【5日目】サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼 ポルトガルの道 Viana do Castelo→Vila Praia de Âncora 旅人は進み、とどまるネコは仕事をする
2023/05/22(月)
6:00
昨晩は夜中の1時に目を覚ましてそこから眠れなくなってしまった。時差ボケのせいか、お酒のせいか。頭も痛くてこれはなんとか休息と回復の手段を取らねばならない。とにかく次の宿はインターネットでの予約も受け付けてくれたので、のんびりたどり着けばいいかという目論見を持つ。
身支度を始めると、同室のアリソンがその僕に気が付き、声をかけてくれた。アリソンは70代の米国人女性だ。「実は眠れなかったんだ」と言ったら、「知ってた。ずっとゴソゴソとしてもんね」と気遣ってくれた。
7:30 宿を出る。
Albergue S. João da Cruz dos Caminhos
脳内あだ名
巡礼者同士、抜きつ抜かれつしているうちに名前は知らないがお互いを認識しているという関係が生まれてくる。「良い旅を」と声を掛け合う者も、目配せだけする者も、皆同士だ。そんな親しみを感じた彼らには自ずと「脳内あだ名」がつけられたりもする。
ザ・タッチ(「ザ・たっち」は日本の双子コメディアン)
ビーガンカップル(ある宿でサラダを食べていただけ)
アメリカズ・ゴッド・タレント(振る舞いがゴージャス)
振り返るとまったく瞬間の印象でしかなく、想像力の貧困さに恥じ入るばかりだ。僕自身もあだ名がつくとしたらなんだろう。
風呂敷
にせ忍者
カメラ持ちすぎ野郎
そんなすれ違い同士の中に、僕が敬意を込めて
巡礼貴族
と名付けた人がいた。
巡礼者は長い道を歩くのでとかく機能重視で、ファッション面は勢い無頓着ということが多い。
彼は違った。
まず、オレンジの長袖というだけで、目立っている。欧米の旅人はたいてい半袖、半ズボンというなかで、帽子から足元まで清潔感がある。手にしたストックまでジェントルマンのステッキ捌きだ。また目があったときのスマイルがスマートだ。
昨日、街角で出会った時には巡礼者なのか、観光なのか半信半疑であった。その巡礼貴族氏も朝から歩き始めていた。この彼と今日、何度も出会うことになる。
海か山か
ガイドブックの他に、ルート決定に使っていたのは携帯アプリだ。GPSが反映され、自分の位置も正確にわかるので、大変重宝する。というか現代の巡礼ではアプリは必須事項だろう。
”現代の”とわざわざ言ってみることにはところで、それなりの意味がある。というのも、巡礼のガイドブックの歴史はなんと12世紀の中世にまで遡るからだ。「聖ヤコブ(サンティアゴ)」信仰について記した『聖ヤコブの書』は典礼について書かれたものだが、いまも古文書として保管される同書(『カリクストゥス写本』1139年ころ)のうち第5の書はその名も「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼案内書」である。元祖ガイドブック。
早とちりを避けるべく付け加えると、グーテンベルクの活版印刷以前の話なので、一般に手に入るようなガイドとして機能したのはもっと後のことになるだろう。
しかしながら、その巡礼ガイドブック史に連なるのが巡礼アプリということになる。
さて、前置きはともかく、道を知る手段として僕はWise Pilgrimというアプリを用いた。
海岸沿いの様子はだいたい掴めてきたので、より建物や暮らしが見えてくる山道を選ぼうという気持ちになった。
10:30
山道を抜けて集落に入った先にカフェがある。ちょうど休憩したくなるポジションだ。見たらイタリアのカフェ大手チェーン、セガフレードだった。巡礼者ホイホイで見知った顔もいくつか。ザ・タッチ(ドイツ人双子)やビーガンカップルほか、自分が脳内あだ名で呼んでいる幾人かを認める。目配せして通り過ぎる。
山際の集落を行く。しばらくしてビーガンカップルの男の子の方だけ他のドイツ人らと歩いてきた。彼女はどうしたのか? 別行動? 余計な詮索をする。
「終わったあとで後悔するものよ」
10:45 PaçoからAfifeの山道に入る。
11:05
山道を抜けた集落。洗濯小屋に日陰を求めて、そこで休憩し、ついでに食事もした。イワシの缶詰をあけて、パンと食べる。
するとアリソンがやってきて、「ほほう、そこに居たか。昼ご飯? 体は大丈夫かい?」と今朝に続いて僕のことを気遣ってくれた。
僕は「もう大丈夫だ。歩いてみると調子は戻っている」と伝えた。
アリソンは「しっかり食べてゆっくり行きなさい。急いでいく必要などないのよ。旅が終わったあとに、どうして自分はそんなに早く終えてしまったのだろう。街も海もよく見なかったと後悔するものよ」と教えてくれた。
アニメ作品『銀河鉄道999』でメーテルが鉄郎に諭すのと同じような雰囲気があった。松本零士氏は作品中でよくメーテルに腹ごしらえを怠るなと語らせ鉄郎に言い聞かせていた。巡礼の経験者であるアリソンが僕に同じことをしていると感じた。アリソンはメーテルなのか。
別れ際にキスをしたくなる衝動をぐっと抑えて、彼女には先に行ってもらった。
11:55 再出発。
そこにいるだけの簡単な仕事です
ひなたぼっこのネコは呑気なもんだと写真を撮る。こちらの存在に気づいていながら、それでいて目を開けてこちらを見つめるでもない。笑いも怒りもない、冷淡で哲学的な顔をして寝続けている。被写体がとどまってくれると撮る側としてはありがたい。
そうしているうちに、ネコの背景についてふと意味を考えた。
トウモロコシ。ネズミの好物。
はっ!このネコ様、仕事していらっしゃる!
一方、この自分と来たらどうだ?
深く考えるのをやめて、頭を垂れてそそくさと立ち去った。
眺めのいい休憩場所
13:00
カフェ・オ・フォルノCafé O fornoで休憩。ここにもドイツ人の集団。すると巡礼貴族氏もやってきて、他のドイツ人らを笑わせていった。はじめて彼をドイツ人と知った。
こうのとりの水車小屋
14:17
なにやら植物を採っている土地の女性に何をしているか尋ねてみる。猫車にタンクを載せて、植物を茎と葉っぱごとその中に入れる。水が溢れないように中に入れているというのだが、意味がよくわからなかった。聞き間違えだろうか。
ところで今しがた越えてきた小川に建物があってそれが大変素敵であると告げると、次のようなことを教えてくれた。
まず、それは水車小屋である。数年前に所有者が亡くなって後継者がいなくなり、管理されずにいた。
「冬になると水がこの辺まで来るのよ、さっき渡ってきた石の橋あるでしょ、あれも沈んで通れないの」
そのせいで、水車の中身も崩れ落ちてしまった。屋根だけはかろうじて昨年直した。
エリーザさんはそんなことを教えてくれた。
所有者に関する具体的な話も聞いていると、地方の過疎と後継者不足、若者の都市流出など、どこかの国でも聞いた話に落ち着いていく。どこも同じですねと感想を述べ合って分かれた。
パスタのコスパ
15:00
ヴィラ・プライア・デ・アンコラVila Praia de Âncoraの町に入る。
商店街の通りも、教会の前も、サフィニアの花が満開で、中心街を一つの舞台のように見せていた。
15:30
今日の宿、ホステル・ダ・アヴェニーダHostel D'Avenidaに到着。
インターネットで予約したものですとレセプションの女将に告げるもあんたの名前はないという。
もうドミトリー(大部屋)はないが2人部屋の上段が開いている、先客が下にいるがそこでどうだという。ドミトリーなら16€のところ差額4€の20€だ。ここに決めた。
ザ・タッチことドイツ人の双子巡礼者のドロとレベッカ、そして僕のことを気遣ってくれるアリソンも同宿になった。
食材を買い出しに行き、パスタを作って食べた。トマトとタマネギ、ニンニクを刻んでおき、フライパンにイワシの缶詰を投入。オイルごと炒めて、トマトソースにする。日本で買うと高そうな、とぐろを巻いてあるパスタを選んでみた。安上がりでうまい。ワインとチーズなどをつまみにしつつ、即席にしては豪華な夕食を味わった。
二人部屋で同室となったデンマーク人のピーターとワインをシェアした。