イマココに集中するという贅沢感
この日はとても贅沢感を味わえました。
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ある休日の記録です。
仕事を終えて帰宅。シャワーを浴びて休憩、仮眠を取った後に我が愛するカープの試合をテレビで観戦。
自分のことしかやっていないのでそりゃそうだと思われるかもしれませんが、殊更このカープをテレビで観戦している時間は最高でした。
例え結果がボロ負けでも(実際に惨敗だったわけですが…)このような趣味のような、いわゆる自分の時間と言われるような時間の使い方はとても贅沢なように感じます。
この贅沢な感じをさらに増大させるのが、「イマココでこれをやっていて大丈夫」という安心感です。
まさしくこのカープをテレビで観戦しているときには、「今こんなことやってていいのか?」などという不安は頭をよぎりませんでした。
これがまさしくタスクシュートの恩恵だと僕は思っています。
タスクシュートを実践する以前の僕は「あれもやりたい、これもやりたい」といろんなことに手を出していましたし、そうすることが自分を豊かにしてくれる、人生いろんなことを経験しないと損だ、とさえ信じているくらいでした。
もちろんそのことで得たものもありますが、その大半は「やりたいと思ったのにやれなかった…」と感じ消化不良、ひどいときには後悔の念に苛まれることも。
別になんてことはない、ただやりたいと"勝手に考えただけ"のことをやれなかっただけなんですけどね。
しかも、やりたいことを全部やるなんてことは不可能です。こんなことは誰でも少し考えればわかります。
タスクシュートを実践していると、まずこのやりたいことを全部やることは出来ないという現実を見せてくれます。
これに関しては夢が無いとか、現実的すぎてつまらないなんて思われる人ももしかしたらいるかもしれません。
でもこの「やりたいことを全部やることは出来ない」という現実を理解した先に、僕は時間の使い方における贅沢を知ることもできました。
それが「イマココではこれに集中していいんだ」という安心感を持ちながら、時間を使うという贅沢です。
おそらく以前の僕であれば、「カープをテレビ観戦しながら夕食の準備をし、CM中に掃除機をかける」なんてことをやっていたでしょう。もちろん今でもそういうことが全く無いとは言いません。
ただこの日はカープを応援しながら一喜一憂して声を上げたりと、まさに「カープをテレビ観戦する」という、その行動のみに集中していました。
これ以上の贅沢な時間の使い方は無いと今では思います。
カープ観戦のような趣味の時間だから尚更そのように感じるのかもしれませんが、これが仕事や家事、パートナーや子どもたちとの時間であっても同じだと僕は思います。
実際に今はnoteを書くという"イマココに集中するという贅沢"を味わっていますので。