10年以上想い続けて見つけた「アートを楽しむヒント」|浦島茂世さん 美術ライター #アートをしゃべろう
美術ライター・浦島茂世さんと「アート」についておしゃべり。 美術に関する著書やWEBメディアでの執筆などで知られる浦島さん。10年以上想い続けたアートのお話や、美術館の“箱推し”まで、アートを楽しむヒントを たくさん伺いました。
15年前に「美術ライター」として独立
━━フリーランスの美術ライターとして活躍する浦島さん。どのような経緯で現在の職業に就いたのでしょうか?
浦島茂世(以下、浦島):大学では芸術学科で美術史を学んでいて、大学卒業後は、学芸員になりたいなと思いつつも、就職氷河期だったのもあ り、そううまくはいかず(笑)。編集プロダクションやマーケティングの会社での勤務を経て、2007年にフリーライターとして独立しました。まだまだ新人のつもりでしたが、もうそれから15年ですね……(笑)。
━━独立後、「美術ライター」という肩書きになったのはいつ頃からですか?
浦島:最初からですね。なんの実績もなかったけれど、「とりあえず美術ライターと名乗ってしまおう」と思ったんです。名乗ることは誰でもできるので(笑)。美術以外に、地形や建築などにも興味があるので、他分野で執筆をすることも。あとは、ときどき、TVやラジオへ出演をさせていただく機会もあるので、そこではおすすめの展覧会や美術に関する情報をお話しています。
━━まさに、ご出演されていたラジオでCasieのことを紹介してくださったのが、浦島さんとの出会いでした。すごく嬉しかったのですが、どのようにCasieを知っていただいたのでしょうか?
浦島:私自身も自宅に数点のアートを飾っているのですが、アートって長く飾っているとだんだん空気に溶け込んでくるじゃないですか。そんな時に 「交換できるアートってないのかな?」と探していたらCasieさんの存在を知って、いいなと思ったのでラジオでも紹介させていただきました。
10年越しに再会した「風の花嫁」
━━浦島さんが、はじめてアートに興味を持ったのはいつでしたか?
浦島:幼い頃から、よく母親に美術館へ連れて行ってもらっていたので、それがきっかけかもしれません。母親は「サブカルおばちゃん」みたいな人で。
━━サブカルおばちゃん(笑)。
浦島:美術関係の仕事をしていたとかではないのですが、結婚前は、寺山修司さんや横尾忠則さんが大好きだったみたいで。現代でいう「サブカル系」だったんだと思います。 当時は、鎌倉に住んでいたので、鶴岡八幡宮の境内にあった神奈川県立近代美術館(現・鎌倉文華館 鶴岡ミュージアム)に、よく足を運んでいましたね。買い物の帰りに「ちょっと寄って行こうか」みたいな感じで。ふらっとカフェに入るような感覚でした。
━━美術館がかなり身近な存在だったんですね。
浦島:そうですね。「美術館や博物館に行けばきっと面白いものがある」という感覚で、変なハードルの高さとかは感じたことがなかったです。旅行先とかでも、とりあえず美術館や博物館へ行ってから、そのあと有名な観光地へ行くような。
━━幼い頃に観て、記憶に残っている作品はありますか?
浦島:美術館ではないのですが、1986~1987年頃の朝日新聞日曜版で、毎週1つの名画を徹底的に解説する「世界名画の旅」という連載があったんです。それに掲載されていた、オーストリアの画家、オスカー・ココシュカの「風の花嫁」という作品が、記憶に残っています。すごく強烈な絵だったので、解説の記事を貪るように読んでいたのですが、なぜか母親がその新聞を古新聞に出してしまったんです(笑)。ココシュカはそこまで 有名な画家ではなかったし、当時はインターネットも使えなかったので、その絵を探すこともできなくて。それが8歳か9歳の時なんですけど、それ からというもの、月に1回か2回は、その絵のことを思い出していました。
━━相当、衝撃的だったんですね。
浦島:そうなんですよね、なぜかずっと忘れられなくて。それから10年くらい経って、高校生になったとき、やっと「世界名画の旅」の単行本で再 会できました。その文章を書いていたのが、高階秀爾(たかしなしゅうじ)先生という、美術史界のドンみたいな方なのですが、とにかく文章が美しいんですよ。そのときに「文章だけでも、まるで絵を観ているかのように説明できるんだ」と感動して。そういう文章を書けるようになりたいと思ったのを覚えています。当時はまさか仕事になるとは思ってなかったんですけどね。
「箱推し」できる美術館を見つける
━━「美術館めぐり」に関する著書を多数持つ浦島さんですが、美術館を選ぶ上でおすすめの方法はありますか?
浦島:私がおすすめしたいのは「箱推し」ですね。元々は、アイドルファンが個人ではなくアイドルグループ全体を応援する意味などで使われる言葉ですが、美術館にもその考え方が通用するんです。作家の名前を知らなくても、推しの美術館の展示ならハズレがないだろうという。
━━ここ最近で「箱推し」している美術館はありますか?
浦島:関東なら東京都庭園美術館、関西なら大阪中之島美術館が、今の“推し”です。私は、その美術館 ごとの「クセ」や「個性」を見つけるのが好きで、作品のキャプションには特に注目しています。たとえばワタリウム美術館(東京)は、やたらキャプションが長かったり、東洋文庫(東京)は、キャプションに作品のキャッチフレーズみたいなものが付いていたり、展示作品だけでなく、箱の個性を見つけるのも、美術館めぐりにおける醍醐味のひとつかもしれません。
━━浦島さんがご自宅に飾っているアート作品についても教えてください。
浦島:リビングには、銀座のギャラリーで一目惚れした、鈴木知之さんの写真作品を飾っています。7、8年飾っていますが、ずっと飽きないお気に入りの作品ですね。玄関に飾っているのは、友人でもある杉浦貴美子さんの作品。一見、抽象画っぽいのですが、実はこれ壁を写した写真 なんです。あとは、棚に楳図かずお展で買った絵はがきを飾っていたりしますね。
━━自宅にアートを飾ってから、変化したことはありましたか?
浦島:アートを飾っている周辺は、綺麗に片付くようになりました。アートに対しては、常に「敬意」を持っていたいと思っているので、自然とそうなるみたいです。……ということはアートを色々な場所に飾れば、もっと部屋が綺麗になるのかな(笑)。
━━さいごに、浦島さんにとって「アート」とは?
浦島:一言で表すなら、「心揺さぶるもの」ですね。 私にとってアートは、さまざまな意味で心をぐいぐい動かしてくれる存在なんです。世の中には、アートに対して「綺麗なもの」「美しいもの」だけを期待している人も多いように感じますが、それってなんか違うよなと。
たしかに、自宅に飾るのであればそういった作品を飾りたい気持ちは分かりますが、展覧会やアートイベントで観るアートはそれだけじゃないはず。社会へ訴えかけたいことや自分の想いを作品に仮託しているアーティストも多いので、時には心をえぐられるような作品や、美しいだけじゃない作品もある。そんなことも知った上で、アートを楽しんでみてほしいです。