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【短編小説】雨のやまない村

旅人がその村にたどり着いたとき、しとしとと雨が降っていた。

宿をみつけて数泊分の銀貨を渡す。宿主に酒場の場所を聞き、焦がしたキャラメルのような苦いラム酒を飲む。

一週間ほど留まったが、雨は依然、果てることなく空から落ちてくる。

「このへんは今、雨季なのか?」
旅人が酒場の村人に尋ねると、意外な返事が返ってきた。

「この村の雨は、やんだことがないんです」

村人曰く、そこは雨が降り続ける村。少なくとも120年前に開拓者達が村を拓いて以来、雨があがった記録はないとのこと。
ここで生まれ育った人々は、青空も、太陽も、月も知らない。消えることのない鉛色の雲と、糸のような雨の下で生き続けている。

「なんと不幸な人々だ」と旅人は思った。

旅人は光を求めていた。
暗く陰湿な世界で黒ずんだ己の心を、もう一度輝かせてくれるような、光に満ちた場所を求めて旅をした。

「ここは求めた場所とまるで正反対だ」
旅人はそう思った。
昼間でも薄暗い、死界の入り口のような村。こんなところで心が満たされるわけがない。
「やまない雨はない」と希望を抱いてさまよう旅人にとって、この場所はあまりに悲しすぎた。ここから早く発とう、と思った。

しかし旅人は長い長い旅で疲れていて、村を離れようにもすぐに腰が上がらなかった。
あと数日、あと数日、と考えている間に、ひと月が経った。

ふと旅人は思う。
自分はこんなに腰の重い人間だったか?

違う。ここの居心地が良いのだ。

雨の降る薄暗い村には、不思議と活気があった。

村人たちは、毎月新しい長靴をつくって外に出かけた。傘にいろんな刺繍をほどこして仲間と見せ合った。背の高い蓮子を庭に育て、雨粒で葉が揺れるさまを楽しんだ。

村人たちは、雨を楽しんでいた。村にはいつも活気があり、笑顔に満ちていた。

旅人は不思議だった。暗く湿った雨の街で、どうしてこうも楽しそうに生きられるのか。

その疑問を酒場の村人に話してみた。すると村人はこう言った。

「雨に耐えるより、雨を楽しむ方法を考えるほうが、よっぽど人生楽しいですから。我々は皆そう考えてます」

旅人は、自分を救ってくれる「場所」を探し回ってきたことを恥じた。自分を救うのは、場所ではなく自らの心なのだ、と気づいた。

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