体温、37.4度
我が家は1800年代後半に建設されたアルトバウ、と呼ばれる建物で、家は最上階。広さは大体100平米。ちょっと変な作りになっていて、大きな2つの大きな部屋、小さな部屋、そしてものすごく大きなキッチンから成っている。ちなみにこの小さい部屋は元キッチンだったのを、大きなキッチンへ彼氏がDIYで作り直してしまったそうだ。元キッチンというのはベッドを配置するには縦にも横にも少しだけ小さすぎ、そしてあって欲しくない場所に柱があり、寝室として使いたいのに全く役割を果たしてくれない、という超無駄なスペースである。それゆえに、大きな部屋はリビングでそのリビングの窓際のハイツング(セントラルヒーティング)のパネルの真横にベッドを配置している始末なのだ。
ところで私は異常な低血圧で平均体温が35度2分である。なので天気と季節の変わり目に限らず、年がら年中、体がなんとなくかったるい、ということが多く、1日をベッドの上で過ごしがちである。今年は観測史上2番目に暑い、という夏だったので、暖房の通ってないハイツングのパネルの間にベッドに寝そべりながら足の指を突っ込んだり、背中をパネルにくっつけたりして涼を楽しんでいた。昔からああいう金属のものの間に足を突っ込むのが大好きだ。
2週間前の朝、家の壁の中をシャーッ、と液体が巡る音が聞こえた。30分くらいするといつも足の指を挟んでいる金属のハイツングのパネルが温かくなった。天気予報は翌日から急激に気温が下がると書いてあった。今日はまだ気温が27度もあるのに。急いで起き上がって家中のハイツングをスイッチを切りに回った。
ところでドイツ人の平均体温は37.4度である。これを聞くと「微熱」と心に浮かんでしまうのは日本人だからでしょーか?私は彼氏にくっついて寝るのが大好きなのだけれど、この夏は横で寝ている彼氏が鬱陶しくてたまらなかった。そして私のお父さんが日本から送ってくれた高級羽毛布団(夏用)を毎日彼氏と奪い合いになるので、明け方、布団があちら側に軍配が上がっていると、本当に腹が立った。「あの分厚い自分の布団使えばいいのに!」チッ。
翌朝4時。あまりの寒さにうっすら目が覚めた。
彼氏も同じようだったようで、眠気目で長い腕をハイツングに伸ばし、ダイヤルをギュッギュッと何回か回し電源をオンにした。すると壁と床を巡るパイプがパーっと開き、シューッと液体の巡るあの音が始まった。数分するとパネルが温まった。彼氏の37.4度もブルブルと震えながら私にくっついてきた。彼氏とハイツングの心地よい温かさに挟まれて、またウトウトと眠りに落ちた。
眠りの中で夢を見た。
それは私が彼と一緒に住む前のこと。付き合うか付き合わないかの頃の思い出。私は元々、不眠症なのだけれど、彼氏のベッドは彼のお母さんが自分用に超高いマットレスを買ったにも関わらず、固すぎて眠れないからということで譲り受けたものだったそうな。「なんだか分からないけど、ここはよく眠れる」と伝えると、そのまま眠りに落ちてしまった。私はハイツングに背中をくっつけ、彼氏の両足に自分の足を挟んで貰って寝るのが大好きだった。春先、彼氏が2週間ほど旅行に行ってしまって家を預かっている間、ハイツングが要らないほど暖かい陽気になった。彼氏が帰ってきて、そして私がここに引っ越してきて、しばらく経つとそんなにくっついて寝ることはなくなり、お互い背中を向けて寝ることも多くなった。朝早く目が覚め、なんだか悲しく感じた。
朝7時に夢から目が覚めた。まだ彼氏のぬくぬくと温かい体温をそばで感じた。外は寒くてまだそんなに明るくない。そろそろ秋なのだ。またハイツングと彼の37.4度の季節がきたのだ。
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