映画「許された子どもたち」は今年1番の傑作かもしれない(ネタバレ・感想)
◆とんでもない映画を見てしまった。
終了後も鳥肌が立ち続け、しばらく席を立ち上がれない状態が続く、そんな映画だ。賛否両論で物議は醸すだろうが、日本人全員に見て欲しいと声を大にして言いたい。
本作は「先生を流産させる会」で話題を呼んだ内藤瑛亮監督の最新作だ。自身が学生だったときに起きた山形マット死事件から、少年犯罪に課題感を抱き、公開まで2011年から約9年間の時間をかけた作品である。
◆あらすじ
同級生である樹(イツキ)を日常的にいじめていた中学生男子4人グループの絆星(キラ)、匠音(ショーン)、香弥憂(カミュ)、緑夢(グリム)は、ふとしたきっかけで彼を殺してしまう。
しかし、絆星の無罪を強く信じる母親と弁護士の力技で、裁判の結果彼らは「不処分」となる。彼らは通常の暮らしに戻るのであった。
不処分となるも、待ち受けるのは周囲からの冷たい視線、そしてネットで蔓延する誹謗中傷。
息子が殺されたら?息子が人殺しだったら?友達がいじめられていたら?自分がいじめていたら?ニュースで残虐なニュースが報じられたら?それぞれの立場の振る舞いを描きながら、「加害者家族」の挙動にフォーカスを当てる問題作。
◆感想(ネタバレあり)
・序盤の殺人シーンが、内藤節炸裂である
いじめられっ子の樹が絆星たちに殺される残虐描写が内藤監督然としていて、冒頭からやりおるなぁw という気分に。
工作の得意な樹に作らせた割り箸ボーガン、それを使って絆星が樹の喉元にボーガンを突き刺すシーン。これが、エグいんですわ・・・・・・。
喉にボーガンの矢が刺さり、血がドバドバと出て前に倒れる樹。さらに深く突き刺さるボーガン。大量の流血。激しく悶えるも、いじめっ子たちは助けるどころかその場から走り去り、証拠品となり得るボーガンを粉々に燃やし川へ捨ててしまう。
この描写のリアルさ、グロさ、エグさが、観客の加害者への憎しみを増幅するトリガーになっている気がする。
・予想不能かつ胸糞悪さが残るラスト
この映画、加害者家族の生きづらさだけでなく、被害者家族や周囲の一般ピーポーの気持ちや行動もフラットに描かれているからこそ彼らの気持ちを想像して泣けたりしてくる。だから、ちょっとこう思ってしまうんだ。
「これ、絆星は更生に向かうんじゃねーの?」
映画の中盤で「ああ、これ『少年は残酷な弓を射る』的な展開か」と思いながら見ていた。
実際、絆星もとあることをきっかけに罪に向き合おうと一歩踏み出すんだけど、最後「そっちかーい!」ってツッコミを入れたくなる後味の悪さなんだよな。
パンフレットを読んだら、内藤監督は初稿のラストがしっくりこず変えたとのこと。少なくとも私はこのラストだからこそ、現代においてこの映画の意味がめちゃくちゃあると思っている。
・練りに練られたであろう脚本
少年の凶悪犯罪についての知識がない私でも、徹底的な調査によって作られたのだろうということがわかるほどのリアリティがあった。
加害者心理や被害者心理、そして彼らが受ける仕打ち、凶悪犯罪の情報を耳にした周囲が起こす行動の1つ1つはどれも脚色されていない事実のように感じられた。
一部を紹介すると、加害者は誹謗中傷により転居を余儀なくされがちなのだとか。また、被害者家族も悪口の対象になるらしく、それは理不尽な事象が起きた時に、被害者側にも非があったと理由をつけることで、世界は公正であると信じたい人間心理のためだそう。
・自立を選ぶのか、被支配を選ぶのか
これはそのまま作中に出てくる「桃子」と「母」、絆星はどちらを選ぶのかという問いと同義である。
前述の通り、絆星は、罪に向き合おうととある行動を起こす。そのきっかけを作ったのが新しい学校でいじめられていた「桃子」だった。
桃子は彼のことをバイアスをかけずに、1人の人間として捉えることができる女の子。だからこそ彼と日々過ごす中でこう言うのだ。「被害者の家族に謝りに行ったら?絆星くん、ずっと辛そうだよ」。その結果、絆星は「自ら」行動を起こそうとする。
一方で母は絆星を自分の庇護下に置き、彼の思考を停止させる存在とも言える。
「絆星は絶対に人なんて殺すわけがないわよね。」
「絆星の人生が幸せであってほしいの。」
さらに自分の息子が犯罪なんて犯すわけないというビラを学校前で配布したり、無罪を主張する本を書いたりする行為は、自分が正しいと思いたいエゴであり、それを息子に親(大人)という圧力で押し付けているのだ。そのエゴによって、絆星は主体的に罪と向き合うスペースを消されていき、母の傀儡となるのである。
彼はどちらを選ぶのか。
それは「母」なのだ。母の支配の元、罪から逃げることを選択する。また、最後の最後では母を凌駕した「モンスター」として生まれ変わる、という結末なのだ。これが胸糞たる所以だ。
うーむ、血の轍。「血縁は呪いである」という持論を持っているのだが、まさに、いう印象。
最後に、全容知りたい人向けにストーリー(ちょいちょい端折ってるけど)を記載する。
◆ストーリー全容
誰かにいじめられ、全身ボロボロの幼少期の絆星と、それを抱きかかえる母。
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絆星、匠音、香弥憂、緑夢の4人はいじめの対象の樹を呼び出し、割り箸ボーガンを持ってこさせる。絆星はボーガンを使い、風船や空き缶に矢を刺している。
そんな中、樹が反抗的な態度をとったのだ。それが気に食わない絆星は、ボーガンで樹の喉元に矢を刺してしまう。苦しむ樹をよそに逃げる4人。凶器は捨て、いそいそと帰宅する。
すぐに中学生の死亡事件は一大ニュースとなった。ある日、警察が絆星の元に訪れる。事情聴取をされる絆星は、警察官の脅しめいた発言もあり自白する。
世の中では容疑者の特定合戦が行われていた。住所、氏名が晒され、自宅には大量の落書きとビラ。自宅にいられなくなった絆星の両親はホテル暮らしを余儀なくされる。
絆星の無罪を信じてやまない母は弁護士を雇い、状況証拠しかないことを逆手に取った力技で「不処分」という判決を勝ち取る。いじめっ子達は普通の暮らしを取り戻したのだった。
不処分になるも、周囲の冷たい目線とネット上の誹謗中傷は止まらない。顔出しで誹謗中傷するニコ生主まで出てくる始末。それらはエスカレートし、ある日絆星は空き地で絆星のことをよく思わない高校生にタコ殴りにされるのであった。
半年後、絆星は住む場所を変え、中村義明という名前で別の学校に通っていた。その学校では桃子という女がいじめられていた。「美術部の先生と付き合い、それをセクハラだと騒ぎ立てたことが原因だ」と周囲は言う。
そんなことがあったからだろうか、クラスでは「いじめはなぜ起きるのか、どうしたら無くなるのか」というテーマの授業が行われた。いじめる動機をまっとうに考える子供、いじめられる側が悪いとする子供、いじめは無くならないと言い切る子供、様々な意見が班ごとに交わされる。過去いじめのリーダーだった絆星は議論に参加せず突っ伏し、現在いじめの渦中にある桃子も発言はしない。
桃子は授業での絆星の授業態度が気になり、絆星に近づくようになる。次第に桃子と絆星はこの土地での唯一の友人となっていく。
さて、いじめに関する議論の結果を班ごとに発表する日になった。そこで1人のクラスメートが声高に話すのだ。
「子供も大人のように刑事罰を与えられればいい。そしたらいじめはなくなる。そうじゃないとコイツみたいに野放しになる。コイツは市川絆星だ。」
騒然とするクラス。ツイッターで投稿までなされ、また誹謗中傷が始まってしまったのだ。
疲弊する家族。父は限界だった。母には手を挙げ、絆星には声を荒げる。ついには2人の元から消えてしまう。
絆星は桃子に問う。
「お前も他の奴らと同じで、俺が人殺しかどうかが知りたいから近づいてるんだろう?」
「言いたくないなら言わなくていいよ。」
するとついに絆星の口から事実が語られる。
「俺は殺したよ。もう、殺した理由は忘れたけど。」
「家族に謝ったら?」
「お前も周りと同じかよ。」
「だってキラくん、いつも辛そうなんだもん。」
その夜、絆星は家を飛び出し、桃子に電話で頼みごとをするのだった。
翌朝2人が向かったのは被害者家族の家だった。意を決して呼び鈴を鳴らし、出てきた樹の父親に「謝りに来ました」と伝える。大粒の涙を流し怒る父親と、絆星の首根っこをつかむ妹。お焼香を上げるも、樹の目を見れない絆星に対して、樹の母が一言。「あなたは何に謝ってるの?」
樹の母の言葉を受け、事件現場に向かう絆星と桃子。するとそこには花と手紙を捧げようとする緑夢の姿があった。「お前だけいい子ヅラかよ」と怒り狂い花や手紙を川に投げ入れる絆星。
「僕があの時もっと強かったら、こんな風にはならなかった」と何度でもそれら拾う緑夢。
次に会ったのは匠音と香弥憂だった。彼らは新たないじめの標的に対して意地悪を働いていたのだ。しかも、割り箸ボーガンを用いて。地面には本物のボーガンまである。またも怒る絆星。彼らを殴り、しまいにはボーガンを2人に向けるが、すんでのところでその矢を全く別の場所に放つ。しかし矢は桃子の頬をかすめていた。その事実を見てショックを受け訳がわからなくなった絆星はその場から走って逃げてしまう。
彼が向かった先は事件現場だった。そこで彼は樹に向けられた花や絵、手紙を完膚なきまでに破壊するのだった。
ひとしきり暴れた後、結局帰宅する絆星。すると血を流し意識を失っている母親の姿があった。彼女はこの事件を糾弾するニコ生主によって襲われたのだった。
後日、憑き物が落ちたような顔の絆星と頭部に包帯をした母親がカフェにてお茶をしている。
絆星は昨日、自分が死ぬ夢を見たという。夢占いでは自分の死は吉兆で「再生」を意味するのだと。
微妙な顔をする母と、笑ってみせる絆星。
彼は過去に何もなかったかのような明るさで、近くに座っている他人の家族の赤子に手を振る。
そして、2人は仲良く並んで新しい家へ帰っていくのであった。