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連載版「十束神剣百鬼夜行千本塚」 #16

こんな時に忍者が面倒なことを言い出した。一刻も早く僕は姉上を追わねばならぬというのに。

「姉君を追うというのは何故なのです。金貨に換える為でしょう。金貨ならば、此処から好きなだけ取り出せば良いでしょう」

こちらに背を向けた忍者の足元には水瓶が置かれていた。泥に塗れた水瓶は、月光を浴びながらにして月よりも眩く輝く金貨で満たされている。上忍が一生をかけても蓄えられるかどうか、といった財貨を齢十六にも満たぬ忍者が用立てられるものだろうか。否、黄金の真贋などは問題ではない。これでも僕は未熟ながらも侍であって、非才であろうとも主君であって、即ち忍者に給金を払わねばならぬ立場である。家臣から金貨を貰うなど主客転倒、武士の一分は丸潰れではないか。

「若様が魔剣を蒐めていることを知った高嶺様は生かしておくだに危険だというのに、どうして更なる危険を冒して彼女を取り戻しに行くというのですか。武士の一分とは何よりも、お家を守ることにあるのではないのですか。その為に難題に挑まねばならぬ立場となった若様が、更なる面倒を抱え込もうとするのは何故なのですか」

答えは簡単。奪われたものを取り戻さないのは寝覚めが悪いからだ。それも相手が自分よりも弱ければ尚の事である。それは盗まれたものが姉上であろうが家財であろうが変わりはしない。それはウソではない。しかし全てではない。内なる声は僕に更なる怪異との戦いを命じていた。尋常ではない存在との戦いを通じて、自分は狂った父上をも討ち取れるという自信が欲しいのだ。嘗ての僕は、只人の励む修行というものを軽んじていた。あんなものは脆弱な生き物が自分を安心させるための儀式の如きものでしかないと思っていたし、それは今でも変わらない。僕ら侍はコメを喰らって強くなる。ただ、強くなった肉体の使い方については、どうだ? 魔剣についても同じだ。本来は、ただ振り回すだけの鋭い鉄の棒ではないはずだ。(続く)

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