選択肢が少ないのは不幸なことだ
わたしの息子は
2010年7月2日、563gという小ささで
この世に誕生しました。
2024年現在、体は健康そのものですが
知的な遅れがあり、特別支援学校に通う中学2年生。
知性は小学校2年生~3年生といったところ。
小さい頃は知的な遅れがあっても
ただただかわいいだけで
勉強は全然できないけど
毎日元気に特別支援学校に通い、
今ここだけを考えると
放課後デイサービスの手厚い支援を受け
普通に子育てするよりも楽な子育てだと思う。
が、中学生になって
職場体験だとか、
はたらくこと
ということを考える機会が増えて
わたしは”はたらく”の専門家だというのに
息子の”はたらく”については不安ばかりを感じている。
学校では
①就労支援A型事業所で働く
(最低賃金が支給される)
②就労支援B型事業所で働く
(賃金はなし)
③一般企業の障碍者枠で働く
この3つのみが提示されていて
この3つの選択肢の中でも
現時点での息子の状態を考えると
①か②しかない、というような状況の中で
わたしは
選択肢が少ない息子はかわいそうな
人生を生きるしかないのか
と、日々絶望している。
私の人生ではなく息子の人生だし
他者に対して”かわいそう”というラベルを貼ることが
いかに傲慢なことなのかということを
頭では理解しているけれど
かわいそうにと絶望する気持ちと
障害なく生んであげられなかったという
自分への責めの呪縛から逃れられない。
そんな状況を打破すべく
石川県から北海道網走へひとっとび。
目的は、日本体育大学付属高等支援学校の
オープンスクールに参加するため。
こちらの学校は
日本体育大学が創設しただけあって
スポーツに力をいれており
パラリンピアを育てる
という学校の目標に
わたしは心を奪われた。
学校内のトレーニング施設↓
そして北海道は土地が広大で
こういう場所で暮らしていたら
小さなことは気にならない
のびやかな心が育つんじゃないかなーと
思った
#おまえが行け
当の息子はというと
”今の学校の方がいい”
と全くやる気なく。
パラリンピアから
1番遠いところに住んでいる男だけど
選択肢を増やし
提示できた、というところまでが
わたしにできることで
親としての責務は全うした!
と自己満足に浸っております
#自作自演
#息子は望んでない
それにしても、北海道という土地は
すべてを受け入れてくれる感じがして
息子のことはさておき
わたしは本気で移住を考えようかなと思った。
#冬のマイナス11℃に耐えられるのか
息子だけじゃなくわたしも
自分の人生を悔いなく生きないとね。