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十束神剣百鬼夜行千本塚

前方に敵が一体。薄暗闇の中で目を眇めれば、半具足の首なし剣士が僕に背を向けて立ち尽くしているのが見て取れる。その左手には夜空の星々を思わせる塵地の鞘。右手には眩く輝く新身の刃。こちらに気付いた様子は無い。忍び足でにじり寄り、金棒で叩き潰そうとして何かがおかしいことに気が付いた。あれは、僕の胴体ではあるまいか。

「はい。若様が『鑑定だ!鑑定だ!』と口走りながら拾ったばかりの剣で自分の首を器用に叩き落とすところを私は確かに見ておりました」

どうやら僕は首だけになって何者かに抱かれているらしい。誰何すれば、声の主は僕に仕える幼馴染みの忍者であった。一糸まとわぬ彼女の双眸が闇の中で爛々と輝いている。言いたいことはあったが命を拾われたのは事実だ。僕が謝意を述べると満足そうに微笑んで、首を胴体に戻してくれたのであった。

「赤子より目の離せない若様が、首の据わりまで悪くなれば一大事……」

それから念入りに真綿で首を締められて僕が五体満足を取り戻したのは半刻ほど経ってからのことだった。僕ら侍は不老不死の選民だ。首が落ちたぐらいでは死なないが、だからこそ敵に首を奪われるというのは死ぬよりも恐ろしいことである。魔窟を徘徊する〈歪徒〉に先んじて僕の忍者が首を拾ってくれたのは不幸中の幸いであろう。

「それにしても若様。単身、地図も行燈も持たずに魔窟に挑むなど沙汰の限りにございましょう。まさか〈歪徒〉どもが使う御禁制の魔剣を秘密裡に求めての蛮勇ですか?」

〈歪徒〉とは嘗て地上を支配していた旧い侍であり、徒党を組んで魔窟から這い出ては人里を襲うので只人からは恐れられている。恐るべきは彼らの剣だが、その千倍は恐ろしい父上と戦わねばならぬ我が身にとっては一縷の望みでもあった。僕は≪首実検≫と名付けた剣を鞘から抜いて、刃に宿る狂気を克服したことを確かめる。ならば次だ。次の剣を求めて僕は魔窟の更なる暗闇に足を踏み出した。【続く】

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