わたしを通り過ぎた本/滝川由希さんの場合
食べものをあつかう仕事をしている人が食べものの本を紹介することはよくあるけれど、みんなどんな本を読んできたのかなと思い、casimasiにも縁のあるお店の方々にお話をうかがいました。
初回はまず、阪急今津線、逆瀬川駅近くの逆瀬川沿いにカウンター席とテーブル席あわせても10人程度のこぢんまりとしたベイクショップアンドカフェ「TAKIBAKE」のオーナー滝川由希さんにお話を聞きました。
料理の道へすすむきっかけ
わたしは、第二次ベビーブーム世代なんですが、将来なにになりたいというのが無くて、小学生の頃ははやく中学生になりたい。高校生のころは大学生になりたいと思って大学生になったけれど、その次にというときがきて考えました。大学を卒業する頃は、就職難でしたし、普通の会社に入ってもなにをしていいかもわからないし、安定したところに入社しても安定じゃないと言われていました。
できれば一生働きたいと思っていたので、会社に入るとしてもなにか武器になるものをもって入りたいと思っていました。そうすると、なにか作るというものがいいなと。髪を切るのはできないし、洋服を作るというのも違うし、なんだろうなと思ったら食べたりすることが好きなので…。
料理はいろんな食材があるけれど、お菓子は限られた食材、バター、卵、砂糖、粉から変幻自在にいろんなものができていくのがおもしろくて、レシピ本を1年くらいずっと見ていました。それから、これはやってみたいなとちょっとやってみたんです。こそっとやってみて、意外とできて。でも、2回目に作ってみたらちょっと失敗して、繰り返しおんなじものをずっと作っていました。なんど作っても飽きないのがおもしろくて。そこからちょっとずついろんなものを作っていきました。大学生のときはカフェでバイトしていたけど時間があるので、ずっと読んでいたレシピでお菓子を作って人にあげたり、家に来た人に出したりしていました。人の反応をみるのもおもしろくて。
最初は、「できるんや!」だったのがちょっとずつ広がっていって、働いてみたいと思ったんです。料理人やお菓子を作る人が少ない時期ではなかったので、働いている人から「たいへんやで」と言われてたけど、でもやりたくて、どうしたらいちばんやりやすい方法へ行けるかなと思って、やっぱり学校へは行った方がいいのかなとお菓子の学校を受けました。
ところが、お菓子の学校は倍率が高くて8倍か9倍だったんです。高校生はみんな入れるけど、それ以外の人は、小論文を書いて、テストが受けないといけなくて。で、ダメでした。ただ、調理師の方はそのまま入れますと言われて、調理師だったら学校を出てそのまま国家試験があって、免許がもらえるのでいいかなと思って入学しました。
仕事以外の時間のたのしみ方
調理師学校はほぼ4つ年下の人ばかりだったけれど、同い年も結構いました。会社員を辞めてきていた人もいたかな。スタートは18歳と22歳-23歳という差はあるけれど、長い眼でみたらその辺は一緒かなと思っていました。
みんな卒業後に一度はお店に就職するけれど、半年くらいたって近況報告で会うと半分は辞めていました。お母さんがつくったプリンの思い出からお菓子作りをはじめる人も多いでしょうけれど、わたしはお菓子もお芋をふかしたものとかばかりで、そういう思い出はまったくないんです。だから、仕事としてとらえて入っていので続いているのかな。料理業界をずっと見ていると、小さい頃からお菓子作りが好きで、お菓子を作るたのしみを持っていた人は、続かない。仕事としてのお菓子づくりの現場はぜんぜん違うとなってしまう。
仕事をしていても、本を読む時間は結構つくれました。レシピ本を見はじめたころから料理という道が敷かれたんですよね。だから、調理師学校で知らないことを聞いたり、やってきたことがあるので、いろいろ読んだ。当時は、ライブにもよく行っていたので、休みの日はライブにつぎこんでいました。(笑) 仕事のときは仕事をして、やりくりをすると飲みにもいける。働いていたお店の近くに一人暮しをしていて、夜の時間は結構あったと思う。
その頃は小説も読んでいたけど、小説は読み続けてしまいがちで、止められなくって寝不足になってしまうんですね。夜が得意じゃないから、本を読みつづけてしまうと、次の日に影響があるので…。エッセイは、途中で読みはじめて途中で終わればいいからさいきんは特に多い。いま、自分がオーナーで店舗をしていることもあり、仕事に関連する本は前よりおもしろく感じられます。
美容院へも本を持って行きます。読めるチャンスと思って。「すごく真剣に読んでいるけれど、なんの本ですか?」と美容師さんに聞かれます。(笑) 電車に乗るときは2-3冊もっていないとイヤなんです。きょうはこっちを読む、きょうはあっちをと。お店には置いている本は、読み終わったものやお客さんが読んでおもしろいかなというものを置いています。
お店をはじめるときの施工会社の人には、お店に置く本は洋雑誌がいいですよと言われたけれど、読まないし、わたしが読んでいる本を置いた方がおもしろいかなと思って。
TAKI BAKEのお客さんは、同世代の40代以上の お客さんが多いですね。年配の方は、サンドイッチの本やワインの本などを見ています。さいきんはママ友会が少なくて、かわりに20代のお客さんが増えています。
食べもののおいしいカフェを実現するために
『カフェの話。』(アスペクト)はとても印象に残っています。20代の頃は、カフェブームで東京・神宮前の「カフェ・アプレミディ」に憧れていました。ピチカート・ファイブとか渋谷系の音楽が好きでライブにもよく行っていました。会場はシマシマばかり。(笑)
そんな憧れからわたしがお店をするならカフェだなと思っていました。いろんなカフェに行ったけれど、当時はレストランとカフェでは食べもののクオリティの差があって、ケーキは「なんじゃこりゃ?」というものも多くて。カフェは資金がちょっとでできるということもあり、なんとなくパッと作っているものが多かったんじゃないかな。「食べものがおいしかったらもっといい場所になるのにな」と思っていました。わたし自身は、カフェをするためにはなにをしたらいいかを身につけてきたんだと思います。レストランがやりたいわけでもケーキ屋さんがやりたいわけでもなかった。カフェをやりたいと。
当時、友だちにも「カフェやったらええやん」と言われたけれど、いまやったら他のカフェとおんなじことになるからいややなと思っていました。おいしいものを出せないと偽物になると思っていました。なんでもいいごはんとなんでもいいケーキがあるカフェではなくて、おいしいお菓子を作れるようになりたいなと思ったんです。
カフェは、3人で入ってもひとりがお茶をして、ひとりがケーキを食べて、ひとりはご飯を食べてと自由な感じがあります。レストランはカフェのような気軽さがない。その自由な感じで人が来る場所がやりたいと。
『カフェの話。』は、将来のイメージにつながっているんです。宝塚にそんなお店はなかったんで、こんなんあるんやと思って。
たくさん働いてたくさん食べ歩いた東京の日々
1年くらいで帰るつもりで東京へ行ったんですが、、結局10年くらい東京にいました。一度に3軒働くとか、5年間おんなじところで働くとかいろいろで、20軒くらいのお店で働いていました。じっくり腰を落ち着けるお店を探すまでの間、あるお店でバイトをすると「あそこで夜やってくれる人を探している」と声がかかるんです。会社によってはバイトをしてもいいレストランもあるので、ホールを担当することがあまりないからホールをしに行ったりとか。自由な感じがたのしかったですね。
同時に3軒働いていたときは、メインで働いているところは厨房内ではイタリア語、夜は英語になって…オーダーはいまどっちで言うのかなと切り替えが必要でした。
東京で働いているときは家賃なども高いので、お給料ベースで仕事を選んで働いていました。個人店舗だと東京で一人暮しするには難しい給料なので、必然と何店舗か経営しているところで働くことになります。レストランのパティシエはお給料がそこそこいい。管理職になるともうすこしお給料があがり、余裕も出るので自宅で料理を作ったりもしました。でも、勉強のためにいかにいろんなお店で食べるかということを実践していました。仕事が休みのときは、ケーキ屋さんを3-4軒はしごしたり、レストランへいったり。
ラーメン屋であっても人が集まる場所にはとりあえず行っていました。人が集まるということは、理由があるからだろうと。どこが気に入ってもらえるところなのかなと。そういうのは勉強というより、わたしの興味を追及して足を運んでいました。あとは、ライブハウス、本屋さんくらいしか行っていません。洋服はネットで購入していました。ボーダー来ていればいいし。(笑)
働いていたところの料理人の先輩や後輩が独立をしたというと食べに行っていたので、料理人の知り合いは多くできました。料理人はアンテナを張っているからいろいろ情報が入ってくるんですね。扱う素材をどこから仕入れるかは料理をしてもらう人から教えてもらっていました。生産者のところへ連れて行ってもらったりもしました。いまつながっている料理人はナチュラルワインでつながっています。ワインバーの人もいれば、焼鳥の人や和食の人など、様々です。
ナチュラルワインを出している店は、食材にこだわるので、情報がいろいろ入ってくる。わたしは、料理人というわけではないので魚とかお肉をあつかうのは難しい。いまは、古来品種の野菜を松本のSASAKI SEEDSやしんぺ~農園から送ってもらっています。
忘れられない絵本
岡本にあった「ひつじ書房」で母が絵本や児童書を買っていて、『モモ』ミヒャエル・エンデや『ナルニア国物語』C・S・ルイスなど児童書がありました。習い事で芦屋に通っていたこともあり、母が友だちに「いいよ」と聞いて「ひつじ書房」へいったんだと思います。その中にこの『まほうつかいのノナおばさん』トミー・デ・パオラ(ほるぷ社)があって、とても好きで、こどものときからずっと見ていたんです。パスタをむしゃむしゃ食べる様子や絵がたまらなく好きで。そして、お腹いっぱいで終わるのもよい。食べものの本が好きなのは、こういうのを見ていたからかな。
阪神淡路大震災で自宅が全壊して、本棚も跳んで…。建替えのときにできるだけ物を置いていくということになって、宝塚市立図書館で引き取ってもらったんです。この本もその時に手を離れたんですが、これは、おとなになってからもう一度読みたいと思い探して買いました。この絵本以外はタイトルとか思い出せないし、児童書は図書館にもあるから買っていません。
いま、読んでみたい本
いままで読んでいませんが、詩集を読みたいですね。手に取ってなんども読んでみたい。ときどき、「アメトーーク!」の本の回でも詩集を紹介していて、パッと出る詩がめっちゃいいなと思う詩があって。いまだったら読んで響きそうだなと。casimasiでも仕入れてください。(笑)
その他、紹介いただいた本
『さあ、熱いうちに食べましょう』入江麻木(河出書房新社)
上品さがあって、昭和の良い雰囲気もでているけれど、本質が書かれているように思いました。食べるということについて純粋さが書かれていると。背筋が伸びる本です。
『シェフを「つづける」ということ』井川直子(ミシマ社)
力が沸く本だと思います。料理をつくっている人の魅力が出ています。知り合いが働いていたお店が載っているんですが、知り合いからは「シェフが厳しくて」という声しかきかなかったけれど、その裏にある話がここで描かれていて、なるほどと思いました。ただの苦労話じゃない点も好きかな。
『あたらしいあたりまえ。 暮らしのなかの工夫と発見ノート』松浦弥太郎(PHP文庫)
仕事をしていると朝は早いし、休みの前の日には飲みに行っちゃうし、休みの日は二日酔いだし…。これを読んだだけで、自分が整った感じになるので読んでいました。(笑) なんの実践もしていない。だけど、整った気分になるから好き。こんな感じで暮らす人がいるんだなと思いました。
ベイクショップアンドカフェ TAKIBAKE
〒665-0021 兵庫県宝塚市中洲1-15-33
電 話:0797-91-2227
営業時間: 11:00〜22:00
定休日 : 火曜休、月曜は不定休
最寄駅 :阪急今津線逆瀬川駅
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2020.08.21
インタビュー・構成:福島杏子(casimasi)
写真:米田真也