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母がいなくなった世界での生き方②

自宅について、旦那はすぐに子供たちの夕食を買いに出かけてくれた。
私はとりあえず2泊分の洋服と、喪服を準備。

亡くなったら、お通夜とお葬式があるってことくらいは知っている。
その時に着る服が喪服だということも。
だけど、お通夜やお葬式がいつのタイミングになるのか?
そしてそのタイミングってどうやって決まるのか?
私は何も知らなかった。

身内が亡くなった経験はある。
高校生の頃に同居していた祖父、そして去年の年末に祖母を亡くしている。
だけど、その時に取り切っていたのは母だった。
だから、私は何も知らない。
言われた通りに服を着て、言われた通りに湯かんに参加して、言われたとおりの場所に座り、言われた通りに骨を拾い、言われた通りに…。

子供たちが食事を始めたタイミングで私の準備は整った。
だからすぐに出かけたかった。
そわそわしている私を見ながら、私の気持ちを察したのか
「多分、今すぐに言ってもやることはないと思う。だから、そんなに急ぐ必要はないよ。」
旦那は言った。
私は何も分からないから、「そんなもんなのか。」と思った。

子供たちも食事を終え、自宅を出発。
車に乗ったら「なんでだろう?」が頭をぐるぐるし始めた。
なんで母は死んだんだろう。
何があったんだろう。
ここまで一度涙は出なかった。
なんで?なんで?を繰り返す私は、
母の死を受け入れるための明確な理由を、
どうにかして自分を納得させられる理由を探し続けていたんだと思う。

後部座席の娘が言った。
「そういえば今朝は、ばばちゃんからLINE来ていない。」
と言いながら泣き出した。
子供たちは母のことをばばちゃんと呼ぶ。
娘と母は毎日LINEをしていた。
内容は大したことじゃないけれど、なんとなく私にとってはそれが母の生存確認にもなっていた。
自分ですればいいのに、娘にそれをさせていただことに自己嫌悪を感じる。

自宅近くのホテルに到着した。
私の実家はごみ屋敷だ。
母も祖母も捨てられないうえに、片づけられない人。
だから、私は結婚してからほとんど実家には帰っていない。
だから今回も泊まる場所は事前に確保しておいた。

ホテルにチェックインをして、すぐに実家へ向かおうとした。
なかなか車を出発させない旦那に少しイラついた瞬間、旦那が話し出した。
「今、実家がどういう状況なのかを確認したほうがいい。
家で人が亡くなると、警察が来ることになる。
おそらく今は警察を待っている状況。
亡くなった状態の母を見るかどうかは私の選択に任せる。
だけど、それを子供たちにみせるのはちゃんと考えたほうがい。」

病院で亡くなった状態と自宅で亡くなった状態。
それには大きな違いがあると旦那は言う。
病院で亡くなった場合は、ある程度きれいにしてくれている。
だけど、自宅で亡くなった場合はそうではない。
いまこの時点で、母がどういう状態で亡くなっているのかは
想像ができない。
だから、どういう風に子供たちにみせるのかは作戦を練った方がいいということらしい。

亡くなっていようが、なんだろうが。
私はすぐに母に会いたかった。
子供たちも当然そうだろうと。その思いだけでここまで来た。
だけど、そうではない意見もあって、それはものすごく納得のいくもので。
この人が旦那でよかったと思った。

結局、とりあえず家族全員で実家に向かう。
そして私だけ実家に入る。母の状態を確認し、大丈夫そうなら子供たちにも会わせる。
そういう作戦を立て、実家に向かった。

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