掌編小説『一千万円のネオンテトラ』
蒸し暑い夜、男は盆踊り会場の横の出店の金魚すくいの中に一匹のネオンテトラを見つけた。
朱色の金魚が大量に泳ぐ生け簀の中に、ブルーとレッドの光を身に纏い、スイミーの如く優雅に泳いでいた。
男はその摩訶不思議さに惹かれ、小学校以来の約二十年ぶりに金魚すくいに挑戦した。三百円を支払うと、怪しげな浮浪者のような老人はこう言った。
「お兄さん、このネオンテトラが見えるのかい?」
「はい。見えます」
「何匹見えるんだ?」
「一匹、泳いでいるように見えます」
「一匹かい、それは運が良いね。お兄さん、もしこのネオンテトラをすくう事が出来たら、一千万円を手に入れる事が出来るよ」老人は薄気味悪い笑みを浮かべながら言った。
「一千万円?」怪しげな老人の言葉に耳を疑いつつも、男の目の色が変わった。
男はポイをネオンテトラをに寄り添わせて、タイミングを見計らった。泳ぐネオンテトラが静止する瞬間を待った。そして次の瞬間、ポイでネオンテトラをすくった。
老人はどこからか福引き会場によくあるベルを取り出すと、
「大当たり~!!」
と叫んだ。
次の瞬間、水に濡れたポイの紙の部分が暗闇の渦が見え、グルグルとまわっていた。男は不気味に思いながら、身じろぎしていると、ポイの中に吸い込まれていった。男はブラックホールに吸い込まれるように消えていった。その場所にはポイのみが残された。
男が目を覚ますと、自分が水槽の中にいる事が分かった。そして、周囲の大量のネオンテトラが泳いでいた。
男は手足があるという実感がなく、水中で反射する自分の姿を見ると、自分がネオンテトラになっている事を理解した。
水槽の置かれた部屋は広々としており、豪華な調度品が所狭しと置かれており、趣味の悪い天井のシャンデリアが眩しかった。
水平窓からは、青い空と東京スカイツリーが見えた。
やがて、一人の小太りの男が近づいてきた。黒縁メガネに半袖、ハーフパンツという格好。少し歩いただけなのに息が切らしていた。
小太りの男はネオンテトラを眺めると満足そうに薄ら笑いを浮かべた。
「やっぱり水槽に一千万円かけたかいがあったな・・」
ーーENDーー
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