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Book introduction: Good Economics for Hard Times -2-

こんにちは。

前回に引き続き『絶望を希望に変える経済学』を紹介していきます。前回は本書の著者であるAbhijit Banerjee氏、Esther Duflo氏らの研究内容について解説しました。今回から本の内容に入っていきます。


著者の主張

まず著者らの主張は以下のように整理できると思います。

①世界で進む分断を解消するには人々の対話が必要である。

②対話には正確かつ最新の情報が必要である。

③経済学のエビデンスは対話において重要かつ有用である。

④エビデンスの解釈には幅があるため、結論に至る過程が重要である。

本書は、④結論に至る過程を省略せずに、③経済学の最新の知見を読者と共有することを実践しており、500ページ弱ある本のほとんどが研究事例や実際のデータを説明することに費やされています。

著者らの考え方について、以下でもう少し詳しく見ていきましょう。


世界の二極化

世界はいま様々な問題を抱えており、それらの多くで人々の意見は二極化の一途を辿っています。例えば、リベラルは政治的右派を差別主義者呼ばわりし、低所得者層がエリート層に怒りの矛先を向けるというように。著者らは、一定の価値観を共有した人々が集団を形成することで、集団同士が互いに意見を交わす場が減っていることを強く危惧しています。

このような状況で人々が対話を行うために社会科学者ができるのは議論に必要な情報を丁寧に伝えることだと言います。

私たちは社会科学者の端くれとして、事実を示し、事実の解釈を世に問う。それが分裂した世界の橋渡しをし、互いに相手の言い分を理解し、たとえ意見の一致にはいたらなくとも、すくなくとも理性に基づく不一致に到達する助けになると期待するからだ。双方が互いの意見を尊重する限り、民主主義は意見対立と共存することができる。ーL8, P9


経済学の有用性

経済学は、移民や貿易、経済成長、環境などの世界規模の問題に留まらず、SNSや税金、福祉政策、人々の選好(差別問題にも関連する)に関することなど私たちの身近な多くの問題を対象としています。そのため、経済学の知見を知ることは社会の問題を考えるうえで非常に有用です。

経済学者はいま挙げた重大な問題について、言いたいことがたくさんある。移民は賃金水準にどのような影響を与えるか、税金は企業の意欲をどの程度削ぐのか、…(中略)…。ソーシャルメディアは人々の偏見を助長するうえでどんな役割を果たしているのか。そんなことも経済学の範疇である。ーL11, P11


よい経済学

タイトルにもあるように、彼らはよい経済学(Good Economics)と悪い経済学があると述べています。

よい経済学は、イデオロギーに流されず、新しいエビデンスに誠実に向き合って世界によい効果をもたらすものであり、自身や経済学の無知に対しても謙虚です。反対に、悪い経済学は無知を省みず、問題を単純化し、イデオロギーに固執した結果、不平等の拡大とそれに伴う怒りと無気力を生み出してきました。

悪い経済学は、事実に即していないにも関わらず断定的で分かりやすく、それに比べてよい経済学は控えめで、分かりにくく、説明不足であることが多いと言います(主にテレビに出てコメンテーターをする"エコノミスト"と"経済学者"を対比しているようです)。


科学的なエビデンスにはいくつもの解釈があり得ます。特に経済学の研究は多くの要因が複雑に絡み合っており、要因を全てコントロールすることができないために解釈の幅が広くなります。そのため、同じ研究結果やデータを持っていても、結論が違ってくる可能性があります。そうすると、経済学者の主張を理解して議論に繋げるためには、結論に至る過程を知る必要がありますが、往々にしてテレビなどでは説明に十分な時間は与えられません。

また、経済学者は政策の影響や経済成長などの未来を予測することの難しさを理解しているため、安易な断定を避ける傾向にあります。(経済成長の予測精度は非常に低い。これも要因が多過ぎることと関連していると思います。)

しかし、結果としてこのようなスタンスが聞き手に不信感を与え、経済学の信頼を貶めている可能性があると指摘します。有用な経済学の知見を共有するためには、そうしたスタンスを改めて経済学の信頼を取り戻す必要があります。

世界はすでに複雑で不確実すぎる。そうした世界で経済学者が共有できる最も価値あるものは、往々にして結論ではなく、そこにいたる道のりだ。知り得た事実、その事実を解釈した方法、推論の各段階、なお残る不確実性の要因などを共有することが望ましい。ーL6, P17

私個人も普段ニュースなどを見ていて、もっと丁寧に説明してもらえた方が嬉しいなと思うことが多くあります。しかし一方で、この解決策は情報の受け手の忍耐を必要とするものでもあると思います。正確性を犠牲にして要点だけを効率的に伝えるか、冗長でも正確性を重視するかといったことは、経済学に限らずサイエンスコミュニケーションを語る上で常に付き纏う問題でしょう。


対話を取り戻すために

現在の世界の分断を解決するためには、社会科学者が情報を伝えると同時に、彼らの意見や解釈を鵜呑みにするのではなく、人々が自分の力で考え、対話を行うことが重要です。その中で他者の意見を尊重し、理解しようと努めることで少しずつよりよい世界に繋がっていくのではないかと思います。

本書で扱う問題について、読者が私たちとちがう結論に達することも大いにありうる。私たちとしては、本書の結論に反射的に賛成するようなことはしないでほしいが、私たちが採用した方法にいくばくか注意をはらっていただけるとうれしい。…(中略)…。本書が終わりに近づく頃にはほんとうの対話が始まることを願っている。ーL8, P20



いかがだったでしょうか?

今回は著者の考え方、この本で目指すところについて簡単に触れました。私は著者のこうした誠実な姿勢に感銘を受けました。興味を持たれた方にはぜひ本書を手に取っていただきたいです。

次回は、本書で取り上げているいくつかの問題について概説します。



参考

[1] 『絶望を希望に変える経済学 社会の重大問題をどう解決するか』, アビジット・V・バナジー&エステル・デュフロ 著, 村井章子 訳, 日本経済新聞出版社.

[2] 『政策評価のための因果関係の見つけ方』, エステル・デュフロ&レイチェル・グレナスター&マイケル・クレーマー 著, 石川貴之&井上領介&名取淳 訳, 日本評論社.


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