【 Care’s World case 09 弱さを受け入れ、病気とともに生き、明るい未来へ 〜 エッセイ漫画家 つくし ゆかさん 〜 / -前編- 】
“ケアすることは、生きること”
そんなテーマでお送りしているCare’s World。
今回の主人公は、つくしゆかさん。
エッセイ漫画家、イラストレーター、ハンドメイド作家として展示会やイベントに多数参加されています。
さらに、十数年にわたる闘病生活を赤裸々に、ユーモアを交えてつづったコミックエッセイ『極度の心配性で苦しむ私は、強迫性障害でした!!』(燦燦舎)を出版され、多くの人から反響を呼んでいます。
そんなゆかさんから、強迫性障害と診断された前後の様子や今までの葛藤等についてお話を伺っていこうと思います。
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あたりまえとの戦い
ゆか:今から19年前のことです。当時、私は病院の看護師として勤務していました。看護師は仕事上、手指衛生のために手洗いをしっかりしないといけません。しかし、他の同僚よりも長い時間手洗いをしていて。長い時は20分かけてすることもありました。
それを見かねた上司から精神科を勧められ、そこで強迫神経症(※1)と診断され、今に至ります。上司から勧められた時は、嫌な気持ちになったのを覚えています。だって、自分のやっていることは看護師として、あたりまえの行為だと認識していたから。だから、自分自身の行動をおかしいと認識していませんでした。
でも、その行動をきっかけに手が荒れ、真っ赤になり、皮が破れてしまい、痛みが出ちゃって、それで苦しみました。精神科に行くのは、かなり勇気が必要でした。行った病院は看護学生時代に実習で行かせてもらったところで、少し複雑な気持ちになりました。「看護師じゃなくて、今は患者としてきているんだ…」って。
ゆか:「まさか、自分が…」という感覚でした。学生時代にサラッと習ったけど、具体的にどんな病気かも知らなかったですし、患者さん本人を見たことがなかったので、それで気づくのが遅れたのかもしれません。
先生から「治療しましょう」と言われたけど、不安しかありませんでした。自分の中では「これがいい」と思ってやっていることなのに、それに対して、薬を処方して「はい、終わり」とできるのか。治療法なんてあるのか。そんな気持ちでいっぱいでした。
結局、長続きせず、途中から病院に行かなくてなってしまいました。目には見えないものだから、症状が良くなっているのかどうかすらわからない。気持ち次第というか、自分との戦いですよね。
薬の副作用として目眩や睡眠障害があったのですが、仕事中にポーッとすることも増えて、上司に怒られることも増えてきました。それでも、看護師の仕事を続けたのは一つの症状だったかもしれません。そして、何より大きかったのは「看護師でいないといけない」という強迫概念だったかと思います。
狭い世界を飛び出すことで
ゆか:看護師の資格を取得したのだから、看護師としてずっと続けていかなきゃ。その強迫概念が私を縛り続けていました。看護師になることは簡単ではないし、それなりにお金と時間もかけてきたことも大きかったと思います。
何より、日々の現場を頑張っている同期や同僚を見ていると「自分だけリタイアするのが恥ずかしい」と思ってしまったんです。実際、看護師は辞めたのですが、その後は福祉の仕事に携わっていました。それは、看護師の資格を使えるものだったから。
振り返れば、他にもたくさん選択肢があったんですよね。飲食業でも、観光業でも、農業でも、何でも。周りが見えてなかったんです。当時の私は狭い世界に捉われてしまい、視野が狭くなっていました。今はイラストレーターや漫画家として活動しているからこそ「どんな仕事でもいいんだ」と思えていますが、他の選択肢を知る機会がなかったからこそ、そんな思考になっていたのかもしれません。
「それに早く気づいていたら、もっと早い段階で当時の苦しみから解放させてあげられたのに…」と思う瞬間は今でもあります。
ゆか:数年前までは福岡で暮らしていましたが、結婚を機に今は鹿児島を拠点にしています。実は、夫もイラストレーターなのですが、以前は全く別の仕事をしていました。でも、思い切って仕事を辞めて、今の世界に飛び込んだんです。
その姿を見て「羨ましい…」「自分も絵を描くのが好きだから、それを仕事にしたい!」と思い、福祉の世界から飛び出しました。最初は夫への対抗心もあったと思います。でも、絵の勉強を始めて、漫画を描いていたらすごく楽しくなってきました。最初は4コマ漫画にチャレンジし、数も増えてきたので、それをSNSに投稿したら反響が大きくて…。強迫性障害の内容を漫画にすると「とてもわかります」「私もそうなんです」といった声が多かったです。
自分の中では、ただの遊びのつもりでした。落書きするような感覚で描いていたんですけど、そこで需要を知ったんです。SNSが発達している今の時代だったからというのもあると思います。
こんなふうに描くことで、気持ちが楽になれる人がいるんだ。もし、症状がひどい時に、こういう漫画を読んだら、少し救われるかもしれない。自分以外にも、似たような症状を持っている人はたくさんいるんだ。そこから勇気が湧いてきて、ある決意をすることになります。
無駄だと思った時間が、時を越えて、誰かの心を守る
ゆか:強迫性障害の経験を漫画にして世の中に出したい。そんな気持ちが芽生え、友人に相談すると、燦燦舎を紹介してもらったんです。原稿を持っていくと、とても評価してくれて、後日連絡をもらうことになりました。
燦燦舎を運営される方はお子さんが3人いらっしゃっるのですが、私が帰った後に原稿を読んでくれたそうなんです。漫画で描いていたからか、とても楽しそうに読んでくれたようで。「テーマは重たいかもしれないけど、どの世代も楽しんでもらえるのでは?」と思っていただけたようで、正式に本として出版が決まりました。
それで誕生したのが『極度の心配性で苦しむ私は、強迫性障害でした!!』です。実際に人が演じたら重たいかもしれないけど、デフォルメキャラ(※2)だからこそ、あまり感情移入せずに読めるかなと思っています。
不安の象徴としてハッくんというキャラクターがいるのですが、もし不安が生まれたとして「ハッくんみたいなものが出てきた」と思ったら、それを払いのければいいのかなと考えてて。そんなイメージでいると、心を守ることにもつながるので、そこも伝われば嬉しいです。
ゆか:病気に苦しんでいると、それを前向きに捉えるのはかなり難しいです。私自身、強迫性障害と診断されたのが19年前だったからこそ、今こうやって客観的に自分のことをみれるようになったのかなと思います。
たとえば、当時は家から職場に通勤するのに2時間かかっていたのですが、それは距離ではなく、家の鍵を閉めたのかとか、エアコンの電源を切ったのかとか、そういう確認で時間がかかって、という意味です。普通に考えたら、2時間ドラマを1本観れますよね(笑)。
「この時間を使った違う分野の勉強をして、新しい資格を取れるかもしれないのに」と思ったりして、その2時間がとても無駄に感じていました。でも、この本を出版して、いろんな人の目に触れた時に「あの時間は、このためにあったんだな…」と思えるようになりました。
まだまだ病気の認知度は低いですが「私は強迫性障害なんです」と普通に言えて、それを理解してもらえる世の中になってもらえたらと思い、講演会や個展の活動も行っているところです。
(後編へ)