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les roches noires
ドーヴィルから川の対岸にあるトゥルヴィルへ。川を渡るだけで町の雰囲気は一気に変わる。
昔ながらの港町といった風情のこの町は、レイモン・サヴィニャックが住んでいたことでも有名で、町のいたるところに今も彼の描いた看板が残っていて可愛らしい。
海岸沿いのプロムナードの終わりに一軒の瀟洒な建物がずっしり横たわっている。
かつては Les Roches Noires という名のホテルだったここに、マルセル・プルーストは何度となく滞在していたという。
レジデンスとして売り出された後、1963年以降、マルグリット・デュラスはここの一部屋でペンを執っていた。
目の前に広がる海、そしてこの建物自体が、彼女の文学や映画の大いなるインスピレーションになっていて、彼女が監督した「アガタ」や「ガンジスの女」はこの空間で撮られている。
この場所の重厚さと洒脱さがそれらの映像の中で大きな存在感を持っているのを覚えている。
もう何年も前、「私有地につき立入禁止」などの看板もなかった頃、この建物の門は開いていて、僕は吸い込まれるようにそのサロンまでするすると入って行ったことがある。
建物のすぐ外は夏の海でにぎやかなのに、その空間だけはやけに張り詰めた凛とした空気に満ちていた。まるでサロンにまだデュラスの亡霊がさまよっているような。
今も海岸の側からサロンの大きな窓を見ているとデュラスがこちらをのぞく影が見えそうな気がする。
さて、プルーストはこんな言葉をホテル Les Roches Noires の絵葉書に書いてパリの友人に送ったのだそうだ。
「この日曜日、とても素晴らしい天気で、もしあなたが2日ほど海で過ごしたいと思うなら、それは今で、トゥルヴィルでしょう」
目の前の北の海はいまも静かによこたわっている。