【読切現代ファンタジー小説】つのっこ
ある日、夢を見た。
十畳くらいのだだっぴろい和室。座布団が二つ。片方は俺が座ってて、もうかたっぽはからっぽ。障子で囲まれてて薄暗い。
ぺたぺた足音が聞こえてくる。白い足が、開いた障子から覗いた。足裏をぺたぺた言わせながら、足の持ち主が座布団に向かって部屋に入ってきた。
長い銀髪。背丈は子供くらい。血の気のない白い肌、白い着物。赤いガラス玉の眼。そして額には、ラムネ瓶製の立派な二本の角。俺を見ると、にこりと笑った。お利口に空だった座布団に収まる。
「こんにちは。」
角が頭ごと傾く。声は子供で間違いないのだが、やけに落ち着いてる。大人みたいに。
「こ、こんにちは。」
俺はくっついていた口をなんとかこじ開けた。
「遊ぶ?」
どこからか彼女は遊び道具を出してきた。お手玉、双六、かるた、そして赤い鞠。昔話の絵本の挿絵でしか見たことないおもちゃばかりだ。俺は初めて見る本物達に度肝を抜かれてしまった。
「遊ぶ!これがいい!」
俺は赤い鞠を手に取った。
ジリリリリリリリリ…
目覚まし時計のベルが鳴った。母の声が聞こえてくる。
「亮!早く起きなさい!遅れるわよ!!」
僕は起き上がって朝の支度を始めた。
それから、来る日も来る日も同じような夢を見た。
あの女の子の名前は知らない。ただ、僕はいつもあの子のことを頭の中で「つのっこ」と呼んでいる。頭に鬼みたいな形のラムネ瓶みたいな角が生えてるからだ。あの子はいつも日本の昔話に出てくるようなおもちゃを持ってきてくれて、遊び方も教えてくれる。鞠つきのうまいやり方、お手玉のコツ、他にもいろいろ。俺は嬉しかった。近所には俺と同じくらいの遊び相手はいない。それにあの子は俺が知らないことをいっぱい知っていて、気づけば仲良くなっていた。
「そろそろお別れだね」
突然あの子の口から、そんな言葉が出てきた。
僕は意味が分からなかった。無機質な静寂のなか、やっとのことで口を開いた。
「…どういうこと?」
「そのまんまの意味。もうここではお別れってこと。」
彼女はけろっとそんなことを言った。
「そんな…」
俺の若干掠れた声が和室に消えていく。
「勘違いしてない?ここで会うのは今日で最後だけど、また会えるから。」
言ってることが分からなかった。相変わらずつのっこは目を細めて笑っている。お前とはここでしか会えないだろ?そう言いたかった。でも、俺は黙り込んでしまった。
ふっと、起きた。朝だ。今日は土曜日だ。幼稚園はお休みだ。ボサボサの髪が生えた頭を掻く。ぼんやりとしたまま、階段を降りる。母の話し声が聞こえる。ドア越しに覗いてみる。
「隣に越してきた夏野と申します、こちらつまらないものですが…」
「あらご丁寧に!ありがとうございます!」
「ほら舞、ご挨拶なさい!」
母親らしき大人の足に隠れていた子供が、顔を出した。
銀髪で赤い眼の少女が。