ゆる心理学実験学ラジオ 補足

ゆる学徒ハウス応募者 カッシーニは感激と申します(自己紹介)。

論文の紹介

主に話のネタとさせていただいた種論文と,会話の中で出てきた論文を,簡単な説明を含めて並べています。忘れているものもあると思うので随時追記します。

種論文

  1. Casasanto, D. (2009). Embodiment of abstract concepts: Good and bad in right- and left-handers. Journal of Experimental Psychology: General, 138(3), 351–367. https://doi.org/10.1037/a0015854
    身体特異性仮説を最初に提唱した論文。シマウマとパンダを描かせる実験だけでなく,説明が右に書いてある人と左に書いてある人のうち,どちらを雇いたいですか?といった質問をする実験などを含めた5つの実験を行うことで身体特異性仮説を様々な角度から調べています。

  2. Casasanto, D., & Chrysikou, E. G. (2011). When Left Is “Right”: Motor Fluency Shapes Abstract Concepts. Psychological Science, 22(4), 419–422. https://doi.org/10.1177/0956797611401755
    右腕を使いづらくしてシマウマとパンダを描かせた実験を行った研究(紹介したのは実験2)。説明の都合上動画では動物を「描いた」としましたが,実際には左右どちらの箱に入れるかを口頭で答えています。実験1では,元々右利きだったけど,半身不随になり右手または左手が麻痺してしまった患者を対象にシマウマとパンダをどっちに入れるかを口頭で回答させています。

【2022/9/17追記】
You Tubeのコメントで(コメントくださった皆様ありがとうございます!)描く順番が影響したのでは?という考察をいくつかいただいたので補足です。
結論から言うと実験手続きの中でコントロールされています。
具体的には「好きな動物から先に描いてね!」と伝えられた参加者と「嫌いな動物から描いてね!」と伝えられた参加者が半数ずついました。
描く順番 のような「実験して調べたいことではないのに 影響してしまいそうな要素」をランダムに振り分けることで無かったことにする(影響を相殺する)ことをカウンターバランスを取る と言います。
やり方としては 奇数番目の参加者を条件A(例:好きな動物から描く)偶数番目の参加者を条件B(例:以来な動物から描く)にランダムに割り当てる といった具合です。
もっと厳密に言えば,パンダ・シマウマの好き嫌いの対応もカウンターバランスなので,2(描く順番)×2(好き嫌い)=4条件を順番割り当てているはず。
【2022/9/17 追記】
補足ついでにもういっちょ追記
動画の中でご紹介したのはシマウマとパンダを左右に描く(水平課題)実験でしたが,実はCasasanto (2009) の実験1では,同時にもう1つ実験をしています。
それがシマウマとパンダをを上下に描く垂直課題です。
「テンションが上がる/下がる」のように,人間は左右以外にも上下に「良い/悪い」の概念を割り当てているとされています。
垂直課題では,好きな動物と嫌いな動物を以下の図のような紙を用いて上下に描かせました。
その結果,右利きでも左利きでも8割以上の参加者が上の箱に好きな動物を描き,左右よりも強い傾向が示されました。

Casasanto (2009) を元に作成

ただ,なぜ上が良くて下が悪い のかは諸説あってよく分からないそうです。

少し言及した論文や参考文献

  1. Casasanto, D. (2011). Different Bodies, Different Minds: The Body Specificity of Language and Thought. Current Directions in Psychological Science, 20(6), 378–383. https://doi.org/10.1177/0963721411422058
    レビュー論文といって,そのテーマに関する様々な研究を1本の論文にまとめてくれているありがたーい論文。Casasanto先生の英語は複雑な表現が少なく,かなり読みやすいのでおすすめです。

  2. Shah, A. K., & Oppenheimer, D. M. (2007). Easy does it: The role of fluency in cue weighting. Judgment and Decision Making, 2(6), 371–379.
    発音しやすい・読みやすい(流暢性が高い)ものをより重要視する,ということを示した研究。
    どういう実験だったかを確認するために読んでみましたが,なんも分からんかった。

  3. 佐々木 恭志郎・米満 文哉・山田 祐樹(2019).利き手側の良さ--事前登録されたCasasanto (2009) の直接的追試-- 心理学評論, 62(3), 262-271.
    https://doi.org/10.24602/sjpr.62.3_262
    日本人を対象にシマウマとパンダを描かせる実験を行った結果,Casasanto (2009) のような結果にならなかったという研究。
    p-hackingやHARKingのような再現性危機の話がありましたが,この論文でも再現性危機に焦点が当てられています。プレレジ(pre-registration)と言って,事前に「こういう仮説を検証するためにこういう実験と分析を行います!」と登録する方法をとっています。プレレジについては第三著者の山田先生の解説が分かりやすいです。

  4. Open science collabolation (2015). Estimating the reproducibility of psychological science. Science. 349. 10.1126/science.aac4716.
    有名な心理学研究が全然再現できなかった,という報告。ただ色々と調べたところ,この研究の解釈については,ある程度再現できているのであまり悲観的になる必要はないのでは?という話もあるようです。
    あまりにも時間がなく,調べきれなかったのでちゃんと読んだら追記したいと思います…
    手記千話さんがnoteで追試失敗再現性危機についてかなり詳しくまとめられいるのでこちらもご紹介します。
    裏話ですが,このあたりの話は台本に入れておらず,堀元さんの口からp-hackingやらHARKingという言葉が出てきて「こいつ…なんでも知っていやがる…!!」とめちゃめちゃ驚きました。

補足の補足(追試失敗の話)

…と,補足を書き終えて一息ついた1週間後くらいに追試失敗の話がTwitterで話題となっており,ひっくり返りました。なぜ…?
上述しましたが,追試失敗の話はほぼアドリブだったので,適当なこと言ってそうで不安で不安で…
(保険をかけておくと収録は7月末で話題になるより前でした!タイミングよ!)
ということで,以下 2次選考公開2日前に慌てて書き足しています。

補足として強調したいのは,一言で「追試が失敗した」と言っても色々なケースが想定されるということと,再現できない研究ばかりではないということです。

追試が失敗したとは?

追試失敗原因は,ざっくり分けると以下になると思います。

  1. 元研究の実施方法や分析に問題があった。

  2. 追試研究側の実施方法や分析に問題があった。

  3. 元研究と追試研究の違いのために,結果が変わってしまった。

再現性危機の文脈で語られるべき研究は①の研究になります。
昔は今ほど研究倫理が整備されていなかったため,データ改ざんだとかp-hackingが意図的にも 意図的でなくとも行われていたことがあるらしいです(もちろん全ての研究がそうではありません)。
さらに,「その尺度,本当に測りたいものをきちんと測れてましたか?」という信頼性・妥当性上の不備もありえます。
上述のプレレジだけではなく,実験で行った全データを公開したり,第三者にも査読が見えるようにしたり…などの様々な試みによって,こういった研究(②を含む)は少なくなっている…はず…!

③ですが,「違い」にも様々あります。
例えば元研究と全く同じ参加者を集めて追試を行うことはできません。
実験の結果に大きく影響しそうな参加者の性質(身体特異性仮説の研究では参加者の利き手)は元研究と同程度に揃えたり,改善したりします。
ですが,その他の性質(性別,年齢や所属する文化圏など)が結果に全く影響しないとは限りません。
そのような性質の違いによって,結果が再現されない可能性があります。

他にも,古い研究で実験の詳細(画面上で見せた写真がどのくらいの大きさだったのかなど)が書かれておらず全く同じ研究を実施できない場合や,OSや統計分析ソフトのバージョンによって結果が変わってしまう,なんて話もあります。

このように,「なぜ再現できなかったのか」を突き詰めると研究によって理由は異なり,それらは追試研究の考察に書いてあることが多いです。
再現できなかったことは必ずしも悪ではなく,今後の研究の発展につながるものです。巨人の肩の上に乗りましょう。
ですので,もし「再現性がない」という話を聞いたら ぜひ出典の研究を当たってみてください。読むのは大変ですが,興味をそそることが書いてあります。

※特大注釈
この辺の話,明確に出典がある訳ではなく,知識で経験則的に語っています。
私の解釈の誤りに気づかれた場合は,大変恐縮ではございますが,ご指摘いただけますと幸いです。

再現できる研究たち

心理学研究,再現できない研究ばかりではありません!
実験系だとこういった研究があります。

私自身も,学部卒業論文で とある研究(スタンフォード大学で行われていない)の追試を行いました。
自分が取ったデータを分析にかけると,その研究と同じ結果となり,感慨深かったのを覚えています。


というわけで「再現性危機」だとか「追試失敗」だとかの文字列だけを切り取って,「心理学は再現性がない!やはり科学ではない!ゴミ!!」とか言わないでください…本当に悲しくなるので…。

その他

1次選考が上がった時点でYou TubeやTwitterの反応を見ていましたが,様々なご指摘を頂いております。
長くなってしまうのでここでは割愛しますが,他の論文を紹介していただくようなご指摘もあり,大変勉強になりました。

動画内でも言及しましたが,私自身心理学を専攻する修士生ではありますが,自分の専門ですらまだまだ勉強が足りないと思う日々です。
特に2次選考で話したテーマは自分の専門とは異なる領域ということもあり,最新の知見などは扱えておりません。
動画でご紹介した内容やこのnoteについて,ご指摘があればコメントまたは私のTwitter(@cassiniWasMoved)のDMやリプライなどでご指摘いただけますと幸いです。

ちなみに,発表予定の学会とスケジュールが被るというかっこよすぎる学徒すぎる理由で 最終選考は出れませんという状態で応募させていただいております!
ので!2次の内容の良し悪しはさておき,今回はゆる心理学実験学ラジオは続きません!またいつかの機会に!

最後に,
1次選考の動画で途中でノイズが入るのは次回の伏線では!?というコメントを複数観測しましたが,皆様立派な深読みおじさんです。おそらく録画に使ったZoomのバグだと思います。許してください。ごめんなさい。

お読みいただきありがとうございました!
次回「『ビジネス書ベストセラーを100冊読んで分かった成功の黄金律』に出てくる心理学系の教え 出典研究全部読んでみた」でお会いしましょう!

2022年8月 イギリス オックスフォード大学心理学部の地下実験室にて
菓子本 環奈