上下の吸収壁の下でのブラウン運動の解析解について

標記テーマに長らく頭を悩ませてきたが、ようやく納得のいく答えが見つかった気がするので書き記すもの。同じ悩みを抱える方(いないか)や正しい答えをご存じの方(ぜひレスポンスお願いします)の目に留まってもらえれば幸いです。

この記事の価値は何か

そもそもなぜ、上下の吸収壁の下でのブラウン運動に関心があるかというと、外国為替レートの高値と安値と引値の同時分布を用いて投資戦略モデルを作りたかったから。

巷のテクニカル分析の中には、高値と安値と引値を組み合わせながら売買サインを出すものが数多くあるが、統計的な裏打ちがあるものはなく、失礼ながらセンスが感じられない。自分としては、外国為替レートがブラウン運動でない(かも知れない)ことは呑み込みつつも、ブラウン運動の同時分布を用いた投資戦略モデルを解析的に考えてみたいと思ったもの。

なお、吸収壁が上下どちらかしかない場合は鏡像原理によって簡単に答えが出るのだが、上下両方に吸収壁がある場合はいろいろな教科書をあたっても見つからなかった。

上方吸収壁だけのケース

ドリフトゼロのブラウン運動における時刻$${t\,(\geq 0)}$$における位置$${x}$$の確率分布を$${p(t,x|x_0)}$$で表す。ただし$${x_0}$$は時刻$${0}$$における位置。

まず、上方吸収壁$${h}$$のみが存在する場合に、時刻$${t}$$における位置$${x}$$の確率分布を$${p_1(t,x|x_0)}$$で表す。ただし$${x\leq h}$$。このとき、鏡像原理より$${p_1(t,x|x_0)=p(t,x|x_0)-p(t,x|2h-x_0)}$$が成り立つ。

鏡像原理は本稿における重要なキーワードなので、丁寧に説明せねばなるまい。上の$${p_1(t,x|x_0)}$$の右辺は引き算の形になっているが、第一項$${p(t,x|x_0)}$$は出発点が実際の$${x_0}$$であるのに対し、第二項$${p(t,x|2h-x_0)}$$の出発点は$${x_0}$$でなく、$${h}$$を鏡と見立てた$${x_0}$$の写像である$${2h-x_0}$$となっている(以下では「$${h}$$に対する鏡像」と呼ぼう)。ドリフトゼロのブラウン運動は過去に囚われずに上下対称に挙動することから、$${x_0}$$から出発してどこかで$${h}$$に到達した後に最終的に時刻$${t}$$に$${x}$$に到達する確率は、$${2h-x_0}$$から出発して$${h}$$を横切って$${x}$$に到達する確率$${p(t,x|2h-x_0)}$$に一致する。ミソは、$${2h-x_0\,(\geq h)}$$から$${x\,(\leq h)}$$に到達するまでには必ず$${h}$$を横切らなければならないため、面倒なことを考えずに単に$${p(t,x|2h-x_0)}$$でよいということ。この論理展開を初めに思いついた人はずいぶん頭のいい人だと思う。

上方吸収壁だけのケースに軽いノリで下方吸収壁を加えてみる

さて、ここまでは見通しよく話が進んだ。この調子で上方吸収壁$${h}$$に加えて下方吸収壁$${l}$$の存在を考えるために、$${p_1}$$の各項の出発点を$${l}$$に対する鏡像に変更した$${p(t,x|2l-x_0)-p(t,x|2l-2h+x_0)}$$を$${p_1}$$から引き算した$${p_2}$$を考えよう。ただし$${x\geq l}$$。すなわち、$${p_2(t,x|x_0)=p(t,x|x_0)-p(t,x|2h-x_0)-p(t,x|2l-x_0)+p(t,x|2l-2h+x_0)}$$。これでうまくいけばいいのだが、残念ながら$${p_2}$$は目指す答えではない。

状況を整理しよう。まず、$${p_1}$$において$${h}$$は吸収壁($${p_1(t,h|x_0)=0}$$)だが$${l}$$は吸収壁ではない。このため、$${p_1}$$に2項加えて$${p_2}$$を作ってみたのだが、$${p_2}$$において$${l}$$は吸収壁($${p_1(t,l|x_0)=0}$$)となっているものの、$${h}$$は吸収壁ではない($${p_1(t,l|x_0)\neq 0}$$)。ある確率分布$${p_n}$$に対して$${p_n(t,h|x_0)=0}$$と$${p_n(t,l|x_0)=0}$$が同時に成り立てば、それこそが目指す答えなのだが、あちら立てればこちらが立たず、上方壁立てれば下方壁立たず。。。

破れかぶれで繰り返してみる

とりあえず、$${h}$$と$${l}$$を同時に吸収壁とするのはあきらめ、上と同じ要領で$${p_3}$$、$${p_4}$$、$${\cdots}$$と作ってみよう。

$$
p_3(t,x|x_0)=p_2(t,x|x_0)+p(t,x|2h-2l+x_0)-p(t,x|4h-2l-x_0)
$$

$$
p_4(t,x|x_0)=p_3(t,x|x_0)-p(t,x|4l-2h-x_0)+p(t,x|4l-4h+x_0)
$$

$$
p_{2n+1}(t,x|x_0)=p_{2n}(t,x|x_0)+p(t,x|x_0+2n(h-l))-p(t,x|2h-x_0+2n(h-l))
$$

$$
p_{2n}(t,x|x_0)=p_{2n-1}(t,x|x_0)+p(t,x|x_0-2n(h-l))-p(t,x|2h-x_0-2n(h-l))
$$

自然数$${n}$$をどんどん大きくしていけばいずれ収束することが期待されるが、その期待は正しい。というのは、$${n}$$が大きくなるほど追加されたブラウン運動の出発点は$${l}$$や$${x_0}$$や$${h}$$からどんどん離れていくので無視できるようになるため。どうやら答えが見つかったようだ。

数値例

数値例として、$${x_0=0}$$、$${h=3}$$、$${l=-1}$$、$${t=25}$$の場合を示す。$${p_1}$$や$${p_3}$$などの奇数番目では$${x=h}$$でゼロとなっており、$${p_2}$$や$${p_4}$$などの偶数番目では$${x=l}$$でゼロとなっている。$${p_7}$$あたりで収束しているようだ。

なお、奇数番目で$${x=h}$$でなく$${x=l}$$でゼロとなるようにしても、同じ結果に収束する。以下のとおり。出発点から近い方からゼロにしようとすると収束が速いことがわかる。

上限値と下限値が既知の場合の確率分布

これで材料が揃った。上の確率分布を$${h}$$と$${l}$$で偏微分すれば、$${x}$$と$${h}$$と$${l}$$の同時分布が得られるので、分母を調整することで、$${h}$$と$${l}$$が既知の場合の$${x}$$の分布が得られる。

$${h=3}$$、$${l=-1}$$、$${t=25}$$の場合に出発点$${x_0}$$をいろいろ変えてみたのが下図。出発点が上限または下限に近い場合は、遠くにある反対側の限界点に頑張って到達する必要があり、このために終着点もそこに近くなる傾向がみられる。

また、$${x_0=0}$$、$${h=3}$$、$${l=-1}$$の場合に時刻$${t}$$をいろいろ変えてみたのが下図。時刻が大きくなるほど上下の壁の中間地点がピークになる傾向がみられる。

結び

とりあえず所期の目的は達したと思う。いずれ続きを書いてみたい。お付き合いいただきありがとうございました。

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