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『聴けずのワカバ』(キャリコン資格取得編)-77

読了目安:約5分(全文2,122文字)※400文字/分で換算

泣いて馬謖を斬る

 「ムグルマさん、そろそろ潮時かもしれないね」

 「フタツギ先生、潮時というのは・・・」

 「先ほどお話しした通り、受験生から聞いてしまったのだよ」

 「な、何を聞いたんでしょうか。どうせまたありもしないことを話したんじゃないですか」

 「『また』というのは」

 「いえいえ、そういうことじゃありません。えーと、何といえばよいのか・・・」
 さっきまで流暢に周囲へ悪態をついていた面影はなく、すっかり借りてきた猫のようになっている。まるで別人のようだと思っていたところに、一階のエントランスで休んでいるはずの受験生が会場に戻ってきた。

 「もう大丈夫なのですか」
 フタツギが受験生に声をかける。

 「はい、もう大丈夫です。おじいちゃんにお話を聴いてもらったおかげですっかり落ち着きました」

 「そうですか。それは良かったです」
 フタツギをおじいちゃんと呼ぶ受験生にあわてて訂正するサオトメ。

 「き、君、お、おじいちゃんじゃなくて、先生だよ、先生」

 「あ、すみません。偉い人だったんですね。それより、イチジョウさんにひとことお礼を言いたくて戻ってきました」

 「ん、な、何だよ」
 受験生からの思いがけない言葉にイチジョウが珍しく照れくさそうにしている。それを温かい目で見守るワカバ。

 (おっさんも人の心あったんだなー)

 「先ほどこちらのおじい、先生にも聴いてもらったんですが、実はわたし、キャリコンの試験を受けるの辞めようと考えてまして・・・でも今までずっと無理やり受験するように頭ごなしに怒られていました」
 苦しそうに話す受験生にイチジョウが声をかける。 

 「一体、誰に怒られていたんだ。もちろん無理に言う必要はないけどな」

 「ここにいるホルダーの人たちにです。わたしが辞めようと思う理由を話そうとしても、『とにかく受かるまで受けろ!』『途中で投げ出すやつは負け犬だ!』『何を今更くだらないことを言っている。そんな暇があったらロープレしろ!』と全く聞き入れてもらえませんでした・・・」

 「そうだったのか。そんな辛いことがあったのに、話ししてもらってありがとう」

 「いえいえ、こちらこそです。さきほど無理に試験を受けなくてもいいと言ってもらえたおかげで、目が覚めました。わたし、他にやりたいことがあったんだって改めて思い出すことができて。今は何だか目の前がぱあっと明るくなった気持ちです」

 「そうなのか、少しでもお役に立てたのなら良かったよ。ところで『他にやりたいこと』っていうのは・・・」
 イチジョウがそう問いかけると、スネオがすかさず声を上げた。

 「おいおい!一体、誰に断って勝手に話を進めてるんだよ!それに、ホルダーに怒られたって?さっきから黙って聞いてりゃあ、俺たちホルダーが全面的に悪いみたいこと言いやがって!おい、証拠でもあんのかよ!まあ、そんなことだから、いつまで経っても試験に受からないんだろうが!」
 心ない言葉に萎縮してしまう受験生。そこへ今度はサオトメが受験生に声をかける。

 「これまで本当に申し訳なかった。まさかそんなことがあったなんて・・・勉強会では少人数のグループでロープレをやるから、私がいる時にはそんな話はなかった。いや、気が付かなかったというべきなのか。こんなに近くにいながら、あなたの気持ちを汲み取ることができずに大変申し訳ない」
 受験生に心から謝罪するサオトメをみて動揺するスネオ。

 「さ、サオトメさんが謝ったら、俺らホルダーの立場がないですよ。辞めてくださいよ」
 ただただ自分の保身だけを考えているスネオにフタツギが一言。

 「君は今日でおしまいね」

 「えっ、俺がですか!?やめろってことですか?なんで?今までどれだけ頑張ってきたと思っているんです!意味が分からないですよ!」
 
 「意味が分からないんじゃ、手の施しようがないですね。あともう一人」
 フタツギがムグルマの方をみた。

 「ムグルマさん、あなたも今日限りです。理由は言わなくても分かりますね」
 フタツギの言葉に下を向いたまま、黙ってうなずくしかないムグルマ。そして、最後まで抵抗し続けるスネオの手を引き、ムグルマは一礼をして会場を出た。その一瞬のやり取りに驚き、呆気にとられ眺めていたサオトメにフタツギが肩をたたき、こう言う。

 「サオトメさん、今から君がここの勉強会の代表だ。これからはムグルマさんの代わりに頑張って欲しい」
 少し考えたが、フタツギの真っ直ぐな目を見たサオトメがその想いに応える。

 「は、はい、まだ急なことで事態が飲み込めていませんが、代表の件、承知いたしました。これからは受験生の皆さんにもっと寄り添うことができるように最善を尽くしてまいります!」
 そう決意したサオトメの目はやる気に満ち溢れていた。しかし、マイペースなワカバはこう思った。

 (あれ、大団円みたいになってるけど、最終的に今日この会場から3人のホルダーが消えたんだよね・・・怖っ)
 うん、それは今黙っておこうか。

次回の更新は2023/5/10予定です。

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