今田という生き物
仲の良い友人で、少し変わった子が居るので紹介したい。
彼女の名前は今田。
生物学的には女性だが、本人は
「男、女とは別で、今田という性別がある」
と語る。
今田とは大学で知り合った。
入学式前、学科ごとに一つの教室に集められた際今田は少し遅れてやってきた。
身長170cmを超える長身に、パンツスーツで登場。
とんでもなくスタイルが良いのにめちゃくちゃ猫背だった。
辺りを見渡し、肩で風を切りながら進み自分の席に着く今田は、薬研堀で見かけるガラの悪いおじさんと同じ歩き方をしていた。
なんか凄い人来た…
これが今田への率直な第一印象だった。
私が入学したのは工学部の建築系の学科だ。
女子率が低く、学科人数およそ30人に対して女子は6〜7人くらい。
我々はどちらも苗字が「い」から始まることもあり、名前の順で席が決まっていた為すぐに話すようになった。
今田はバイクに乗っていた。
大学入学時既に中型免許を取得しており、真っ青なヘルメットを被っていたので遠くに居てもすぐ見つけることが出来た。
私に悩みがある時はよくバイクの後ろに乗せてくれて、夜景を見に連れて行ってくれた。
私は大学入学時に軽音サークルに入部することを決めており、今田は特に決めていないようだったので半ば強引に同じサークルに入ってもらった。
ベーシスト今田の誕生である。
今田は割と何をさせてもセンスがあった為、ベースを始めてすぐにある程度弾けるようになった。
各サークルの新入生が参加するキャンプで山に行った際、今田は「どこでもベープ」を両腕に付けていた。鉄壁の守りだ。
そんな今田のそばにいたお陰で、虫害から身を守ることができた。感謝。
ある朝目覚めると、友人3人からそれぞれ別の誘いが入っていた。
友人A「そろそろ夏服買いにいきたいんよね」
友人B「⚪︎⚪︎に新しくできたパンケーキ食べにいかん?」
今田「海に石投げに行こわい。」
石投げに行くことにした。
上2人のお誘いも魅力的ではあったが、海で石投げる誘いが来ることはこの先そうそう無いであろうと判断した為だ。
今田のバイクの後ろに乗せてもらい、大学の近くの海に行った。
水切りさせて石が何回も跳ねるやつするんかと思ってスベスベした丸い石を探したが、今田は隣でシンプルな遠投をかましてた。
めちゃくちゃ肩が強い。
よくおじいちゃんとキャッチボールをしていたらしい。
初夏のまだ少し湿度を帯びた風に包まれながら、遠くまで飛んでいく石を眺めて過ごした。
大学の近くに、今田のおじいちゃんとおばあちゃんが住んでいた。
サークルの飲み会で終電に間に合わない日や、課題が忙しく夜遅くまで作業する日は今田と共に泊めてもらっていた。
今田祖父母の家には1匹の犬がいた。
名前は「しゃくれ」
今田が命名したらしい。
今田がシャワーを浴びる前に、部屋でガサガサと何かを探している。
そして書類のようなものをこちらに手渡した。
今田「まぁうちのオカンの本名でも見て待ってなさい。」
今田母の戸籍謄本だった。
他人の戸籍謄本を見たのはその日が人生初だった。
動揺しつつも受け取った。見てええんかこれ。
今田がシャワーを浴びている間に戸籍謄本を眺めようとしたら、天井辺りが異常に軋みだした。たまに何かが弾けたような音がしたり、パシッパシッとゴムのようなものを打ち付ける音が響く。
え、やばくね
さっきまで寝ていたしゃくれがめちゃくちゃ吠えだした辺りでそっと戸籍謄本を置いた。まだ全然変な音が響いている。
今田がシャワーから帰ってくると同時に全ての音が鳴り止んだ。
岩「さっきラップ音やばかったんやが。」
今田「おーん?」
おーんじゃないが。
今田家の個人情報には触れないでおこうと決めた瞬間だった。
今田は飲み物を飲む時必ず脇が開き、腕は地面と水平になる。
脇を閉じることは出来るのだろうかと思い、腕を下に押さえてみた
反対側の肩が上がった
なんで?
今田のエピソードは無限にあるが、キリがないのでこの辺にしておこう。
先日、今田と数年ぶりに会った。
軽音部の卒業ライブがあり、OBやOGにも遊びに来て欲しいというお誘いがあった為だ。
今田が車で迎えに来てくれるというので、甘えることにした。
あまりにも久しぶりに会う今田が、社会に揉まれて大人しくなってしまっていたらどうしようと思ったが、めちゃくちゃデカい青い車で登場した姿を見て安心した。
その青さは、彼女が昔バイクに乗っていたときに被っていたヘルメットと同じ色だった。
車のことはよく分からんけれど400万で買ったらしい。
新卒からずっと現場監督として働く彼女はさらに逞しくなっていた。
岩「最近マリオカートばっかりしとるんよ」
今「ええやん、運転出来るようになったか?」
岩「レインボーロードが苦手」
今「あぁ、ガードレール無い所か」
マリオカートのあれってガードレールやったんや。
車内では大学時代の思い出話に花を咲かせた。
これといったオチは無いが、今田が今田であり続けているこの時を嬉しく思った。
また飲みに行こう、今田。
ちなみにこの記事を書く前に今田のことを書いて良いか本人に確認を取ったところ、
「良いですよ、今田に著作権は無いので」
と返ってきた。
著作権はあれ。
©️今田と岩本