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短編小説:通勤電車

前から3両目、2つ目のドアを入って右の2つ目のつり革。

そこが彼の定位置だった。

最初に意識したのは、彼より、アップルウォッチだった。

右手で吊り革を持つ彼の腕のアップルウォッチが手首の角度が変わったからか光ったので不意に目をやった。
そこには地球が見えた。

腕に地球つけてるんだな。

たったそれだけ。

気がつけば、吊り革は中指だけで掴むんだな、とか、いつも文庫を読んでるな、とか。
私の中に彼がどんどん積もっていった。

正直言えばそれは、通勤途中でいつも見かける三毛猫への関心と大差なかったかもしれない。

それでも三毛猫と同じ様に見かけないと少し心配になるし、三毛猫と同じ様に変化があると気になった。

えりあし、伸びてる。あ、髪切ったな。
カバン変えたんだ。

なんの役にも立たない彼の情報が私の中に溜まっていく。
その一つ一つになんとなく私は幸せな気持ちになる。

私は5つ目で降りる。

いつか聞いてみたいと思いつつ、きっとずっと聞くことはないんだろうな。

何、読んでるんですか。

【お知らせ】耳で聴く物語はじめました。聴いていただけたら嬉しいです。


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