
『聴けずのワカバ』(キャリコン資格取得編)-6
読了目安:約6分(全文2,297文字)※400文字/分で換算
試験対策の前に必ず確認すべきこと
あれから一週間、ワカバはイチジョウから教えを乞うために指定されたカフェの前まで来ていた。
「ここかな」
昔ながらのカフェというよりは喫茶店って感じがする佇まいだ。
「へえ、なんかオジサンっぽい」
ワカバは扉を開けて周囲を見渡すとスゴい剣幕でこちらを睨んでいるイチジョウを見つけた。
「おい、お前せっかく来てやったのに遅いぞ」
「えっ、でも約束の時間まであと5分ありますけど」
「10分前行動は社会人の基本だろ」(※1)
(古っ!考え方古っ!もはや固定観念オバケだな)と考えを読み取られないようワカバは顔をそむけて心の声システムを発動した。
「ったく、呼び出された方が待たされるってどういうことよ」
そんなイチジョウは30分前から来ていた。完璧主義者のイチジョウにとって遅刻は絶対に許されないことなのだ。
「んで、どうして欲しいんだ。時間もないから手短に頼むわ」
「どうしてって言われても・・・まあ、次の試験で合格できるようにして欲しいっていうか」
「っていうか何だよ。ホントにやる気あんのか」
「やる気って言われても、次が3回目だし、正直自信ない」
「そうか3回目なんだな。んで次どっちで受けるんだ」
「どっちって試験団体?今までずっとキャリ協だったから今回もそうしようかと思ってます」(※2)
「キャリ協か・・・なんで選んだ?」
「えっ、だって先輩もキャリ協だったし、通ってた学校でもそれとなく進められて・・・練習してる仲間もみんなキャリ協受けてたし」
「そうか、その件はまた後で話すとして、今までどんな練習してたんだ?」
「うーん、基本週1くらいのペースで仲間とロープレの練習していて、あとは先輩とか仲間が薦めてくれた有料の勉強会行ったりとか」(※3)
「それであんな目に遭ったわけだ」
「そ、そうだけど。でもひとりの講師はフォローしてくれたよ!」
「これだから素人は・・・あれは典型的なアメとムチ商法だよ」
「アメとムチ、何それ」
「一人が過剰に厳しくして、もう一方が優しくフォローする。不安と恐怖を煽って、手を差し伸べる。悪質な新興宗教やマルチ商法の勧誘でもよく使われる洗脳商法の一つだよ」
「いや、だってキャリコンだよ。人の話を聴くような立場でまさかそんなことするわけない」
「だから前も言ったようにそういうヤツラは一定数いるんだって。だってお前みんなの前で土下座されそうになったんだろ。十分そんなことあるじゃねえか」
「まあ、確かにそうだけど」
「そんなヤツラだからこそ講師として本来絶対に聞かなければならない確認を怠っている」
「何?絶対に聞くって」
「それはこれから言う3つのことだ(1)受験団体は?(2)何回目の受験か?(3)今までどんな練習していたか。まあ、これは最低限のことだがな」
「最低限・・・事前には何ひとつ確認されなかったよ」
「そうだろうな。おそらく老舗であることにあぐらをかいて本人たちの好きなようにやってるんだろう。だから受講生を顧客だとも思っていない」
「言われてみれば・・・よく考えたら普通お客さんに土下座強要しないよね」
「目が覚めてよかったよ。(1)の受験団体の確認は原則合格したら同じ資格になるが、論述と面接試験の内容が違うからな」
「そうだよね、椅子や机の配置から口頭試問まで違うって言うしね」
「その通りだ。(2)の受験回数はなかなか受講生に聞きづらい質問ではあるが、初受験なのか複数受験なのかで関わり方が変わってくる」
「確かに初受験の時は試験のこと何も分からなかったけど、2回目以降になると少し試験に慣れてきたり、プレッシャーが強くなったりするもんな」
「だな。(3)は過去や現在にどんな練習していたか、どの勉強会に参加していたかを確認することで受講生のクセや傾向、今抱えている気持ちや周囲から影響を受けたこと、今後どのように練習していくかプログラムを組み立てやすくなる」
「そうだよね・・・いい仲間に恵まれているか、キャリコン難民になっているか、真っ暗な暗闇の中をあてもなく船を漕いでいる感じがするもん」
「真っ暗な暗闇か・・・光も見えない状況でどうしたらいいか分からない。それでまた新しい道を探す。でも結局そこでも何も得られず、また彷徨い、繰り返す」
「そうなんだよ!まさに今の私の気持ち・・・」
ここまでワカバはイチジョウに言われるがままに答えていた。口は悪く、質問も雑ではあったが、イチジョウはちゃんと目的を持ち、彼なりに必死でワカバに応答していたのだ。そんなことを知ってか、知らずかワカバはこう思った。
(あれっ、わたし今ちょっとスッキリしてる)
その心の声を察知したイチジョウはワカバに見られないように小さくガッツポーズをした。
次回の更新は8/27予定です
注釈
(※1)10分前行動:以前は当たり前のように上司から強要されておりました。しかし時代も変わり、顧客先へ約束の時間より早く着いたと連絡すると逆に迷惑がられることもあります。イチジョウは頑固で融通がきかないところがあるので許してやってください。
(※2)キャリ協:本作品上での正式名称は「キャリアコンサルタント協力会」です。本作品はフィクションなので、実在する団体名の使用は控えています(正直かなりデリケートな部分なので気を使っています)。
(※3)勉強会:主に実技試験の面接試験で実施されるロールプレイングの練習する機会を提供する集まりを指す。ここでいう仲間との勉強会の参加費は無料であることが大半ですが、資格保持者の講師が主催している勉強会では有料であることが多いです。