【🇫🇷クウェート大学留学#3】ジハードとムジュタヒド

2023年9月19日 21:52

日本の友人たちに向けた現状報告と、来年度以降のクウェート留学生への資料として、日記を作っています。でも、そうでない方にも楽しんで頂けると幸いです。

9月19日

　多国籍寮での生活では、国同士のイニシアチブの取り合いの様相を呈することがある。というのも、基本的に同じ国の人たちでつるみ、意見も国ごとに揃いがちだからだ。

　戦いの舞台の一つが集合時間の設定だ。

　前回日記に書いたように、バスは人が集まらないと出発しない。そして我々の始業時刻(8:30)に間に合うためには、7:30頃にキャンパスにくるバスを待つしかない。
　では、何分間「待たせる」か？それが問題だ。
　こんなに朝早くから寮を出る学生は稀だ。我々の集合時刻すなわち出発時刻となる。そして、集合時刻をどう設定するかが焦点となる。

キャンパスと各寮を結ぶバス。約15人乗れる。
運転手はインド人、バングラデシュ人が多いイメージ

　バスに乗るのは以下のメンバーである。フランス人5人、日本人3人、マレーシア人2人、ブルガリア人1人。フランス人が数的には圧倒的に優勢だ。
　フランス勢の主張として、もう少し早く出ても良いんじゃないか、というものがある。

　ただ、現実的な問題として、それより遅いバスに乗ると、交通事情によっては遅刻する可能性が出てくる。　
　そこで、日本勢(とくに「リーダー」というあだ名の学生)が早期出発を主張した。幸いにも、マレーシア・ブルガリア勢が同調してくれたおかげで(むしろ勤勉なマレーシアの二人は日本人より早く集合している！)、結果として7:30の出発コースを選ぶこととなった。
　フランス勢の偉いところは、一度決まったことはしっかりと守り、約束の時間に来てくれたことだ。

　私たちはいがみ合っているわけではなく、暇な時は雑談もするし、沢山のことをフランス人たち(フランスィーユーナ)から教えて貰っている。しかし、交渉、あるいはある種の戦いがあることは事実だ。

　このところ、私は二つのことを意識している。　
　ひとつ、主張すべきことはガツガツいけ。
　ひとつ、集団の力はどの社会でも強い。

　フランスに関してもう一つ。

　フランス人は歴史専攻の学生が多いので、彼らはよく「ヒストリー」と言う言葉を使う。しかしフランス語では頭のhの音は発音しない。彼らはそれが染み付いているようで、「イストリー」と発音するのだ。
　またフランス語の語彙も良く使う。「ヒューマニティー」ではなく「ユマニテ」である。また全体的に早口だ。私とよく喋るひとたちの間では、一番リスニングが難しいのはフランス人である。

　私は英語が苦手だ。聞きにくい発音をするのはユマニテ、もといヒューマニティーに欠ける。私はフランス人とのささやかな戦いとして、定期に単語を発聞き直すようにしている。

『名探偵コナン』のトリックにも用いられた「無音のh」。
クウェート市内のダイソーで買ったホワイトボードに書いた。一コマ目を書いた時、青山先生が憑依している気がした。

　イニシアチブについてもう一つ。行きのバスでブルガリア人のジョージがノリノリの音楽を爆音で再生していた。BGMは爆音で流したもの勝ち。明日は大音量でミスチルを流そう。私のルームメイトが桜井の物真似をしてくれるに違いない。

　授業が始まった。

　昨日とは違い、日本勢が全体的に前の方に座っている。私は、最前列の教師の前に座った。スピーキング能力では、全体的に日本人は劣っている。ならば、なるべく前の方に陣取り、好き勝手なことを喋る方が良いに決まっている。
　日本の授業とは異なり、教師の発言を遮って質問しても何も問題ない。むしろその様な生徒を指して、イブラーヒーム教授は「ムジュタヒド」な学生だと言っていた。ムジュタヒドとは勤勉さのことだ。
　授業中分からない単語を辞書で引いていた生徒がいたが、その人は注意されていた。辞書を調べたりせず、教師に質問する方が好ましいようだ。

　アラビア語は得意なのにあまり積極性が無いチェコ人がいる。その人は教授の標的にされ、しばしば詰められている。
　私は逆に教授を詰めたいのだ。これは私と彼との戦いである。今日は3時間の授業で、30回くらいは発言出来たと思う。明日は50回を目指す。私は全学生の中でも底辺クラスの実力なので、やるしかない。私の発言内容は極めて薄い。しかし、とにかく話すことで得られる物があるハズだ。　

　嬉しかったことがひとつある。アラビア語で話したジョークが2個ウケたことだ。ただ、何が面白がられるのかは、正直分からない。数うちゃ当たるの理屈で攻め続けるしかない。

　授業内容は、昨日の自己紹介の続きと、昨日のリスニング内容の確認、それと新規のリーディング教材を生かした読みとスピーチの練習だった。
　教材にはすべて母音記号が付いていた。日本語で例えるなら、全てひらがな付きの文章と言ったところだろうか？いや、それよりも更に平易な物だ。おそらく、私が昨日出来が悪かったので、配慮してくれたのだと思う。私は能力が不足しているので、このくらいのレベルだと安心できる。

　私は今日、「جهد」という語根が何度か頭をよぎった。

　この語根にまつわる言葉でもっとも印象深いのは、ジハードかもしれない。我々にとってジハードといえば、イスラム教徒の「聖戦」が第一に思い起こされる。ムスリム同胞団のスローガン「ジハードはわれらの道」を学校で習った人は、私だけでは無いはずだ。

　こういった武器をとるジハードは、所謂「大ジハード」にあたる。それに対して、「小ジハード」と呼ばれる、信仰心を深める上での己との戦いも存在するのだ。(これが大学の授業の受け売りであるのは私とみなさんだけの秘密である。)

　イブラーヒーム教授は、良い学生を指して「ムジュタヒド」(勤勉)だと称賛するが、勤勉さは克己の結果である。「努力」はアラビア語で「イジュティハード」である。努力もまた、己との戦いである。ジハード、ムジュタヒド、イジュティハードは全て語根を同じくする語、即ち極めて強く関連する語である。

　どの社会でもそうなのかもしれないが、イニシアチブを巡る戦いや、己との戦いは不可欠なものなのだろう。
　とは言え、「戦いは続く」と締めるのは、すこし格好付け過ぎだろうか。

【🇫🇷クウェート大学留学#3】ジハードとムジュタヒド

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