『聴けずのワカバ』(キャリコン資格取得編)-76~80(5月第2週)アップデート版
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あらすじと作者コメント
登場人物の相関図とキャラクター解説
*キャリコン・技能士の学科・論述・面接試験対策を希望される方は
質問
「な、なんでしょうか、フタツギ先生」
慌てるムグルマにフタツギがすかさず質問を投げかける。
「最近、勉強会の様子はどうかね」
「ど、どうかね、というのはどういうことでしょうか」
「失礼。ざっくりし過ぎたかな。以前のムグルマさんならすっと答えてくれていたはずだけど、何か変わったことでもあったのでしょうか」
「は、はい、そういうことなら、先ほどサオトメくんからもお伝えした通り、何もありません。大丈夫です」
「そうですか。なら良いのですが・・・」
「な、何かあったのですか」
「いや、最近ここの勉強会の良くない噂を耳にしたもんでね」
「よ、良くない噂と言いますと」
「何でも元試験委員の資格保持者が自分の立場を利用して、参加している受験生に無理やり受験させたり、勉強会から抜けたりしないように圧力をかけていると、ね」
「い、一体、誰がそんな根も葉もないことを・・・」
「そうなんだよ。この勉強会で元試験委員と言ったら、ムグルマさんしかいないからね。私もしばらくは無視していたんだけど」
「けど、どうしたんですか」
「いや、これもあくまでも噂だと思うんだけどね。実はヤシロさんの勉強会でも全く同じような話を聞いたものでね」
「は、はあ、ただの偶然でしょう。そもそもただの噂ですから、信ぴょう性もありませんよ」
「そうなんだよ。だって、ヤシロさんの勉強会でも元試験委員といったらムグルマさんしかいないからね。何かの間違えなんだろうと思っていましたよ」
「全く困ったものですね。どこにでも火のないところに煙を立てる輩もいますからね」
そういってムグルマはイチジョウを睨みつけた。
「それで今日イチジョウくんがここの勉強会に参加すると聞いたので、ついでその噂について、ムグルマさんに確認しようと思って来たわけです」
「そ、そうだったんですか。それはちょうど良かったです」
「『ちょうど』というのは」
「はい、最近ここの勉強会はサオトメくんにお願いしていて、私もあまり参加していなかったんです。もちろんフタツギ先生がいらっしゃると先に知っていれば、どのような予定があっても馳せ参じます」
「そうですか。それは良かった。たまたまムグルマさんがいらっしゃる時に私も来ることが出来て本当にラッキーでした。もし今日いらっしゃらなければ、貴重なお話を聞けませんでしたからね」
「貴重なお話?」
「はい、先ほどこのビルの1階のエントランスでたまたま参加していた受験生の方とお話しする機会がありましたね」
「!!??あ、ああ、そ、そうでしたか。それは良かったです。どのようなお話をされたんでしょうかね。でも確か彼女はそれほど参加されてませんから、勉強会のことをどこまでご存知かはわからないでしょうけどね」
「そうでしたか。それは良かったです」
「そうですね。良かったですよね」
「それほど参加されたわけでもないのに、随分落ち込まれていましたから」
「お、落ち込んでいた?!ま、まさか」
「『まさか』とは?ちなみに彼女には気持ちが落ち着くまでエントランスで少し休んでもらっています。ムグルマさん、一体彼女に何をしたんですか」
口調は優しいが徐々にムグルマを追い込んでいく力強さを感じる。そして、今更ながらワカバはこう思った。
(あ、代表ってムグルマっていうんだ。珍しい名字だなー)
まだまだ、フタツギからムグルマへの追及の手は終わらない。
泣いて馬謖を斬る
「ムグルマさん、そろそろ潮時かもしれないね」
「フタツギ先生、潮時というのは・・・」
「先ほどお話しした通り、受験生から聞いてしまったのだよ」
「な、何を聞いたんでしょうか。どうせまたありもしないことを話したんじゃないですか」
「『また』というのは」
「いえいえ、そういうことじゃありません。えーと、何といえばよいのか・・・」
さっきまで流暢に周囲へ悪態をついていた面影はなく、すっかり借りてきた猫のようになっている。まるで別人のようだと思っていたところに、一階のエントランスで休んでいるはずの受験生が会場に戻ってきた。
「もう大丈夫なのですか」
フタツギが受験生に声をかける。
「はい、もう大丈夫です。おじいちゃんにお話を聴いてもらったおかげですっかり落ち着きました」
「そうですか。それは良かったです」
フタツギをおじいちゃんと呼ぶ受験生にあわてて訂正するサオトメ。
「き、君、お、おじいちゃんじゃなくて、先生だよ、先生」
「あ、すみません。偉い人だったんですね。それより、イチジョウさんにひとことお礼を言いたくて戻ってきました」
「ん、な、何だよ」
受験生からの思いがけない言葉にイチジョウが珍しく照れくさそうにしている。それを温かい目で見守るワカバ。
(おっさんも人の心あったんだなー)
「先ほどこちらのおじい、先生にも聴いてもらったんですが、実はわたし、キャリコンの試験を受けるの辞めようと考えてまして・・・でも今までずっと無理やり受験するように頭ごなしに怒られていました」
苦しそうに話す受験生にイチジョウが声をかける。
「一体、誰に怒られていたんだ。もちろん無理に言う必要はないけどな」
「ここにいるホルダーの人たちにです。わたしが辞めようと思う理由を話そうとしても、『とにかく受かるまで受けろ!』『途中で投げ出すやつは負け犬だ!』『何を今更くだらないことを言っている。そんな暇があったらロープレしろ!』と全く聞き入れてもらえませんでした・・・」
「そうだったのか。そんな辛いことがあったのに、話ししてもらってありがとう」
「いえいえ、こちらこそです。さきほど無理に試験を受けなくてもいいと言ってもらえたおかげで、目が覚めました。わたし、他にやりたいことがあったんだって改めて思い出すことができて。今は何だか目の前がぱあっと明るくなった気持ちです」
「そうなのか、少しでもお役に立てたのなら良かったよ。ところで『他にやりたいこと』っていうのは・・・」
イチジョウがそう問いかけると、スネオがすかさず声を上げた。
「おいおい!一体、誰に断って勝手に話を進めてるんだよ!それに、ホルダーに怒られたって?さっきから黙って聞いてりゃあ、俺たちホルダーが全面的に悪いみたいこと言いやがって!おい、証拠でもあんのかよ!まあ、そんなことだから、いつまで経っても試験に受からないんだろうが!」
心ない言葉に萎縮してしまう受験生。そこへ今度はサオトメが受験生に声をかける。
「これまで本当に申し訳なかった。まさかそんなことがあったなんて・・・勉強会では少人数のグループでロープレをやるから、私がいる時にはそんな話はなかった。いや、気が付かなかったというべきなのか。こんなに近くにいながら、あなたの気持ちを汲み取ることができずに大変申し訳ない」
受験生に心から謝罪するサオトメをみて動揺するスネオ。
「さ、サオトメさんが謝ったら、俺らホルダーの立場がないですよ。辞めてくださいよ」
ただただ自分の保身だけを考えているスネオにフタツギが一言。
「君は今日でおしまいね」
「えっ、俺がですか!?やめろってことですか?なんで?今までどれだけ頑張ってきたと思っているんです!意味が分からないですよ!」
「意味が分からないんじゃ、手の施しようがないですね。あともう一人」
フタツギがムグルマの方をみた。
「ムグルマさん、あなたも今日限りです。理由は言わなくても分かりますね」
フタツギの言葉に下を向いたまま、黙ってうなずくしかないムグルマ。そして、最後まで抵抗し続けるスネオの手を引き、ムグルマは一礼をして会場を出た。その一瞬のやり取りに驚き、呆気にとられ眺めていたサオトメにフタツギが肩をたたき、こう言う。
「サオトメさん、今から君がここの勉強会の代表だ。これからはムグルマさんの代わりに頑張って欲しい」
少し考えたが、フタツギの真っ直ぐな目を見たサオトメがその想いに応える。
「は、はい、まだ急なことで事態が飲み込めていませんが、代表の件、承知いたしました。これからは受験生の皆さんにもっと寄り添うことができるように最善を尽くしてまいります!」
そう決意したサオトメの目はやる気に満ち溢れていた。しかし、マイペースなワカバはこう思った。
(あれ、大団円みたいになってるけど、最終的に今日この会場から3人のホルダーが消えたんだよね・・・怖っ)
うん、それは今黙っておこうか。
今後のこと
(いやあ、すごい機会に立ち会っちゃったよ。今回全く出番なかったけど、勉強会のこといろいろ考えちゃったもんなー。やっぱり老舗だからとか元試験委員がいるからってのに惑わされちゃダメだね)
ワカバは今回主人公としての役割を果たしていないことを気にしつつも、勉強会のあり方について考えていた。
(でも、今後この勉強会はサオトメさんが仕切ってくれるんだよね。じゃあ、何かやりやすそう。これから試験までは、おっさんとのマンツーマンレッスンに加えて、武者修行的にサオトメさんの勉強会に参加する方向でいこうかな)
そんなワカバを察してか、サオトメが声をかけてきた。
「ココノエ、今日はいろいろすまんかったな。まさかこんなことになるとは」
「いえいえ、こちらこそずっと誘ってもらってたのに、来たらこんなことになっちゃうなんて、逆に反省しています」
「おいおい、ココノエが反省する必要はないだろう。私の考え方や受験生への向き合い方を見直すきっかけになった大事な日になったよ。イチジョウさんにも本当に感謝しないとな」
「そういってもらえるとありがたいです。おっさ、イチジョウさんにも伝えておきますよ。ところでサオトメさん今後の話なんですが・・・」
ワカバが試験までの話をしようと思ったところでサオトメがかぶせ気味に話し始めた。
「ココノエ、本当に良い師匠を持ったものだ。これなら私も安心だ。ずっとロープレすら出来ていないと思って気にかけていたが、イチジョウさんがついてるなら大丈夫だな」
「あ、いや、まあ、そうですね。でも今後はここの・・・」
「あまりいろんな人から師事されてしまうとココノエも混乱してしまうだろ。それに、私もこれからはここの代表を務めることになる。同じ職場の部下だからといって甘やかしてしまったら、他の受験生に対しても示しがつかない。だからこれまで通り、イチジョウさんに任せるとしよう」
「えー!あ、いや、そうですよね。サオトメさんが言うように部下と上司の関係だと周りも気を使っちゃいますよねー。大丈夫です。私にはイチジョウさんがいますから!サオトメさんも代表、頑張ってくださいね」
ワカバは自分の思いを胸にしまい込むタイプだった。
「おお、ありがとう。ココノエも何だか成長したな。頼もしいよ。じゃあ、私は他の受験生やホルダーの皆さんに挨拶をしてくるから、また明日会社でな」
そういうとサオトメは参加者を集め、今日のお詫びと今後のスケジュールについて話していた。そんなサオトメを遠くで見ながら残念そうにワカバが思う。
(まあ、そうだよね。サオトメさんからしても私がいたらやりづらいよね。代表だしなー。一日ですごい出世したね。ホントびっくりだよ。でも、これからはおっさんのマンツー頼りになるか。まあ、今まで通り、二人で頑張ってくかー)
そんな考え込んでるワカバをみて、今度はイチジョウが声をかける。
「親方、ちょっといいか」
「何、何。そうこっちも改めて言うことあって・・・・」
「親方、これからのことなんだけどな」
ワカバが試験までの話をしようと思ったところでイチジョウがかぶせ気味に話し始めた。
「ここの勉強会、最初はかなりヤバいところだと思ったけど、フタツギさんがサオトメさんを代表に指名したろ。サオトメさんも会った当初はちょっとヤバい人かもしれないなと思ったけど、俺の考えも理解してくれたし、元々そんなに悪い人じゃないのが分かった」
ワカバはうなずきながらも結局イチジョウが何を言いたいのか気になっていた。
「だから、親方、これからはこの勉強会でサオトメさんの世話になるといい」
(えー!なんでそうなる。よりによって二人とも同じ考えだったのかよー)
「親方も随分、成長して俺が教えることは何もない。だから、ちょうど武者修行も兼ねてこれから試験までは他の人を師事するのもいいだろう」
(いやいや、ちょっと待って!だってサオトメさんから断られたばっかりだよー。いや事情を話して無理矢理でもおっさんにお願いしよう)
何故か今回ばかりはワカバの心の声が全く聞こえていないイチジョウであった。
「それにこれから俺、フタツギさんと大きなプロジェクトを取り組むことになってさ。ずっとやりたいと思ってたことだから、嬉しくてよ。今日も何度かプロジェクトの関係者とも話していたところだったしな」
(そうかー、確かに今日おっさん、何度か電話で誰かと話してなー)
「あと、たまたまだけど、さっきフタツギさんが話を聞いていた受験生がいたろ」
「ああ、あのやりたいことが見つかって、資格取るの辞めるって言ってた人かー」
「彼女がやりたいって言ってたのが、なんと今後のプロジェクトに関連することなんだよ!すげえだろ、この偶然」
こんなに目を輝かせるイチジョウを初めてみたワカバは心なしか少しふてくされてしまう。
(ああ、スゴイ偶然ですねー。私には全く関係ないことでしょうが)
「だから俺も今まで以上に忙しくなっちまうから、これからはサオトメさんにサポートしてもらうといい。どうだ親方」
納得はいかないものの、これまでイチジョウにはなんだかんだいって世話になった。イチジョウの気持ちは理解できるものの、自分のことを考えると不安になってしまう。これからひとりでやっていけるのか・・・。そして、考えた末にイチジョウへサポートをお願いしようと思い、言葉を発した。
「おっさん、実はさ・・・・」
「何だ、親方」
しかし、ワカバはもう一度相手のことを考えてみた。嬉しそうにプロジェクトの話を語るイチジョウのこんなにもやる気に満ち溢れた表情をみたことがなかった。いつもなら自分の気持ちを優先して、何も考えずにお願いしていただろう。もしくは、自分の気持ちを押し殺し、本音を言い出すことも出来なかったことだろう。そんなワカバがイチジョウに初めて本音を語り始める。
「おっさん、良かったなー。こんなに生き生きとした目をするんだなーって思ったよ。いつもは死んだ魚みたいな目してたから」
「誰が死んだ魚だよ。親方こそ、最初会った時はそんな目をしてたけどな」
「・・・そういえば、そうだったかも。あの時は本当に自分のことしか考えられなくて、周りの人のことに気遣うことすら出来ていなかったよ・・・」
「あれっ、親方らしくねえじゃん。やけにしおらしい態度じゃん」
「しおらしい、かー。実はさー、さっきサオトメさんにも同じこと言われちゃって」
「同じこと?何だよ」
「いや、これからはおっさんに任せたら大丈夫だろうって・・・」
「大丈夫って、親方これからサオトメさんとこでやってくんじゃねえのか。せっかくサオトメさんが代表になったんだから」
「でもさー、考えてみたら今までずっと誘いを断ってたのも、上司と部下の関係で他の人もいるんだから、ちょっと気まずいかなーって。ほら、サオトメさん変に真面目なとこあるでしょ。だから、器用に切り分けられないというか・・・」
「まあ、とにかく分かったよ。ここの勉強会で今後やってく気はないと、そういうことか」
「そうだねー。そう考えてるよ。でさー、おっさんの話じゃん」
「まあ、さっき伝えたのが現状だけどな・・・まあ、でも親方が望むなら何とか調整し・・・」
「いや、いいよ。今までの私だったら、速攻頭下げてお願いしてたろうけど、今はおっさんの気持ち少し分かる気がするし・・・」
「親方・・・成長したな」
「したのかなー。自分でもよく分かんないけど、私って普段はあんま自分のこと主張しないタイプだけど、何ていうのかな、よっちゃんとか、まあ、一部の、何ていうか、少し素を出せる相手には、頼りがちというか、何というか・・・」
「そうか、俺を頼ってくれていたと、そう言ってるんだな」
「まあ、そうなっちゃうんじゃないかなー。だからいつもなら甘えちゃって、無理矢理でもお願いしようと思ったんだけど、今回はおっさんのこと考えたら、それも言えないだろうなって・・・」
「・・・うん、そうか、そうなのか・・・でもよ、ここまでのやり取りって本人に言うことじゃなくね」
「さすがおっさん、今絶対言われたくないことハッキリ言ったね。そうですよー、はいはい、本当はおっさんに頼りたいけど、頼るわけにはいかないってメチャメチャ迷ってますよー」
「まあ、ここまでハッキリ本音を言ってくれたら、逆に動きやすいな。分かった。ではこうしよう」
「なに」
「確かに試験までこれまで通り、俺がサポートするのは難しい」
「だよねー」
「ということで、今考えた」
「なにを」
「うーん、本当は頼みたくないが、俺の養成講習の同期に親方を任せられそうなやつがひとりいる。あー、でもやっぱり嫌だな」
「どっちだよ」
「実は前から考えてはいたんだ。俺と違って本格的に受験生のサポートしてるやつだから、どこかのタイミングで親方を引き渡そうとしていた」
「引き渡すって」
「でもなー、そいつにこれ以上、借りを作りたくなくて、迷って先延ばしにしていたが、仕方ないか、今回がいいきっかけか。でもマジで嫌だな」
「だから、どっちなんだよー」
「まあ、間接的には親方も知っているやつだから、話は早いだろう。分かった。話をつけとくから、少し待ってくれ」
「うーん、知ってる人なのかな。まあ、いいや、おっさんありがとー。助かるよ」
「軽っ!俺の葛藤を何だと思ってるんだ。決まったら連絡するから。あー、しかし嫌だな」
「しつこいなー。でも任せたよ。よろしく!」
イチジョウに本音を伝えられて安心したワカバ。それを温かく見守るイチジョウ、だが内心はとても複雑な気持ちを抱えていた。
これで外部勉強会編は終わりです。次回から新章が始まります。ワカバの次の出会いをどうぞお楽しみに!
次回の更新は2023/5/15予定です。