狩りと採り


松茸

昨年父が他界した。
80歳で身体に衰えはあったものの大病もなく健康ではあった。そんな父は1人で山にキノコ採りに出掛けて、斜面を滑落して帰らぬ人になった。
母から電話が来たのは夕方の18時くらいだったか。お父さんが帰ってこない、そんな内容だった。酒を飲んだ自分は妻に運転を頼み山へと向かった。自宅からは2時間くらい、妻に道案内をしながら着いたのは20時を過ぎた頃だった。
辺りは灯なんてものはない、真っ暗な山だ。慌てて家を出たので懐中電灯すら持ってなかった。ただ半月が南中近くに光っている。車のライトを消して眼を暗闇に慣らすとボンヤリとだが道が見えてきた。
靴を地下足袋に履き替え、山へ向かおうとすると妻が言った。
アタシ、こんな真っ暗なとこで待ってるの?
たしかに素人には無理かもしれない。妻を安心させるために笑いながらこう言った。
オレはいまからこの道を歩っていくんだ。それに比べりゃ車の中なんて天国みたいなもんだろ。ラジオでも聴いてろ。オレは必ず帰ってくるから心配すんな、約束する。
言いながら妻を軽くハグした。
じゃあ行ってくる
妻は車のライトをハイビームにして行き先を照らしてくれた。逆効果なんだよと苦笑しながらも妻の気持ちに感謝した。
この山は中学の頃から通っている。父について一緒にキノコ採りに来ていた。社会人になってからは転勤などでブランクはあるものの20年近くは通っているか。明るければ目を瞑ってでも歩けるかもしれない。ただいまは月明かりだけが頼りの真っ暗な山道だった。暗闇に対しての恐怖は皆無だが獣に対しては警戒が必要だった。精神を集中して一歩一歩、歩を進めた。
父の車は林道を1キロ程進んだあたりに停めてあった。自分の軽ではここまで登って来れない。普通車でも大変な路面なのだがなんとかここまで車で来たのだろう。
車を見つけたときエンジンがかかっていて中で寝ているオヤジを想像した。だが現実は違った。中が見えないのでドアをコンコンと叩いてみるが反応はない。ボンネットを触ると冷たくエンジンをかけた形跡はなかった。
山の中か、そう思いながら東に伸びる山への入り口を見た。足を挫いて動けないくらいなら命が奪われるほどの寒さではない。相変わらず月は照っているし風は凪いでいた。
オヤジー、おーい。
東を向いて腹の底から大声で叫んだ。しばらく耳をすましたが反応ない。
オヤジー
何度も試したが反応はなかった。


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