No.3「こねこ」(2021/2/13)
まずは30cmほど浮いてみる。そのままゆっくりと前後左右に進む。よし、大丈夫そうだ。少し高度を上げ、旋回範囲を広げる。うん。問題ない。僕は一度地上に下り、深呼吸する。冷たいクリーム色の空気が胸に染み渡る。
白い山の頂から麓を見下ろす。小さく見える村はかすかに色づき、祝祭の準備をしていることがわかる。僕は嬉しくなり、一気に60mほど浮き上がる。久々の高揚感だ。
胸を開き、両腕を斜め下に向けて伸ばす。全ての指先から白い地上に向けてプラズマを放出する。地上がポコポコと泡立ってくる。ストローでブクブクした牛乳の泡に近いが、表面の膜はしっかり分厚い。
その中で特に白が濃い泡を見つける。むくむくとしていて小さなきのこのようだ。きのこはぷちんと泡から離れて浮いてきて、目の前で止まった。そしてぱちんとはじけ、中から白いこねこが飛び出した。
うわあ!なんてかわいいこねこ!
慌ててプラズマを止め、こねこをキャッチする。こねこは体長10cmくらいで、白くて細い毛並みはふわふわしている。鼻と肉球は薄桃、瞳は白藍という配色が天才的だ。
こねこは僕の手のひらでキュウッと背伸びをし、それから腕を登って肩にくっついてきた。そして怖がる様子もなく、小さな手で僕の固い肩を上手に揉み始めた。
僕は魔力を開放し、麓をめがけて飛び始めた。プラズマで地上は沸騰し、僕が飛んだあとにはたくさんの動植物が誕生した。そのまま麓の村まで一気に飛び、季節を繋げた。祝祭の始まりだ。
村の広場には大きな円卓が置かれ、祝祭にふさわしい料理が数多く並んでいた。ひとつひとつ味わってみたかったけれど、まずパティシエに会わなければいけない。僕は目の前にあったキウイの白ワイン漬だけを手に取り、村はずれの工場へ急いだ。
工場につくと、パティシエが寝込んでいた。アシスタントに聞くと「……が足りないのです」と言う。“……”が聞き取れなかったが、きっと僕が手にしているものを渡せばいいのだろう、と理解する。キウイの白ワイン漬を惜しみつつパティシエの口に入れる。何も起こらない。アシスタントが顔を上げ、僕のこねこを見て「かわいい」と呟く。
「「だめだよ」」
僕とパティシエの声が重なる。驚く僕とアシスタントに笑いかけ、パティシエが飛び起きる。
「クレームブリュレ持ってきて」
アシスタントが急いで取りに行く。
「クレームブリュレはね、きみに割ってもらうために表面を固く焼いているんだよ」
パティシエがスプーンで固さを確かめる。
「けれどお砂糖を焦がすのは」
パティシエがウィンクする。
「こねこの気持ちを確かめるためさ」
僕は30cmほど浮き上がる。
寝る前に保護猫の話をしたんじゃないかと思う。
「キウイの白ワイン漬」は文字にするとそうでもないが、夢の中では最高に美味しそうだった。