない。
ドアを開け、中に入る。夏場なので空調が効き、少し肌寒いくらいだった。子供向けのクレーンゲームや、エアホッケーやパンチングマシーンなど感応系のゲーム機が並ぶ。僕がやっているゲームは薄暗い、奥まったところにおいてあるのがほとんどだ。今では珍しい喫煙スペースの横をすりぬけ、筐体へ向かう。
僕がやっているゲーム機が並んでいる。配信器材もある。しかしそこには誰も居なかった。人の影がない。画面には、前日のプレイ画面がリプレイで表示されていた。
しかし耳からは配信中の声が聴こえる。ゲームのプレイ音も。しかし誰も居ない。スマホをみる。プレイヤーズサイトを確認する。たしかにここのゲームセンターだ。プレイ中と表示されている。再び視線を前に。やはり誰も居ない。どうし___
「あーあ、知っちゃったねぇ。こういうのは知らない方がいいんだよ。わかるか?」
声が聴こえる。イヤホンではなく、直接。そう、脳内に語り掛けてくる。配信の声が。さっきまでだれも居なかったのに。
ふと暗くなったと気が付く。照明は真っ赤になっていた。ゲーム台は無人のままだ。視線を回し、クレーンゲームが林立しているブースに目をやる。あったはずのクレーンの台はどこにもなく、紫色のトウモロコシ畑が茂っていた。パンチングマシーンは七人の小人と白雪姫の案山子に。プリクラの筐体は銀色に光るモノリスと化していた。緋色の光を反射し、自分の姿を映す。
そしてその背後にいる、ソレも。
恐る恐る振り返る努力をする。イヤホンからは配信の声が聴こえている。「それはダメ。ローテで部隊が落ちるのはだめだねぇ」遠く、遠く。
全身汗が噴き出している。いつの間に自分はこんな場所に。こんな場所?ここは何だ?
制止する理性を振り切り、強引に振り向く。そして、そして。
そこには何もいなかった。ゲームセンターに入口があるだけだった。
理解できない自分は再度振り向く。配信席にはやはり誰も居ない。
変わったことが一つあった。イヤホンから何も聴こえてこない。それどころか、視聴履歴にそんな配信はなかった。そんな、チャンネルも無かった。
店内ランキングも確認したが、そんなプレイヤーはどこにも見当たらなかった。
___あれから一年近くが経った。あの時の経験はなんだったんだろうか。他の視聴者に話を聞いても誰一人としてそんな配信覚えていなかった。白昼夢のような配信。あれは何だったんだろう。僕がおかしいのか。
そんなことを思いつつ今日も馴染みのゲームセンターに行き、コインを入れ、全国大戦に進む。マッチングが完了し、対戦相手が映し出される。
見覚えのある旗。プレイヤー名。居るはずのない、居たはずのプレイヤー。
「おう、始まってるよ!」
声が聞こえた気がした。
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