連載版「十束神剣百鬼夜行千本塚」 #26
何かの聞き間違いであろうか。先刻、握らされたばかりの金貨の袋を取り出して忍者の言葉を吟味する。姉上の値打ちに比べれば、こんな枚数の金貨など端金である。そう言ったのではあるまいか?
「逆です。葦原に姉君を売り飛ばしたとて、銀貨三十枚にもなりますまい」
……銀貨。そのようなものを僕は見たことも聞いたこともなかった。そもそも「お金は汚いものですから侍が触れるものではありません」と忍者に言われて育ったのだ。冷静になって考えてみると金貨の一枚で如何ほどの買い物が出来るのかも僕は知らないのであった。
「金貨が一枚あれば一年分のコメを買えますよ。ああ、これは只人の場合ですからね。若様ならば一月で食べ尽くしてしまう分量です」
ちょっと待て。僕が生きて食事をするだけで、それ程までに金がかかっているというのか。そして姉上は安く買い叩かれてしまうというのか。
「……ですので。時間に追われる主君が金にならない女を追いかける愚を犯すのは家臣としては看過しかねる、というのが私の率直な意見です」
そういって僕の忍者は静かに瞑目した。もはや言うべきことは何も無いとでも言うように。僕の手番がやって来たのだ。周囲に敵がいないことを十分に確認してから、僕は忍者の名前を呼ばわった。八千夜。
「……はい」
八千夜の双眸が僕を見据えるのを確かめて、思いっきり腕を引っ張って階段への道を急いだ。時間がないのだ。何もかも道中で説明するしかない。
「その、あまり急いで石段を駆け下りるのは危のうございますよ。いえ、私は忍者なので何の問題もありませんが甲冑を着込んだ、どん臭い若様に捕まれたままでは私も無事では済まないかもしれません怪我をされるなら若様だけで怪我をなさってすみません言い過ぎました。山賊が村娘を担ぐようなやり方はおやめください。そうそう、そうやって肩と膝裏で私の荷重を支えてくださいませ。西方の王子や勇者が愛しい姫君を抱えるように……」(続く)
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