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小説:葬式クリエイター天宮聖

「いらっしゃいませー。世界初の葬式エンタメクリエイター、Go to ヘブンへようこそ!私がトップ葬式クリエイターの天宮です」

井神幸子が扉を開けようとしたら中から先に扉を開けた男がにこやかに出迎えた。多くの人の考える「うさん臭い」を人にしたらこんな感じ、と思わせる風貌に幸子は少し後ずさった。

「おい邪魔だ」
入り口を塞ぐ幸子を後ろで夫が急かす。
扉を押さえて傍によけてやると夫の勲が礼も言わずに扉をすり抜けた。
そして同じ様に天宮の風貌にギョッとして立ち止まった。

水色のフワフラのヘアの上に丸いサングラスを乗せ顔も腕もこんがりきつね色。
にこやかに笑っているようで糸のような目は本当に笑っているのかよく見えない。身につけているものは目が痛くなるような原色のアロハシャツに太い金色のネックレス、黄色のビーサン。
うさん臭い詐欺師のようにしか見えない。

「な、なんだね君は。いったいどんな教育したらこんな社員ができるんだ!社長をよびたまえ、社長を!」
「私が社長ですが、ナニカ?」
天宮が水色の頭をかしげて微笑む。
失敗だったかしら。
幸子は少しの後悔と共に先日のことを思い出した。

余命宣告された親友かおり。
私、旦那に葬式あげられるのも同じ墓に入るのも、まっぴらなの。だから葬式クリエイターに頼んだのよ。
きっとすっごく素敵な葬式になるわ。
幸子も来てね。楽しんで頂戴。
彼女に生前最後に会った時にうれしそうに話していた。

先日行われたかおりの葬式は隅々までかおりらしさに満ちていた。
苦虫を噛みつぶしたような顔のご主人やお義母様も含めて、上質な舞台の様な葬式だった。

あなたにも紹介してあげるわ。
秘密を打ち明ける様にイタズラっぽく笑いかおりは葬式クリエイター天宮を教えてくれた。
あなたも最後くらい自分の好きな様にしていいのよ。

かおりの葬式を見て、幸子も決心した。
私も人生の最後くらい自分の思う通りにしたい。
ずっと言いなりの人生だった。
親の言いなりのまま見合いをし結婚。その後は夫と義母の言いなりの人生。
義母を見送ってすぐ定年退職した夫はつねに命令口調だ。
朝と晩だけだから我慢できたのに、24時間一緒なんて。
そのストレスもあったのか元々の持病が悪化してついに先日医者から余命宣告された。
もって1年ですね、と。

一人で話を聞くつもりだったのに出かける段になって突然夫がついてきた。
夫は幸子の行動を一々監視する。
うまい言い訳を思いつかずつい「エンディングノートのお話しを聞いてくる」と伝えたら「オレも行く」と言いついて来てしまった。

かおりのお葬式を思い出す。
あんな素敵なお葬式をする方が変な方のはずがない。

「オイ!本当にここなのか!場所間違ってんじゃないのか?こんな変なところじゃなくてもっと真っ当なところがいくらでもあるだろう。本当にお前はすぐに変なモノに引っかかるんだから」
勲が幸子の手をとって帰ろうとした。

「ああ。あなたはどうぞお帰りください。ここはご本人様のみでの受付で、他人は不要ですので」
天宮がサッと勲の手を取り幸子から離す。

「ナニサマだお前は!オレは他人じゃない。旦那だ、旦那」
「自分のことを旦那とか敬称で呼ぶ方は本当にお呼びじゃないんですよね。家族の中でももっとも害のある存在というか」
にこやかなのにまったく笑っているように見えない。

「家族はね、他人ですよ。もっとも身近で暴力的なね。家族を振りかざしてあたかもそれが本人の意向のようにふるまう。もっとも迷惑な他人です」
笑顔と裏腹の氷点下の声で天宮が断言する。

「当社はご本人の意思のみを尊重する会社なのです。どうぞお引き取りください」

天宮は扉を開け勲の背を押して促した。
見かけよりずっと力のある男のようだ。
ガタイの良い勲が簡単にいなされる。

「な、何をする。本当に失礼な店だな。こんなところ二度とくるか!」
勲は短気だ。
「オイ!帰るぞ」
怒りながら幸子に声をかける。
幸子がついてくることを疑ってもいない。

幸子はためらって天宮を見た。
天宮は首をすくめた。
決めるのはあなた。
そう線引きされた気がした。

幸子はバッグをぎゅっと握りしめてから顔を上げた。
「あなたは先に帰っててくださいな。私はお話を伺いたいので」
「何バカなことを言ってるんだ!こんな奴の話を聞いてなにになるっていうんだ」
「だからあなたは先に帰ってください。私、自分のお葬式をこの方にお願いしようと思うの。あなたじゃなく」

勲の衝撃を受けた顔と後ろから聞こえた口笛のどちらに注目するべきか幸子は決めかねた。
もう一度天宮に促されると勲は力が抜けたように外へ出た。

帰ったらまたあれこれ言われるのかもしれないがまずはひとつ関門突破だ。
不安とワクワクがせめぎ合う。
そうだった。私、本当はこんな性格だったわ。

「どうぞおかけください。あなたの望み通りの葬式を作らせていただきます」
そう言って天宮が椅子をひいてくれた。

私は、自分の人生の最後を自分で演出したい。

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