連載版「十束神剣百鬼夜行千本塚」 #10
姉上のことは忍者に任せて僕は一足早く床に就くことにした。正気を失った父上と、その父上を討つ為に僅かな手勢と共に家を飛び出して戻らない兄上。そして兄上と結ばれるはずだった姉上。その姉上を僕は朝一番で葦原に売りに行くことになる。秘密を知ってしまった姉上の口封じをする為に。ついでに僅かな金貨を得る為に。家族を失い、知己を失う。次は何が僕から離れて行くのだろう。涼しい顔で「別離だけが人生ですよ」と忍者は言う。
「若様、お待たせしました」
別に待ってなどいなかったが、僕の隣に敷かれた布団に僕の忍者が滑り込んで来た。姉上は厠に行かせた後で簀巻きにして部屋の隅に転がしている。僕らの眠りを妨げぬように念入りに猿轡も噛ませていた。
「葦原は楽しい街です。きっと若様も気に入ることかと思いますよ。全ての問題が片付いた後ならば、若様も遊びに行くと良いでしょう」
禁足地である魔窟に通って、公儀によって禁じられた魔剣を集めて、正気を失った父上の首を次の新月までに取らねばならぬという三重苦。今の僕は虎と狼の挟み撃ちに遭いながらの綱渡りを強いられているに等しい苦境にあった。それでも命がある限り投げ出すわけにはいかない。侍にとって、家の存続とは罪も罰をも超越する使命であり、自らの存在理由でもあるのだ。
「……眠りましょう。若様が朝まで起きていたところで事態が好い方向に転がるわけでもありませんし、姉君の運命が変わるわけでもありません」
目を見開いたままの死体を瞑目させるようにして忍者の手が僕の双眸に添えられた。今日の僕が死ねば、明日の僕は益体も無い懊悩を捨てて生きることが出来るだろうか。その苦しみを引きずったうえで明日へ、より良い明日へ進みたいというのは分不相応な願いなのであろうか。奇妙な感覚があった。苦しい。而して、その苦しみを失いたくない。
「仕方ありません。眠れない若様の為に、久しぶりに寝物語でもするとしましょうか」(続く)
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