見出し画像

狩りと採り6

2022年と23年は私の住む東北地方の夏の天候は対照的で異常だった。全国的だろ、と思われる方もいるかもしれないが、例年とは明らかに違う年だった。
2022年は7月の中旬頃から曇り空の日が目立つようになり8月になっても連日のように曇天が続いた。結局東北地方は梅雨明け宣言がされないまま8月が終わり、日照不足のまま秋へと向かっていった。
逆に23年は記憶にも新しいと思うが連日猛暑が続いた。9月に入ってからも35度を越えるような残暑が続き、やっと秋らしさを感じ始めたのは間もなく10月に入るという頃だった。
皆さんはどちらの年が松茸がたくさん取れると思われるだろうか、答えは明らかに後者の23年だ。
22年は不作に悩まされた。山には雑キノコどころか毒キノコすら顔を出していなかった。明らかに8月の天候の不順が関係している。きのこというのは夏の日差しや酷暑に強烈なストレスを感じるのだと思う。なので涼しくなりそのストレスから解放されると一気に成長し地面に顔を出してくる。逆に冷夏であったり日照時間が短い年はきのこの反発力も弱いのだ。というわけで2022年はシーズンを通して松茸が12本しか取れないというワースト記録を叩き出してしまった。それでも出所は裏切らなかった。通年よりも出る本数は少なかったものの確実に松茸は出てくれていた。その生命力には感謝しかなかった。
23年は前述のように残暑が厳しい年だった。9月半ばを過ぎても気温が35度を越える日があり秋の気配はまだまだ先のように感じられた。そんななか9月26日、今年初めて入山した。
私の入る山は標高6〜700mくらいだ。下界ともそれほど大きな気温差はない。国道から山の方に向かいひたすら登っていく。途中までは果樹園が広がっているが、それを抜けると景色は山の様相に一変していく。舗装された道を登り切ったところにO牧場と呼ばれる養豚の厩舎があり、そこが私の車で登ることができる最終のポイントだった。
車を道路脇のP帯に停めて外に出た。周りではまだミンミンゼミの鳴き声が聞こえている。まだ秋じゃないな、その鳴き声に苦笑いしながら身支度を整えた。サンダルから地下足袋に履き替えリュックに食料と飲料を詰めた。スマホなどの身の回りの物とカッターとナイフ、爆竹を携えて最後に熊鈴のミュートを解除して出発の準備は整った。さあ行くか、今年はどんなドラマが待っているのだろう。期待と興奮に胸を踊らせながら牧場脇の林道を一歩一歩登って行った。
昨年とは明らかに様相が一変していた。林道脇のそこかしこにキノコが生えている。このシーズン初日の印象で今年の松茸の取れる本数はイメージできる。今年は間違いなく松茸が豊作になる。ただこの暑さでピークがどれくらい後ろにズレ込むだろう、それを見極めて松茸が出る時期を逃さないことが重要だった。A尾根に入り始めた当初はつぶさに手帳に記録していたがスマホという便利なアイテムを手にしてからは画像を見ればどの出所でいつ取れた松茸なのか一目瞭然でわかるようになった。同じ山でもその場所の日当たりや水はけなどで松茸が出るタイミングは異なる。逆に言えば山で最初に松茸が出る場所さえ知っていれば次はここ、その3日後はここ、というようにある程度効率よく出所を回ることができるのだ。
シーズン始めに松茸が出る場所は2箇所だ。どちらも強烈な出所だった。そこが出始めると松茸前線はこの山を下り始める。そしてA尾根の最南端、この山最強の出所の松茸を採り終えるとその年の松茸シーズンは終焉を迎える。そんなことを頭のなかでイメージしながら一つ一つ松茸の出所をチェックして行った。
その日は松茸にお目にかかることはなかった。だがちょうど出始めた頃のサクラシメジを大量に取ることができた。別の場所ではアミタケがお花畑のように顔を出していて座りながらじっくり取ることができた。昨年の不作が信じられないほどたくさんのキノコが山を覆い尽くしていた。
今年初めて松茸に出会えたのは10月9日のことだった。関係はないがジョンレノンの誕生日だ。山道から脇に入り出所に近づいていくと松茸が3本、顔を出しているのが見えた。興奮を抑えながらゆっくり近づいて周りを見るとそのそばにさらに4本、松茸が頭を出していた。いきなり7本、しかも立派な松茸だった。料亭など持ち込んだら数万円で買い上げてもらえるかもしれない。ここが出ているならと思いながら次の出所に向かうとやはり裏切られることはなかった。松茸が4本、少し離れて2本、しっかりと頭を出して待ってくれていた。想像通りこの2箇所がA尾根の松茸の口火を切った。ただそれ以外は自分の想像を超えていた。まずは出始める時期だ。通年よりは間違いなく2週間近く遅れている。この夏の猛暑を思えば想定できる範囲内かもしれないが、それにしても時期が自分の想像よりもはるか後ろにずれ込んでいた。もう一つは出る本数だった。この2箇所の出所で取れる松茸の数は5〜6本と予想していたがいきなりの13本、倍以上だった。今年の天候が松茸にとって相当な好条件だったのだろう。今シーズンの松茸の活性はかなり高い、そう確信した。
母親から電話が掛かってきたのはその次の日だった。

 

いいなと思ったら応援しよう!