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デュー・ディリジェンスの実務

想定読者

  • IBD/FASを志望している就職活動中の方

  • FA/Principleを志望している転職活動中の方

  • 事業法人においてM&A部門への異動を希望している方

  • 上記の就職・転職が実現し、業界の新人として仕事に臨んでいる方

概要

Due Diligence実務の解説を行う。DD期間中にFAやPrincipleは何をするのか。DDのProject Managementを行うのとはどういうことか。FAに入社した新人が最初にどのような業務を行うのか。

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DDの目的

企業買収におけるDue Diligence(DD)は、買収の意思決定を行う前に被買収企業の詳細な調査を行うプロセスである。DDは、日本語では「買収監査」と訳されることもある。DDでは、ビジネス、財務、法務、税務、環境などの複数の側面から被買収企業の状況を詳しく確認することを目的としている。この調査は、買収後に予期せぬリスクや問題が発覚することを防ぎ、買収企業が適切な判断を下せるよう支援するために行われる。

買収企業にとってDDの主な目的は、まず被買収企業の価値を正確に評価することである。これは、妥当な買収価格を提示するために重要であり、収益性や資産の実態が買収企業の期待と一致しているかを検証する。次に、DDはリスクの特定と管理のために行われる。被買収企業の財務上の問題点、法的な未解決事項、税務リスク、訴訟リスクなどが発見されれば、買収条件の調整や価格交渉に反映される。また、PMI(Post-Merger Integration)に備え、組織の文化や事業運営の特性についても事前に把握することが求められる。

買収企業がStrategic Buyer(事業会社等)の場合、取締役には善管注意義務があり、企業経営において最善の注意と配慮を払うことが求められる。企業買収の意思決定においても例外ではなく、十分なDDを実施し、リスクとメリットを適切に評価することは、この義務を果たすために不可欠である。もしDDを怠り、買収後に重大な問題が発覚すれば、取締役は法的責任を問われる可能性がある。そのため、取締役はDeal Teamに対して、慎重にDDを実施し、取締役会においてもリスクとリターンを正確に報告することを指示する。買収企業がFinancial Sponsor(ファンド等)の場合でも枠組みは同じである。LP投資家に対して善管注意義務を負っており、リターンを出すためにもリスクとアップサイドの精査は重要になる。StrategicであってもSponsorであっても、DDが重要であることに違いはない。

買収企業が被買収企業の事業内容に詳しいとは限らない点も重要である。特に異業種間の買収では、被買収企業の製品や市場、技術について深い理解が不足している場合が多い。買収企業は自らの知見の不足を補うため、専門的な知識を有する外部アドバイザーを起用し、適切な知見を獲得し、より妥当な意思決定を行うことを目指す。これにより、専門的な知識を持つアドバイザーの支援は、特に技術的な評価や法務面でのリスクの特定、及び、対処方針の検討において大きな役割を果たす。

DDの体制

Due Diligenceでは多岐にわたる調査が必要であるため、買収企業だけでなく外部の専門家の協力が不可欠となる。DDには、財務、法務、税務、ビジネス、IT、環境などの様々な分野があり、それぞれの分野に応じた専門的な調査が求められる。このため、買収企業は、社内の複数の部署と外部アドバイザーを起用して体制を整えることが一般的である。

財務DD(FDD)においては、買収企業の経理部が中心となり、外部の会計事務所が起用される。会計事務所の中でも、デロイト、PwC、EY、KPMGのいずれかが起用されることが多い。財務DDは、被買収企業の財務状況を精査し、過去の決算内容の確認、資産や負債の状況の確認、運転資本の実態などを確認する作業である。買収企業は自社のリソースだけでは財務データの詳細な分析が難しいため、外部の会計士を起用し、財務リスクの評価を行う。

税務DD(TDD)では、税務部が中心となり、税理士法人が起用される。税務DDでは、過去の税務申告の正確性や、将来的な税務リスクの有無を確認する。買収企業が特に注意を払うべき点は、被買収企業が海外展開をしている場合の国際税務問題や、過去の税務調査で未解決の事項がないかどうかである。税務リスクが発覚した場合には、その金額に応じて買収価格を調整する。Deal中の連携の便宜上、会計事務所と同じグループの税理士法人が起用されることが通常である。

法務DD(LDD)では、法務部が中心となり、外部の法律事務所が起用される。法務DDでは、契約関係、知的財産、訴訟リスク、法規制の遵守状況などが調査対象となる。特に、被買収企業の契約書や訴訟に潜むリスクを見逃さないために、法務DDの経験を持つ弁護士の支援が不可欠である。買収企業の法務部は、外部の法律事務所と連携し、調査結果を経営陣に報告する。

ビジネスDD(BDD)は、買収企業の事業部門が中心となり、必要に応じてコンサルティングファームが起用される。ビジネスDDでは、被買収企業の市場環境、競争力、顧客基盤、サプライチェーンなどの業務実態が調査される。買収企業は、自社の事業戦略との整合性を確認し、買収後のシナジー効果を評価するために、外部の専門家と連携して市場分析を行う。買収企業と被買収企業が同業である場合、買収企業の社内に十分な知見があるため、コンサルティングファームは起用されないことも多い。

ITやシステム関連のDD(ITDD)では、情報システム部が中心となり、ITコンサルタント等が起用される。ITDDは、被買収企業の情報システムやインフラの評価を目的とし、特にサイバーセキュリティやデータ保護のリスクが注目される分野である。セキュリティポリシーが不十分な場合は、PMIにおいて買収企業のポリシーを遵守させる必要がある。

DD全体の取りまとめは、買収企業の経営企画部やファイナンシャルアドバイザー(FA)が担当する。M&A案件のDDは複数の分野にまたがり、多くの関係者が関与するため、案件経験のある調整役がプロジェクトマネジメントを行う必要がある。経営企画部は社内外のステークホルダーと連携し、調査結果を総合的に分析し、最終的な意思決定に必要な情報を自社の経営層に提供する。FAは経営企画部の案件メンバーを補助し、日々のDDの管理を行い、DDの結果を価値算定に反映させる。

バイサイドとセルサイドの利害

DDの実務を理解するうえでは、バイサイドとセルサイドの利益相反について理解しておく必要がある。バイサイドとセルサイドには情報の非対称性がある。セルサイドは現在進行形で被買収企業の経営をしているから、被買収企業の長所や短所を十分に理解しているが、バイサイドにとって被買収企業の情報は初見であり、長所や魅力を理解できていないだけでなく、欠点やリスクも十分に把握できていない。バイサイドが被買収企業を正当に評価するためには、DDはできるだけ詳しく実施すべきものである。従って、バイサイドにとっては、DDの期間が延長されることや開示情報が増えることは好ましいことである。

セルサイドにとって詳細なDDに応じるメリットは小さい。情報を開示すればするほど、バイサイドが被買収企業の粗探しを行えるから、価格交渉や契約交渉において不利になる。セルサイドが積極的に開示するのは、被買収企業の魅力や長所のみである。被買収企業の欠点やリスクについては、明らかに重大かつ隠し通せないものを除いて、バイサイドから要求されるまでは開示しない。当然、バイサイドから要求されて虚偽の報告をすれば法的な責任を問われるから、質問を受けたら潔く開示するのが通常である。また、過度に情報開示を渋ってしまうと、バイサイドから警戒され、バイサイドが過度に保守的な価値・条件を提示してくる可能性があるから、常識的な範囲では開示に応じる必要がある。

バイサイドはできるだけ詳しくDDを実施したい一方、セルサイドはできるだけ手抜きたいと考えているという構造を念頭に置くことで、DDの実務を理解しやすくなる。しかし、バイサイドとセルサイドは敵同士ではなく、共に案件の成立を目指しているという点は忘れてはいけない。バイサイドにとってもセルサイドにとっても、DDは金銭的にも人員的にも大きな負担がかかるプロセスである。案件を成立したいと考えていなければ、DDの実施は依頼しないし応じない。案件を成立させたいと考えているからDDを行っているのである。

DD手順概説

具体的な実施手順を説明する。DDは案件の性質により4週間から12週間ほど実施される。案件規模が大きいほど期間は長くなるが、入札案件などのスケジュールがタイトな案件では期間が短くなる。DDは、多くのステップに分かれているが、ここでは、DDの代表的なステップについて説明する。

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