アーチドハープ教室開講!
長年金属弦アイリッシュハープをメインに教えてきましたが、2022年から新たにアーチドハープの制作を始め教室で教えることにしました!
そもそも「アーチドハープ arched harp」という名称を聞いたことがない方が多いと思うので、簡単に説明したいと思います。アーチドハープは最も古いタイプのハープの形態です。かつて大学で楽器の歴史について教えていたときに必ず登場してきました。
ハープの起源は狩猟の弓に由来します。狩りができない時や、死者への鎮魂として弓を鳴らしていたのかもしれません。はじめに弓を口に当てて音量を増大させる口弓 musical bow がありました。そこから、口腔内の代わりにひょうたんを共鳴胴にし、表面に動物の皮を張った弓ハープ bow harp が作られました。その後、弦を増やす試みが行われ、pluriarc というハープ作られました。これはひょうたんから複数の弓を出して一本ずつ弦を張ったもので、現在でもアフリカのコンゴで演奏されています。そこから一本の弓に複数の弦を張るようになり、アーチドハープの原型となりました。
この楽器は、古代シュメール、エジプト、ギリシャ、インド等で演奏されていました。エジプト、テーベの壁画にはヒョウ柄の大型のアーチドハープを奏でていたり、盲人が奏でている図像もあります。古代インドから伝わったミャンマーの美しいサウン・ガウッ(ビルマの竪琴) が現在でも演奏され続けています。このように、アーチドハープは少なくとも5000年前から演奏されてきたハープで、記録に残っていない時代を含めると、おそらくその起源は気が遠くなるような昔だと考えられます。オーケストラで使われるペダルハープが完成したのがおよそ200年前であることに比べれば、太古より悠久の時を奏で継がれてきたことがわかるでしょう。
アーチドハープと似たものにアングルハープ angle harp (アンギュラーハープ angular harp とも言います)があります。楽器学において、アーチドハープは共鳴胴に対してネックが90度以上の鈍角なもの、アングルハープは90度以下の鋭角のものとして分類されます。アーチドハープと同様に古い楽器で、紀元前2000年バビロニアにバチで弦を叩くアングルハープの図像資料があり、古代エジプトの現物(紀元前1450年頃)がパリのルーヴル美術館に保存されています。正倉院には8世紀頃の箜篌(くご) の残欠が保存されています。カフカス地方のジョージアには4世紀から現在でも演奏されている Changi があります。6、7弦の楽器で、戦争で息子を失った父によって演奏されていたと言います。ちなみに広義では現在一般に演奏されているペダルハープやアイリッシュハープなどもアングルハープです。
西欧に視点を移してみると、8世紀ごろにスコットランドのピクト人が「支柱のある」フレームハープの図像資料を残しています。この支柱によって金属弦などのより強い張力にも耐えられるアイリッシュハープが11世紀に現れました。この構造によって西欧のハープが発展していき、19世紀初頭にダブルアクションのペダルハープが完成しました。西欧の楽器史をみると彼らがハープの「支柱」を「発見」した意義が強調されてきました。(実際には古代ギリシャで支柱のあるハープが演奏されていたのですが、後世に伝えられることはありませんでした)。支柱のあるハープは西欧の人々にとって彼らが独自に見出した機構としての自負を持っているのです。
私が長年疑問に感じていたのは、西欧で支柱のあるハープが登場する前には支柱のないアーチドハープ(またはアングルハープ)があったのではないか。また、支柱のあるハープが発明されたとしても旧型の支柱のないハープが共存していた時期や地域があったのではないかという点です。
2022年10月に横浜大倉山記念館ホールで中世スペイン音楽をテーマにしたコンサートを企画しました。カスティーリャ王アルフォンソ10世 Alfonso X (1221-1284) が編纂させた『聖母マリアのカンティガ集』の中からも選ぶことになり、資料を調べていたところ、彼が編纂させた『チェスの書』(1283年完成) に、なんと支柱のないアーチドハープが描かれていました(この資料にはムーア人が奏でるアングルハープも描かれています)。これに感銘を受けて、桜の木で12弦のアーチドハープを設計、制作し初披露しました。弦は古楽器製作者に愛用されているフロロカーボンを使用。ハサミで切らない限り弦が切れることはまずありません。
その後色々調べてみると、12世紀末スイス、ザンクト・ヨハン修道院の壁画にも支柱のないアングルハープのサロメの絵が描かれています(修復の際に支柱が消えたとの説もある)。
また、音楽学者クリストファー・ページは13世紀フランスの理論家ミオーのミシェル Michael of Meaux (b.1199) の残した文章から当時のハープの想像図を描いています。Page, “Voice & Instruments of the Middle Ages” p.233. それは「2つの木の部分から成り立っている」支柱のないハープでした。
これらの証拠から、東洋と同様に西欧でも支柱のないアーチドハープ(アングルハープ)が、決して主流ではないにせよ演奏されていたことは間違いないでしょう。
私が13世紀の『チェスの書』から設計したハープの最大の特徴は、テンションが極めて低い点です。金属弦ハープやネオアイリッシュハープ、ペダルハープ等に比べると格段に張力が低く、「指が持っていかれる」感覚を持たれると思います。かそけき響きなのですが、なんとも言えないゆるゆるな感じで、ずっと奏でていたい心地よさがあります。
この楽器が気に入ったので奏法研究をしていたら、半音操作がかなり楽(レバーハープやペダルハープのように大げさではない) であることを発見しました。左手で弦をきのこピンに押さえつける、もしくは弦の下に左手の爪を当てて半音を上げることができます。調整によっては全音以上高くすることもできますし、1/4音などの微分音も調整して出すことができます。きのこピンをひっぱり上げたまま固定することで半音上げられる弦もあります。
この「アナログ」な音を自分で作り出せることがアーチドハープの最大の魅力ではないかと思います(ペダルハープやレバーハープは基本的にきっちり半音変化させるように作られているのでデジタルな構造)。同時に2つの弦を半音変化させることも容易です。また、ギターのベンディング(チョーキング)やヴィブラートのような味のある表現、中世、ルネサンス期に流行した「ブレイハープ」と同様のノイズをきのこピンの調整によって出すことも可能です。ゆらぎの音色を自分で作れるのが楽しいです。
これらはゆるゆるな低いテンションであるからこそ実現できる技法です。テンションの高いハープだと爪を当てたときにその音だけ異質な響きがして目立ってしまうのです(金属弦でもコードの内声の半音変化は可能)。テンションの低さは音量の小ささ、地味さと表裏一体なので、コンサートホールで生音で遠くまで響かせるには難しく、PAを使う必要があるでしょう。逆に言えば小さな音なので夜中でも周りを気にせずに楽しむことができます。私は自分自身を楽器の響きに合わせてチューニングするような感覚で奏でています。
極めて短い素朴な残響音で、キラキラした長い残響音の美しさは金属弦ハープには及びませんが、ダウランドやバッハなどクロマティックな楽曲を奏でられます。エリック・サティや映画音楽などにも自由に対応できるので、時代背景等、あまりアカデミックなことを気にしなければ自由な芸術表現に使えるのではないかと思います。目下、どのような楽曲が合うのか、固定観念にとらわれずレパートリー研究をしています。現在30曲くらいアレンジしており、ある程度まとまったら曲集として編纂しようかと思います。
半音操作が必要な曲は基本的に右手のみで旋律を演奏し、左手は半音操作に徹します。金属弦ハープのようなダンピング(消音)技法は使わないので、難易度は低めです。また金属弦ハープに比べると調弦が狂いにくいという利点もあります。軽い力で「弦を引っ張らずに」奏でた方が綺麗な音になるのは、金属弦ハープと共通しています。私は爪で演奏していますが、指でも問題なく演奏できます。
古代の人類が武器から楽器に変換させ(人類史上初めてなのではないでしょうか)、現代日本に甦ったアーチドハープをぜひ皆様に体験してもらいたいと思います。現時点で販売できる在庫ハープがないので、体験レッスンに来ていただき、楽器をお作りしてから通常レッスン開始となります。状況によりますが、制作期間は1、2ヶ月見てもらえたらと思います。日本画家中井智子による絵付けも承ります。
私が独自に設計、制作しているオリジナルのハープなので世界中でここでしか学べません!
私が設計、制作しているアーチドハープの一部はBASEからもお買い求めいただけます。
横浜、日吉の教室は土日祝含む毎日開講、京都、北大路の教室は月に一回、4日間開講しています。入会金なし。1レッスン60分7000円。学生5000円。
ご予約はメールにて承ります。
カロランアカデミー横浜教室
東急東横線、目黒線、新横浜線、グリーンライン「日吉」駅 徒歩約12分
カロランアカデミー京都教室
京都市地下鉄烏丸線「北大路」駅 徒歩6分 アトリエリンデン
キャンセル料は1週間以内で50%、当日で100%。
従来どおり、金属弦ハープのレッスンも承ります。
アーチドハープの再生リストを作りました。新作のサンプル等はこちらで更新していきます。
8弦のかわいい最小モデルが誕生しました。360gという驚異的な軽さで、しかもよく響きます。キノコピンがついていないので、爪で半音操作します。作者お気に入りの一台。
「気のいいがちょう」レバーハープではこういう臨時記号の音の動きはとっても弾きにくいのですが、アーチドなら簡単です。
初代のサンプル。桜の木をくり抜いて作っています。『聖母マリアのカンティガ集』から。大倉山記念館のコンサートではウードと合わせたり、金属弦ハープとの持ち替えを行い、音色のコントラストを活かしました。
私が好きなカタルーニャの「鳥の歌」を桜のアーチドハープで弾いてみました。即興的なパッセージを弾くのも心地よいです。
金属弦セミクロマティックハープ「星のハープ」による「鳥の歌」
20弦金属弦ハープによる「鳥の歌」バンジョー用のフィンガーピックで臨時記号の音を弾いています。
ネッシーと呼んでいる紙のアーチドハープ。葉っぱみたいな共鳴胴は木を曲げて作りました。
バッハも弾いてみました。ダイアトニックの金属弦では弾けないので新鮮な気分です。
臨時記号を使うロシア民謡の『黒い瞳』もアーチドならではの曲。
スペインのエスパニョレッタもアーチドハープに合います。
ダウランドのメランコリー・ガリアードは金属弦でも変則調弦で弾けますが、アーチドハープの方が楽です。
古代ギリシャの曲も合うような気がします。
古代ギリシャをモチーフにしたサティのジムノペディも合います。
ジムノペディを金属弦ハープで弾くとこんな感じです。金属弦の場合はハープキーやハープピンを当てて臨時記号を弾きます。
プレトリウスの本から「ラ・ロゼット」をアーチドハープと金属弦ハープで弾いてみました。アーチドハープの奏法研究で見出した爪を使う半音操作を金属弦にも取り入れてみました。コードの中の音にはこれが使えます。
こちらも同じ「トーディオン」をアーチドハープと金属弦ハープの弾き比べをしました。音色が全然違うのがお分かりかと思います。アーチドハープはきのこピンが弦に少し触れるようにして、ブレイ音を出しています。
同じく、ブレイ音をオンにした状態での演奏。
アイルランド音楽は金属弦ハープの方が合いますが、このような臨時記号を使う曲はアーチドハープで弾いても良いかもしれません。
同じ曲を12弦の金属弦ハープでも弾いてみました。ハープピンで臨時記号の音を弾いています。
グリーンスリーヴス。リュートで弾くような曲が合うような気がしますね。
Fly me to the moon をアーチドハープと金属弦ハープで弾いてみました。金属弦ハープはオクターヴごとに異なるスコルダトゥーラ(変則調弦)を使ってアレンジしています。
モーツァルトのアイネクライネナハトムジークのロマンツェも弾きやすいです。どんな曲が合うのか色々試行錯誤しているところです。
讃美歌を弾くとこんな感じです。
狼の13弦から上に2音足して15弦のアーチドハープを作ってみました。
弦のゲージを変えて狼と同じサイズで5度高い G3-E5 にしてみました。明るくてからっとした音色。
日本の童謡も素朴な響きに調和していますね。
ディズニーの「星に願いを」もアーチドハープだと簡単に弾けます。金属弦ハープの場合は木製ダボで臨時記号の音を弾いています。
英国のバラッド「バーバラ・アレン」17弦の紙製アーチドハープはチェロのC2から。かなり低音で落ち着きます。
ジョスカンの「千々の悲しみ」もアーチドで容易に弾けます。下は金属弦クロマティックの「星のハープ」
G2の音域まで出る15弦ハープ。制作希望の方は承ります。
チャイコフスキーの曲も意外と合うような気がします。
クリーガーのメヌエットをアーチドと金属弦で弾き比べしてみました。op.308 は香港のお客様にお買い求めいただきました。同じモデルを制作したので、こちらの op.319 は横浜日吉のアトリエシナモンで展示販売中です。
お問い合わせ、購入希望、試奏のご予約はメールにて承ります。
ネックを内側の美しいアーチにして、先端を持ちやすくした15弦。共鳴胴にも丸みをつけました。G2-G4。
アーチドハープ特有の弦のタッチは実際に触れてみないとわからないので、ぜひ試奏してみてください。
お問い合わせ、購入希望、試奏のご予約はメールにて承ります。