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くちびるに赤

 生まれたときから一緒にいた幼馴染のあいつは、いつの間にか爪にマニキュアを塗ったり唇にテカテカしたコーティングをしたり、睫毛を伸ばしたり頬を人工のピンクに染めたりしている。
 短かった黒髪は肩の下まで伸びてゆるいカールを描き、動きやすいズボンばかりはいていた下半身を覆うのは目のやり場に困る丈のスカートになって、白くて細い脚をラインの入ったくるぶし丈のソックスで包んでいる。いや、くるぶし丈っていうのは包むうちに入らないんだよなあ。

「なんか、サンローランのリップがいいみたいなんだよね」

 サンロー……え? なんて?

「今気になってるのが、アディクションの新しいアイシャドウ」

 アディ……なにて?

「ほら、これよくない?」

 スマホの画面を見せられても俺に色味は分からないし、的確なアドバイスもできないし、そもそもしたくない。
 だってお前がこれ以上かわいくなっちゃったらどうするの?
 俺はお前が言うサンリオのリップも分からないし、女友達やインスタで情報交換していたほうが有意義なんだろうな。って思うし、そのうちきっとサンリオのリップに理解を示してくれる男も現れるんだろうな。って思ったら死にたくなる。
 どうせそのうちお前は、そういう男のもとに行くんだし、俺は俺で結局サンリオのリップも分からないまま、付き合う女(そんな奇特な女がいるかは別として)を怒らせてフラれるんだろうな。
 俺が興味のなさそうな顔をしているのをきっと分かっているのに、こいつはへらへらと俺の右肩に寄り掛かってスマホの画面を見せてくる。
 右半身がかゆくなる。これは、熱くなるのの一歩手前だ。

 ◆◆◆

 結局俺みたいな、外で遊ぶよりは室内でソシャゲだのなんだのやってるのが好きなタイプと、外に出て美味しいものを食べたりかわいいものを写真に撮ったりしているタイプのあいつとでは、浮いた話になどなるわけがない。
 大学で別々の道を歩んだ俺たちは、家は相変わらずおとなりさんだけど、たまに顔を合わせても「おう」「おはよ」くらいしか言わなくなるくらいの距離感になってしまった。
 あのとき、俺のとなりでサンローランのリップを買おうかどうか迷っていたあいつはもういない。
 俺の彼女はメイクに金をかけるタイプの人で、いわゆるデパコスといったもので顔を固めている人だ。
 スックのベースに、マックのハイライト、ルナソルのアイシャドウ、シュウウエムラのアイラインとマスカラ、ディオールのリップ、スリーのネイルポリッシュ。
 ミルクフェドのリュックをしょってかわいい服を着ている。さすがに服のブランドまでは分からないけど、この間タグを見たらジーナシスって書いてあったな。

「あ、おはよ」
「おう」

 高校生のときより服装もメイクもこなれたあいつと家の前で出くわす。
 スニーカーを履いている足元が軽やかで、春なんだなあって思っちゃう。

「なに、デート?」

 珍しく、挨拶以外の言葉をかけられて一瞬時が止まるかと思った。
 そして図星だったため、押し黙ってしまう。俺がしどろもどろになっているのを見て、あいつはにやりと笑う。
 ところでどうしてデートだと分かったんだろう?

「なんだあ、そういうの興味ないんだと思ってた」
「なんで」
「うーん? イメージ?」
「はあ……?」
「でも今日は珍しくおしゃれしてるから、そうかなって思った」
「…………」

 馬鹿にされているような気がしてむっと唇を尖らせると、あいつはけらけら笑ってかぶりを振った。

「だってあの頃、あたしの気持ちに全然気づいてなかったじゃん」

 春になって夏がきて秋に入り冬が終わっても、あいつの顔は変わらない。ずっと目はまんまるのままだし顔は丸いし、気にしているらしい大きな唇も変わらない。
 俺がかわいいと思っていたまんま、うまいこと成長している。
 それを悔しいとか惜しいことをしたとかは思わないけど。

 ちょっとだけさびしいかなって思うのくらいは悪くないだろ。

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宮崎笑子
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