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地獄に覚者あらば塹壕に救世主あらん
「以上で今回の診断は終わりです。ゼラ様、お疲れ様でした」
質問をする尼僧、膝に乗って瞳孔の反応を見る尼僧、瞼を固定しながら点眼薬の投与を続ける尼僧から解放された狩人は眼球が裏返るような激痛に悶絶しながら椅子から床へと転がり落ちた。こんな仕打ちに耐えているのも、ひとえに石火矢に込める「鉄」を使い果たしてしまったせいである。「鉄」が欲しければ伯爵の使者に逆らってはいけないのだから。
「我々の計算によれば、寿命で死ぬまで今の暮らしを続けた場合のゼラ様の来世は原生動物、ともすればアミノ酸、今すぐに死ねば棘皮動物といったところです。ですので」
青年が丸めた背中を一号機が撫でながら語り掛けると、駆け寄ろうとした彼の母親を指鉄砲で二号機が遮り、幼子から火や刃物を遠ざけるようにして三号機は青年の白亜に輝く石火矢を取り上げた。そして、三機による斉唱。
「「「今すぐに伯爵の弟子となってB教に帰依しましょう」」」
「是で良い」と書いて、ゼラと読む。名前を付けたのは父親で、その名を是空と言った。彼は伯爵の所領における狩猟を無制限に認められた空前絶後の技芸者であった。そして己の全ての技術を息子に託すべく励んでいたというのに、伯爵に召喚されて家に戻らないまま一月が経っている。以来、新月の夜が来る度に鉄の車に乗った鉄の尼僧どもがゼラの家に訪れるようになる。それも人や牛馬が牽く車ではない。まさに「自ずから動く車」であった。
「伯爵の説法によって発心された是空様は出家、即ち出世して修行の旅の途上にあります」
尼僧は夜空に浮かぶ星々を指さした。つられるようにして見上げれば、櫂も帆も無い鉄の船が今まさに流星めいて視界を横切るところであった。
「まず是空様は愛と言う名の家族への執着を断ち切ることにしたのです。今後、ゼラ様は生きる糧を自ら得なくてはなりません」
そう言って一号機が彼に押し付けたものが、首から提げる鉄製の鑑札であった。
【続く】