【読切現代ホラー小説】ネタミガミ
夕方、綺麗な赤と橙色の空が広がっている。踏切も、線路も、ずらずらと並んでる家の屋根も、沈みかけの太陽に照らされ、夕方の景色を形作っていた。
「そういや聞いてよ、この前部活の先輩がさ〜…」
また始まった。菜奈の愚痴が。
菜奈は昔はこんなこと言わなかった。明るくてまっすぐな、私には勿体無いくらいの友達だった。でも中学にあがってから、菜奈が吹奏楽部、私が茶道部に入ってから、菜奈は変わってしまったんだ。菜奈は顔を合わせれば先輩や顧問の愚痴や悪口ばかり言うようになってしまった。なんでこうなったんだろう。私の大好きなこの夕方の景色さえ、菜奈によって段々と黒く澱んでいく気がした。
「じゃあね〜、また明日〜」
「うん、またね」
自分が嫌いだ。友達に何も言えない自分が。彼女を助けてやれない自分が。こんなことを考えてる自分が。
薄暗い自分の部屋。ここが一番落ち着く。愚痴を浴びせられてボンヤリした頭で、SNSを開く。
そのときだ。ある投稿が、目に飛び込んできた。
「友達の愚痴を止めさせるおまじない特集」という文にリンクが添えられた投稿。いつもなら興味も微塵もない、はずだった。でも、気づけば私の指はそのリンクに触れていた。
気づけば私は紙と鉛筆、カッターを引き出しから引っ張り出していた。画面に映る文字の言うとおりに紙に文字かどうかさえ分からないものを書き出す。そして左手の人差し指、中指、薬指をカッターで勢いよく切った。切り傷からボタボタと音を立てるが如く、血が溢れて紙にしたたる。血まみれの手で紙をビリビリに破いた。これで儀式じみた「おまじない」は終わりだ。ふと左手を見る。痛くはないが、赤黒い。私は絆創膏を探した。
翌日、夕方のことだった。私は校門の前に立っていた。菜奈がいつも「一緒に帰りたい」というんだ。
「おまたせ〜!説教が長引いてさ!」
「…そんなに待ってないよ」
いつもの帰り道を歩く。相変わらず夕焼けが綺麗だ…なんて今はそう素直に言えない。
「そういえば今日先輩がさ〜…」
また始まる。もう嫌だ。耳を塞いでしまいたい。そう思ったときだった。
やけに爽やかな風が吹いた。菜奈と私の髪がなびく。
ペラリ、ペラ、ペラ…
私は目を見開いた。菜奈の肌から、髪から、紙のようなものが剥がれていく。妙な文字入りの紙が風に乗って宙を泳ぎ、あれよあれよと菜奈がまるで禿げて穴が空いた張子のようになって、とうとう最後の一枚さえ、風のなかに溶けていってしまった。
私はなにがなんだか、分からなかった。
カンカンカンカンカン…
踏切の電車の通過を告げる音が、人っこ一人の世界にこだました。