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洞窟とドラゴン、パズルそしてドラゴン【火曜日は火竜の日】 #風景画杯

今日も今日とてトーキョーの夜空に火吹き竜の雄叫びが響き渡る。奴らが火曜日の深夜零時には欠かさず帝都の上空に現れては都民の暮らしを脅かすようになってから早いもので今年で二十年になるらしい。それでも連中が火曜日にこだわる理由は今もって謎のままだ。誰か知っていたら教えてくれ。

「■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■!」

≪翻訳します。『我々はダンジョンの添え物ではない』と言っています≫

シンジュクの交差点で竜を見上げる俺に耳打ちする愛らしい少女は【スパルトイⅠ号】だ。長い髪と大きなリボンが荒れ狂う風に吹かれて静かに揺れている。竜の言葉を理解する彼女の正体はドラゴンボーン(竜骨)・ボーンチャイナ(骨灰陶器)・ビスクドール(陶器人形)である。竜の牙を地面に撒くだけで生まれる伝統的な旧式スパルトイとは製造における工数もコストも、そして運用における汎用性の高さも段違いのエリート兵士である。

≪続きます。『ましてやパズルの添え物などでもない』と言っています≫

帝都の空に穿たれた❝夜の門❞を通じて異次元より現れる竜どもの目的は、ドラゴン族の名誉回復にあるらしい。要約すると「我々は人間のやられ役なぞ御免被る」「あらゆる物語に竜族を登場させるにあたって我々に使用料を支払うべき」「その上で全知全能、最強最高の種族として扱うべし」というのが彼らの主張だった。しかし彼らは交渉の相手を間違えた。テロに屈しない国家がドラゴンに屈するはずも無い。

「今週も同じことを言っているな。今週も同じように倒してやるだけだ」

発煙筒に点火する。反撃の狼煙ではなく先制攻撃の合図である。先んずれば竜を制す。❝工房❞が所有するビルの屋上に待機させていたスパルトイⅡ号のバリスタ(平時には天体望遠鏡に偽装している)による狙撃が、上空から悠々とシンジュクを睥睨する竜の右目を蒸発燃焼せしめた。当然この矢は単なるクォレルではない。先週の火曜日に倒したばかりの竜の胃袋から取り出した曰くありげな宝剣を括りつけて発射した会心の嚆矢だった。

「おい、聞こえるかクソッタレのクソ吹きトカゲ!?お前を殺す勇者が此処にいるぞ!俺が怖くなければ降りて来い!……今のを翻訳してくれ

≪……了解しました。■■■!■■■■!!■■■■■!!!!≫

挑発の内容よりも、寧ろ異郷の地に響き渡る同胞の声と言葉に驚いてドラゴンの視線が我々に向けられる。竜の視線には毒があるからして、この時点で常人ならば正気を失っているであろう。幸いにして俺は既に正気ではないので手にした弓を鳴らして踊りながら挑発を続ける。「お前の目を射抜いたのは俺」というアピールだ。俺の仲間が俺の指示でやったのだから真っ赤なウソではないだろう。竜が旋回からの加速を経て最短距離で俺を目指して飛び込んで来る。ここで怒りに任せて周囲を火の海にしようとする個体は稀だ。切り札の『火の吐息』は深い呼吸と集中が伴ってこその必殺技であり、咄嗟の反撃には向いていない。何より、矢によって右目を失ったばかりで遮蔽物の無い上空に留まることへの危機感が勝る筈である。そこまで読めれば、竜といえども罠に嵌めることは不可能ではない。

「――――■■■■!?」

そして待ち伏せしていたスパルトイⅢ号によるパラシュート付き投網銃に捕縛された竜は不本意な急制動を強いられて俺の目の前に不時着する。銃の製作者が言うには「ドラゴンの進路に置くようにして発射するのがコツ」らしい。網の正体は蜘蛛の糸だ。夜の門から木曜日の帝都に攻め入る森の部族(エルフ)が率いる大蜘蛛の吐き出す糸である。その死骸を回収して分析、装置に込めてトリガーを引くだけで撃ち出せるようになるまでの製品化には血の滲むような試行錯誤があったと木曜日の同業者から聞かされている。

「火曜日が担当のお前はドラゴンの死骸から好きなだけ換金アイテムが採れるだろう!?こちとら民間に卸せそうなのは狼や大熊の毛皮ぐらいで資金繰りが苦しいんだ!頼む、木曜日の帝都を助けると思ってさ……!」

……この銃を俺に売り込みに来た彼は今、捕虜にしたエルフに客を取らせて大儲けしているそうである。商売が軌道に乗ったのだから結構なことだとは思う。俺もドラゴンに客を取らせて大儲けなぞ出来ないものだろうか。背中に客を乗せて帝都上空を一周するツアーなど悪くないと思うのだが。

≪航空法施行規則に抵触する新事業への参入は調整の難航が予測されます≫

「仕方ない、金持ちになりたかったら俺が客を取るしか無さそうだな」

「――――貴方、頭がおかしいのではなくて?」

大蜘蛛の糸に翼を絡めとられて呻きながら道路に転がる火吹き竜の左目に高高度から死の彗星が突き刺さる。これが二の矢。その彗星の正体は竜殺しの槍を携えた真正ドラゴンスレイヤーだ。俺はただの囮。雲上竜の角を石突きに、そして牙を穂先に用いた竜殺しの槍を目掛けて凄まじい稲妻が叩き込まれた。痛打を被った相手に追い打ちの落雷を見舞う恐るべき槍の呪いである。これで予定通りにドラゴンの丸焼きの出来上がりだった。軽量で耐熱性に優れる陶器の全身鎧に身を包んだ竜殺しの戦士が右手で兜の面甲を跳ね上げて俺を睨みつける。それを見た俺は同じ構えで敬礼した。

「……貴方が客を取る?正気ですか?具体的に何をするつもりで?」

ミサイルよりもドラゴンを殺している幼馴染みに詰め寄られて俺は全面降伏を強いられた。すみませんでした。これからは真面目に生きていきます。それはさておき今週のドラゴン解体ショーを撮影するべく周辺で待機していた取材陣が飛んでくると思うので手を離してください。ドラゴンスレイヤー様が民間人の襟元を掴んでいる姿をマスコミに撮られるのはまずいですよ。

≪……二人とも作業の邪魔です≫

≪血が飛ぶと危ないから離れた場所で大人しく待っていてね?≫

≪非常に強いストレスを感じる。これは新手のストレステストか?≫

ご覧の通り、所有者に忠実な戦闘人形は、戦闘が終わると所有者に忠実ではなくなってしまう欠陥を抱えている。工房は「体験版の仕様です」の一点張りだ。その仕様とやらが製品版ではオミットされていることを願うばかりだ。かしましいスパルトイ達が手際よく竜の死肉を頭、四肢、尻尾、それから胴体を四等分に切り分けた辺りで大型トラックが滑り込んで来た。防護服に身を包んだドライバーが運転席からサムズアップ。

「おう、スパルトイのお嬢さん達。積み込み作業、手伝うぜ!」

≪……はい。いつもありがとうございます≫

≪素敵ね。貴方って男の中の男だわ≫

≪ウチのボスはキミの爪の垢を煎じて飲むべき≫

「へへへ、照れるぜ!」

そして彼女らは戦闘が終われば関係各位に愛想を振りまくことにも余念が無い。今だって国営放送局のリポーターにマイクを向けられ、さながらパフォーマンスを終えたアイドルのように如才なくインタビューに応じている。日頃からテレビを見ることでテレビに向けた対応を学んでいるのだ。この成長ぶりを見れば、自らの進退を賭けて彼女らを作り上げた人形師も大喜びだろう。そう思っていたところに工房から電話がかかってきた。

「……テレビを見ているよ。私の子らが立派にやってくれたみたいだね」

竜殺しの武具を鍛え上げる工房において、人形作りを専門とする異端者の声には喜びと安堵の声が滲んでいるように思えた。

「あんたのお陰でドラゴンスレイヤー失格者の俺も、どうにかスパルトイスト(※スパルトイ使い)として現場にしがみついていられるよ」

「私は工房の連中の、君は幼馴染みの鼻を明かしてやれたということか」

「……要件は何だ?」

「前から言っているだろう。量産化の前に白兵戦のデータが欲しいんだよ。来週こそは損耗覚悟でスパルトイ達をドラゴンに肉薄させたまえよ」

「ああ、善処する」

早く電話を切り上げたくて嘘をついた。視界の端で幼馴染みが道路に槍を刺してポールダンスの真似事を始めたからだ。入力待ちの待機モーションのつもりだろうか。俺の視線に気付いて微笑みながら手招きなどしている。こうすれば俺がすっ飛んで来ると学習してしまったらしい。

「あら、得意先からの電話だったのではなくて?」

「……いいんだ。ドラゴンと同じだ。いつも言う事は変わらないんだ」

ここで幼馴染みに「待たせて悪かった」など言うのは悪手だ。彼女に待たせるだけの価値が俺にあると一瞬でも思うのは傲慢ですらあるからだ。

「俺は今週も競売に立ち会うつもりだ。お前さんは……」

「どうしてもと言うならば貴方に同行してもいいですわよ」

「……じゃあ、行くか」

ツキジ遺跡ではドラゴンの死肉の競売が行われる。己の肉体で戦うドラゴンスレイヤーには縁のない話ではあるが、スパルトイと飛び道具を頼って戦う俺は何かと出費が嵩むのだ。肉の需要と相場の動きに無関心でいられる筈も無かった。人気のある部位がわかれば、可能な限り傷つけずに仕留める戦術も考慮する価値があるだろう。眼球も無傷で摘出できれば何かと使い道があるかもしれない。攻略何度は跳ね上がりそうだが、試す価値はきっとある。

≪……マスコミ対応が完了しました≫

≪トラック下郎も見送ったから私達の仕事は終わりね≫

≪今週の愛想は今日だけで使い切った。回復が必要……≫

どうやら考え事をしている間にスパルトイ達に囲まれていたらしい。Ⅰ号は報告ありがとう。Ⅱ号、せめて「トラック野郎」と言って差し上げろ。Ⅲ号、競売とメンテナンスが終わったら飲みたいもの飲ませてやるからな。それから全員、ドラゴンスレイヤーを威嚇するのはやめてくれ。

「ウフフ!失礼な人形は服を脱がせてあそこが本物と同じかどうか見てやりますわ~!!」

怯えて逃げ惑うスパルトイ、満面の笑顔で追い回すドラゴンスレイヤー。そして全力で走っても彼女らに追いつけない俺のことを、空に浮かぶ月と夜の門が笑っているようだった。(終わり)










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