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生後3ヶ月心室中隔欠損手術①

2021年2月、2人目の子供を出産した。3400グラム程の元気な男の子。産院で授乳中に唇が紫色になるなとは思っていた。入院中に心臓に穴が空いてることが運良くわかり日赤病院へ子供だけ転院した。私は母乳を搾乳器で絞り、日赤へ届けた。産後ってあんまり動いたらだめじゃなかったかなと思いながら産後3日目から日赤へ母乳を届けに通った。検査入院中に処方された薬を飲ませると背中に発疹がでた。薬剤師さんが親身になって身体に合うように薬の処方を変えてくれた。入院中は付き添いの私は食事がでないためカップラーメンや菓子パンを持ち込みして食べていた。身体にいいとは言えないものを食べた母乳を飲ませるのが嫌で母乳の搾乳をやめ、完全ミルクにした。今思えば購買でおにぎりを買って毎日おにぎりにすればよかった..。
 心臓の穴は大きめで手術が必要とのこと。手術のリスクなどが心配で手術しないとダメですか?ときいたらこれは生きるか死ぬかの問題です。手術しないと生きられないんですと言われた。車で2時間くらいの病院で手術が決まり、2週間くらい検査入院した後一度家に帰ってきた。手術のためもう一度入院し3週間くらい病院で過ごした。コロナだったらから面会出来なくて長男には寂しい思いをさせてしまった。
 手術の説明やリスクは先生が何人も立ち会ってしっかり説明された。模型も用意してくれて赤ちゃんの心臓のサイズはいちごのサイズくらいでここの穴を塞ぎますみたいな説明。心臓を止めて手術をするのでその間は人口心肺を使用しますとのこと。心臓手術の中では症例が多く比較的簡単な方の手術ではあるが、リスクとしてはいろいろあって脳の血管が切れる場合がありますとか。この説明の時に泣いてしまうお母さんも多いらしい。私はと言えば涙は出ずリスクってだいたい何%なんですか?と真顔できいたから誰か立ち会いの先生がクスッとしていた。0.1%以下ですと言われてそれならいいですと答えたと思う。
 リスクは0.1%以下とは言え実際検査入院中に隣のベッドにいた子は、手術中に脳の血管が切れてしまって麻痺がでて手術前より重たい障害を負ってしまった子だった。何も知らず長いんですか?と声をかけたら半年以上入院生活でリハビリしてるんですとその子のお母さんが話してくれた。何て言葉をかけたらいいかわからなくて何も言えなかった。手術前に少しの間家に帰ってきた時、近所の神社にいくつも参りに行ってどうか手術が成功して元気に回復しますようにとお祈りし健康守りを買った。これ程運が欲しいと思ったことは今までなかったと思う。今までの人生を振り返りもっと人に優しく出来たんじゃないかとか、親切にしてたらとか運を貯める行いがもっと出来たんじゃないかとかいろいろ後悔した。小さい時から人をいじめたり、意地悪したり、悪意を持って傷つけたことはなかったはずだけどそれでもやっぱりあの時ああ言えばとかいろいろ考えた。実家の母は毎日近くの神社の掃き掃除をしてくれお参りしてくれたらしい。
 赤ちゃんの体重が3キロ程しかないため手術は輸血しないといけなかった。私の血を輸血して欲しいと言ったがそうゆうことはできないと断られた。
 手術当日、執刀医の先生や麻酔科医、臨床工学技師の方それぞれあいさつに来てくれた。ベッドに乗って手術室に運ばれて行く赤ちゃん見送り職員の方たちによろしくお願いしますとあいさつした。手術室へ見送るタイミングでも号泣するお母さんもいるらしいが、涙は出なかった。
 手術は9時から大体、5時間くらいだったと思う。待合室で携帯をみることもなく、何か口にすることもなくただひたすら手術の成功を願っていたと思う。とても長い時間だった。手術が終わりPICUの中へ通してもらい息子に面会した。息子は全身麻酔で寝ていて全身がたくさんの管に繋がっていた。まず胸の骨を切りそこから手術したので胸には縫い目があった。とりあえず手術は成功したが、目覚めてからじゃないとわからないこともありますとのこと。明日以降また息子の意識が戻ったら電話するので両親揃って面会にこれるようにしていてくださいとのこと。予め予約していたビジネスホテルに行き荷物を置いた。私たち夫婦は、近くの献血会場で献血しようと決めていた。息子の手術では誰かの血液に救われたからその分自分たちも献血して返せたらと思っていた。ホテルから献血会場まで少し歩いた。産後3ヶ月の体だし検査入院中のご飯も適当でしっかり寝れてないから歩く時も体調不良でふわふわしていた。献血会場に着き、献血前の確認事項に答え無事献血できることとなった。200mlにしようと思ったけど400mlしか受付してないと言われ400ml献血した。終わって椅子から立ち上がって歩きはじめるとさすがに目眩がした。出産の確認項目がなかったからスルーできたけど本当は産後6ヶ月までは献血禁止だった。待合室の椅子に座っていたら治ったので一風堂へラーメンを食べに行った。2人とも期間限定のラーメンにしたけど、いつも一風堂のラーメンはすごく美味しいのにその日のラーメンは全然美味しくなかった。
 次の日無事息子が目を覚ましたので病院から来院するようにと電話がきた。PICUへ行くと息子は目を覚ました後暴れたので鎮静剤を点滴されたそうでまた寝ていた。まだ身体がたくさんの管に繋がっていて見ているのが辛かった。とりあえず無事目を覚まして容態も安定しているから何日間はPICUにいて、その後小児病棟に移動しますとのこと。私達は一度家に帰ることになった。ちょうどこの日は会社の半期成績優秀者の表彰式だった。息子の意識がいつ戻るかわからなかったし、術後に容態が急変する場合もあるから意識が戻るまでは夫婦で近くのホテルに待機していて下さいと言われていたのでとても出席できる状況ではなかった。
 家に帰るとおいしいご飯をたくさん用意してもらっていて手術が無事終わってよかったねとみんなでご飯を食べた。久しぶりに長男と過ごすことができた。

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