連載版「十束神剣百鬼夜行千本塚」 #17

「つまり若様は敢えて今、艱難辛苦することで来たるべき試練に備えようと言うのですか。目もくらむような黄金に恐れをなしたのではなく……」

率直に言えば水瓶いっぱいの金貨は恐ろしい。何故って、こういう財宝に飛びつけば碌なことにならないような気がするのだ。そこで恐れずに黄金に手を伸ばせるのが本当の勇者なのかもしれない。だから忍者が鎧を着込んだ僕の胴回りよりも何倍も大きい水瓶を懐に仕舞った時は心の底から安堵した。

「よござんす。捕らわれの姫君を取り戻して、その場の雰囲気と勢いに流されて若様の身に何らかの危機が訪れるやも危惧していたのですが……」

言いながらも忍者の視線が僕の何かを探っている。これは対象の五体を通して器量技量、それから度量を推し量る初歩の忍術であるらしい。まるで大陸の神仙が行使するとされる仙術さながらではないか。

「今の若様ならば、奪われた姉君を取り戻した程度で自らの❝物語❞を幕引きにするような軟弱者ではないことはわかりました。まだまだ問い詰めたいことは尽きませんが、今は時間が残されていないのも事実」

手を伸ばせば届く間合いに立っている忍者が手招きする。「鼻息がくすぐったいです」と言われるまで近づいた。

「忍術で魔窟の地下二層まで一足飛びします。私が良いというまで決して目を開けて周囲を見たりしてはいけませんよ」

「見るなの禁忌」か。こうやって人間を試すのも、やはり仙人のやりそうなことだと思える。

「ほんの一時ですが『後ろの正面』とでも言うべき、この世ならざる抜け道を通るのです。その景色を目にしてしまえば血潮と魂は凍てついて、二度と今までのようには戻らぬことでしょう。準備は良いですか」

慌てて目を瞑る。そして中空に投げ出されるような感覚。足元が庭の土から石畳に変わったのが感じられる。終わったのだろうか。

「目を開けなさい」

知っている声の、知らない喋り方。まだ忍者は「良い」とは言っていない。(続く)

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