「人は変わらない」という人は、自分が変われない人なのだと思う。
「人は変わらないよ」なんて言葉をよく耳にする。
変わらない対象は親や上司や先輩など年上の人を指すことが多い。
あくまでイメージだけど。
34年生きてみて本当にそうなのかな?と感じることがよくある。
頑固者だった父
私の父はその昔、相当頑固だったらしい。
母曰く、ザ・理系の人間で理論武装をしまくっていたそう。
確かに父には今もその節がある。
知識欲があっていつも読書や資格の勉強などしている。
私がFPの資格を取得したら張り合ってきて、今度はFP1級の試験を受けるらしい。
その年になって私に張り合ってくるのはちょっとウザい。
そんなことを言いながらも父は今年69歳になるのだが、いつまでも学び続ける姿勢は素直に尊敬する。
そんな父に対して母はよくこんなことを言う。
母「お父さんは本当に変わったよ。」
私「なんで変わったの?」
母「私も変わったからかな。」
こんなことを子ども時代から耳にタコができるほど聞かされた私は、人は変わるものだと思って育ってきた。
でも、私の周りには「人は変わらないよ」という人が多い。
確かにパワーバランスが発生する上司なんかはなかなか変わらない気がする。
でも上司との付き合いなんて嫌なら転職したらいいし、異動希望を出せば解決できるのだから、そもそも変える必要性は低い。
重要なのは家族だ。
同僚のモラハラ旦那
先日同僚(女性)からとんでもない話を聞いた。
同僚と旦那が夫婦喧嘩をした際に、旦那が壁を殴って穴を空けたのだ。
同僚はモラハラ旦那と言い、離婚も検討しているらしい。
私は自分の人生ではないので別に離婚をしたらいいと思うし、関係性を再構築してみてもいいと思う。
その同僚はこんなことを言っていた。
「人は変わらないからね。」
なにか順番が違うように感じた。
まず相手が変わるのではない気がするのだ。
まずは自分な気がする。
自分が少し変わって、相手も少し変わる。
相手が少し変わった影響を受けて、自分もまた少し変わる。
人間関係において変化は相互に作用するため、まずは自分が変わる必要があると思う。
自分が変わらずに離婚という選択もありだ。
でも変化は相互に作用することが分からないと、この問題はずっと付きまとう気もする。
こんなことを書きながらも同僚が変わろうと努力をし続けていたかもしれないし、旦那が本当にどうしようもないヤツだった可能性もある。
そのあたりの事情は分からないからこそ、私が好き勝手書くことができるのも事実だ。
以前妻からこんなことを言われた。
「あなた結婚した時と別人過ぎて、もう誰と結婚したのか分からない(笑)」
妻が言うように私自身も毎年自分が変わり続けて、自分とは一体何なのか分からなくなっている。
ただ、変わってみるといいことばかりで、夫婦喧嘩がなくなった。
もう何年喧嘩をしていないか分からない。
私の職場では結婚生活の愚痴を話す人が多い。
そんな話を聞いているからか、結婚を考えている若い子たちからこんな質問をされる。
「結婚生活って楽しいですか?」
私はいつもこう答えている。
「最高だよ。あなたに変わる勇気があれば。」
今回は結構エモくかけた気がする・・・!(笑)