連載版「十束神剣百鬼夜行千本塚」 #13
怪物を討つべく怪物との間に子をもうけるとは、なんとも気の長い話ではあるまいか。その子が一人前になるまで母親の命があるかどうか怪しいだけでなく、怪物の子ならば長じて生みの親さえ手に掛けるかもしれぬというのに。たった一つの命を賭けるには、あまりにも分の悪い賭けであった。
「この世に生まれ落ちた魔性の幼子は、すぐに自らの足で立ち上がりました。その子には髪の毛も歯も生え揃っていました。そしてニッカリ笑って言ったそうです。『おう、母上。おれを生んだ理由はわかっているぞ』」
生まれて間もなく立つ、喋る、のみならず挨拶を繰り出す。まるで侍の子ではないか。その生き方は、あまりにも僕らに酷似していた。
「その幼子に白米を食べさせながら母親は言いました。『それを食べたら、すぐにでも旅に出て父親の首を獲って来るのです』愛する人との間に生まれた初子の為にあつらえた小さな武具を、その敵との間にもうけた次子が手際よく身に着けながら不敵に言いました。『父上は何と言うかな。それも、おれが血を分けた実子だと気付けばの話だが……』」
気の遠くなりそうな話だった。最初の忍者と呼ばれる女は、よりにもよって家族の敵を選んで子作りに励んだということだ。そして当の怪物の子はと言えば、何の躊躇も無く自らが産み落とされた理由を受け入れ、ただ強敵との戦いに心を躍らせている。人間の血が混じっていようが、蛙の子は蛙ということなのだろう。
「怪物の子は父親を尋ねる三千里の旅に出ました。しかし若様。続きは後日の楽しみに、ということにしましょう。これ以上の夜更かしは危のうございますので」
忍者が唐突に蝋燭の明りを消して話を切り上げた。その顔からは平素の余裕ぶった微笑みが消えている。稲光に照らされた障子戸を透かして、この離れ座敷が何者かに包囲されているのが見えたからだ。その者どもの輪郭からして忍者ではあるまい。生きた人間ではありえない。(続く)
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