お客様、困ってしまいます
あらすじ
ある日、東京都飯島市まちかど情報課で、イケメンの男性が古美術屋を開きたいと許可を求めてきましたが、担当者は許可できないと伝えました。男性はしつこく許可を求め、店舗だけ男性は市の責任を逃れるため、自己責任で営業することも提案しますが、担当者は研修と保険加入を条件に許可を出すことを提案します。男性は条件を受け入れ、担当者の手を握ろうとしますが、担当者は握り返すという一幕もありました。帰宅後、担当者は自分自身について考え、テレビをつけてリラックスします。
「ねェ、いいじゃん、許可してよォ」
「駄目です」
「ケチ」
「何とでもおっしゃってください。当市では許可できません」
「ちぇっ」
そのイケメンは口をとがらせながら踵を返していきます。
東京都飯島市まちかど情報課。ここでは日々さまざまな市民から寄せられる情報を収集・分析し、行政サービスの向上に役立てているのです。そして市民の要望に応えるのもまた我が課の仕事。
今の彼はこの町で新しく古美術屋を開きたいと仰いました。しかし古物販売は許可制であり、勝手に新規開業することは許されません。そこで許可を得るため市に申請に来たのは良いものの、けんもほろろに扱われた……というわけなのです。
しかし諦めきれないのか、彼はその後もしつこく許可を求め続けました。
「えー、じゃあせめて『店舗』だけでも設置させてくれよォ。そこらへんに放置するんじゃなくてさァ」
「だからそれも無理なんです。資格がないと…」
「わかってるってェ。だけどさ、ほら、たとえばこうやってオレが自分で売ったとして、それがもし何か問題になってもさァ、オレの責任になるだけでしょ? そしたらこの市は責任逃れできるしさァ」
「……」
そんな風に言われてしまうと、私としてもなかなか返答が難しいところですが……。
私が言い淀んでいると、彼は急に私の手を握りしめてきました。
ひゃあっ! 思わず悲鳴をあげそうになりましたが、なんとかこらえます。
「ねえ、お願いだよ。ちょっとだけ!」
私は慌てて彼の手を振り払いました。
「わ、わかりました。それなら一つ条件があります」
「なに?」
「まず、あなたにはきちんと研修を受けていただきます。それから当市の条例や法令に従って営業を行うよう指導します。これを守っていただかないと許可を出すことはできません」
「ああ、うん、わかった。それでいいよ」
「あともう一つ、これは大事なことですが、あなたに万一のことがあってはいけませんので、常に保険に加入していただきたいと思います」
「保険? なんだか面倒くさいなぁ。まあいいけど、どれくらい入ればいいんだろう?」
「最低三か月分は必要ですね」
「ふゥん……。まあしょうがないかな。分かったよ」
彼はその切れ長の目を細め、不敵に微笑みました。
私は全身の血が沸騰するような感覚を覚えました。
家に帰って髪をほどくと、鏡の中には見知らぬ女がいました。
私は慌てて化粧を落とし、普段着に着替える。
「あぁ~!つっかれたぁ~!」
ベッドの上に身を投げ出す。
枕元に置いてあるリモコンを手に取り、テレビをつける。
『史上最強のスパダリ!?~フロマージュを添えて~』
画面の中で金髪碧眼の美青年が、女性に優しく語りかけている。
『君はいつも頑張っているね。疲れた時はいつでも僕を頼ってくれて構わないんだよ』
「キャ――ッ!!ステキ―!!」
思わず黄色い声が出てしまったわ。
イケメン俳優の甘い言葉に、胸がきゅっと締め付けられる。
「もう!こんな人がいるなんて知らなかったぁ~!」
スマホをいじり、役者の名を調べれば「諌山大翔」といった。
諌山――今日ウチに来たあのイケメンも諌山っていう名前だったなぁ。
諌山彰人。俳優の諌山大翔とは別人だ。
だけど、彼も負けず劣らずカッコよかったなぁ……。
はっ!いけないいけない。ついぼんやりしていたわ。
上京してきてからずっと仕事漬けで、うまく恋愛もできない。
職場はコンプラ意識が強いし、残業続きだし、土日だって出勤しないといけないし。
だからたまに休みが取れると、こうしてドラマを観て現実逃避しているのだけれど……。
「恋愛がしたいなぁ」
ぽつりとつぶやく。
だけど私みたいに地味で仕事人間な女が恋をして、幸せになれるはずない。
「やっぱり夢物語よね」
そう結論づけると、私はテレビを消し、布団に潜り込んだ。
+++
「さあ、おいで」
ベッドの上で、諌山彰人が両手を広げる。
彼は胸の大きく開いたシャツを着ていて、鍛えられた筋肉が覗いている。
その美しい肉体に目を奪われていると、彼はくすりと笑った。
「どうしたの? 緊張してる?」
甘く囁かれ、心臓が跳ね上がる。
彼はゆっくりと近づいてきて、私の肩に手を置いた。そしてそのまま顔を近づけてくる。
「さぁ、自分を解放して」
彼の唇が触れる。
「あぁ……」
吐息が漏れる。
私は彼に抱きついた。
「好き……」
「僕もだよ、瑠香・・・・」
ピピピ・・・
うるさい目覚まし時計を止めて起き上がり、伸びをする。
お化粧をして髪を結び、服を着替えたら家を出ます。
駅に向かって歩きながらスマホを見ます。今日は特に外回りの予定はありません。
「お早うございます」
「お早うございます!」
書類の整理をして、きょうも一日頑張りましょう。
「あっ!瑠香ちゃ~ん」
呼ばれた声に私はドキリとして振り返ります。
諌山彰人がこちらへ駆け寄ってくるところでした。
その顔を見た瞬間、鼓動が激しくなり、頬が熱くなりました。
「おはよう」
「お、はよう、ございます……」
私より少し背の高い彼が、私を見下ろすように見つめてきます。
「君に会いたかったんだ」
「へっ!?」
私は驚いて変な声を出してしまいます。
「な、なんですかいきなり」
「言われてた書類書けたからさー。渡しとこうと思って」
そう言って、彼は封筒を差し出しました。
「あっ、は、はい。承知しました」
私がそれを受け取ろうすると、彼はサッとその手を遠ざけます。
「えっ?」
「ねえ、これから時間ある? ちょっと話したいことがあるんだけど」
「い、いえ……今日は忙しいのでまた今度でお願いします!」
私は慌てて彼の持つ封筒を奪い取り、逃げました。
「あ、ちょっ!待ってよぉ~!!」
後ろから声が聞こえましたが無視です。
私は全速力でエレベーターに乗り込むと、自分の部署のある階を押しました。
「ハァ、ハァ、ハッ。・・・あ~、びっくりしたぁ」
思わずしゃがみ込み、膝に額をつけて深呼吸を繰り返します。
「あんなふうに言われたら、誰だって勘違いしちゃいますよ~!」
私は先ほどの出来事を思い出して、ひとりごちる。
「ふぅん。君って、そういうタイプなんだ」
「え・・・?」
振り向けば、諌山さんの顔がすぐ近くにあって、思わず後ずさる。
「もっとお堅い子なのかと思ってた」
「あ、な、な、な、なにを」
「ねぇ、俺にしときなよ」
「ひゃっ」
腰に腕を回され、引き寄せられる。
諌山さんの整った顔が間近に迫る。
「ま、ま、待ってくだ・・・」
「大丈夫。俺達しかいないよ」
諌山さんは私の耳元に口を寄せ、囁く。
そしてその手が背中にまわり、さらに強く抱きしめられた時―――
エレベーターのアナウンスが鳴り、束縛が解ける。
「じゃ、よろしくね」
彼は颯爽とした足取りで去っていきました。
+++
「お疲れ様でした」
タイムカードを切って会社を出る。今日はもう仕事がない。
電車に乗って家に帰るだけ。
フォルダを開いて大翔の写真を眺めていたら、やっと落ち着きを取り戻しました。
(そうよね。あれは何かの気のせい、きっと)
だって、あんなイケメンがこんな地味な女を好きになるわけないもの。
私は自嘲気味に笑うと、ふと彼の住所を思い出した。
(確か・・・この辺りだったと思うけど)
断じてストーカーなどではない。
あくまでも、時間外勤務の一環です。そうに決まっています。
「あ、あった」
目的のマンションを見つけ、私は足を止める。
「結構いいとこ住んでるのね」
オートロック式のエントランスに入り、彼の部屋番号を入力する。…………出ない。
もう一度押しても、やはり応答はなかった。
「まだ帰ってないのかしら」
私は仕方なく来た道を戻ろうとする。すると向こうから男性が入って来た。
すらりとした背に金色のキラキラと光る髪。
「あ・・・」
それは、さっきまで見ていた写真と同じ顔をしていた。
私が呆然と立ち尽くしていると、諌山大翔が駆け寄って来た。
「彰人の彼女さんかな?」
「ヒェッ・・・ア、アノ・・・」
「うふふ、僕のこと知ってるの?」
「アッヒェ・・・ファ・・・」
落ち着いて、瑠香!
あなたは公務員でしょ!
私はスゥと深呼吸して、スッと手を出した。
「すみません、私、市民課の一ノ瀬瑠香といいます。彰人さんには開業手続きの件でお渡ししたいものがありまして」
どう?クールに言えた?
私がドキドキしていると、諌山さんは私を見つめてニッコリ笑います。
「へぇ、可愛い顔して意外としっかり者なんだね」
「えっ?」
「わかった。じゃあ僕も一緒に行くよ」
「いえ!そんな悪いですから!」
「いいから遠慮しないで」
そう言って、彼は私の隣に並ぶと歩き出した。
いやいやいやいや!!無理!!!! 私は心の中だけで叫ぶ。
「ここだよ」
彼が玄関を開ける。私は緊張しながら後に続いた。
中は思ったより殺風景。
「弟は仕事で遅くなるって」
「そうですか。では私は出直し…きゃっ!」
いきなり抱き寄せられて、私は彼の胸に倒れ込んだ。
「あ、あのっ」
「ねえ、瑠香ちゃん。僕と遊ぼうよ」
「えっ!?」
「大丈夫だって。痛いことはしないし」
「あ、あ、遊ぶって……」
「ん?セックスのことだけど?」
「せっ・・・!!」
私は驚いて彼を突き飛ばす。
「いたた……。ちょっと乱暴じゃない?」
「ごめんなさい!」
でも、これは仕方のないことだ。
だって、私たちはまだ会って10分くらいしか経っていない。
それなのにこの人は一体何を考えているんだろう。
「僕のこと好きでしょ?僕も好き」
そう言ってシャツのボタンを外し始める。
私は慌ててその手を掴んで止めた。
「ちょ、待ってください!私、そういうつもりじゃなくてっ、、んふっ」
言い終わる前に唇を塞がれる。
そのままソファーに押し倒されそうになった時―――
「おい何してるこのクズ」
後ろから低い声が聞こえた。
振り返ると、そこには諌山さんが立っていた。
目が据わっている。怖い。
「大翔、お帰り」
諌山さんは私の上にいる男を見て言った。
「テメェ、またやってるのか」
「なーに?もしかして妬いてんの?」
男はヘラリとして答える。
そして私の上から退くと、その手で諌山さんの頬を撫でた。
「ふふ、キミも参加するかい?」
「……ッ!」
今度は諌山さんが殴りかかる。
それを軽々と避けると、大翔は立ち上がった。
「僕はもう帰るけど、瑠香ちゃんはゆっくりしていきなよ」
そう言うと、大翔は部屋を出て行った。
「チッ・・・」
諌山さんは舌打ちすると、冷蔵庫からビールを取り出した。
「飲むか?」
「いえ、私は・・」
その時、自分が乱れた服のままであることに気付く。
(あ、どうしよう)
私は咄嵯に鞄を手に取り胸元を隠す。すると諌山さんはふいと目を逸らした。
「あ、すまん」
「い、いえ・・・」
「後ろ向いてるから・・・終わったら言って」
私はコクリと肯くと、そそくさと服を着替える。
「ごめん。びっくりしただろ」
「はい・・・」
本当は興奮していました。なんて言えるはずもなく、私は俯くしかなかった。
諌山さんはいつもの明るい印象とは打って変わって、少し陰のある表情をしている。
「アイツは・・・俺の兄貴なんだけど。似てないよな。ってか、ごめん。なんか怖かったっしょ、俺」
「そんなことありません!すごくカッコよかったです!それに、助けてくれましたし」
「はは、ありがとう」
彼は乾いたように笑うと、プシュっと缶ビールを開けた。
私も同じように開ける。
お互い無言で喉に流し込むと、やがて諌山さんはポツリと言った。
「・・・もしかして俺、邪魔だった?」
私は首を振る。
確かにさっきのは驚いたけれど、それ以上に嬉しかった。
「じゃ、俺とする?」
「ぇへ!?」
思わず変な声が出る。
「ふふふ、冗談」
彼はそう言って笑った。
その顔はちょっと切なげで、綺麗だ。
気が付くと手が動いていて、私はスマホを操作していた。
カシャ。
シャッター音が響く。
「え、なに」
「すみません。オタクの癖が・・・」
「え?オタク?」
私は彼の手を握る。
彼はギョッとした顔をして私を見る。私も自分の行動に驚いていたが、不思議と恥ずかしい気持ちはなかった。
「あ・・・あの、一ノ瀬さん・・・?」
彼の戸惑う声が聞こえる。でも、私は答えなかった。
代わりに指を絡め取って、熱い視線を送る。
私は今どんな顔をしているんだろう。
こんなにも大胆になったのは初めてかもしれない。
すると、彼はゴクリと唾を飲み込んだ。
「も、もう遅いから帰りなさい」
「昼間の威勢はどうしたんですか?」
私は意地悪っぽく言った。鼻と鼻がこすれる距離。
「あれは冗談!」
「え…冗談?」
「そう!」
私は目を瞬かせて彼を見つめる。きゅうに恥ずかしさがこみ上げ、サッと手を引っ込めた。
「あ・・・あの・・・ごめんなさい。私、なんだか動転していて」
「あんなことがあったんだから仕方ないよ。さ、立って。駅まで送るよ」
「ありがとうございます」
玄関を出て歩き出す。
ちらと横を見れば、彼もまたこちらを見ていて、慌てて視線をそらす。
さっきの気持ちは一体なんだったんだろう。
それに、さっきの彼の態度は、ふだんと違って可愛らしかった。
駅に着いても、なんだかぼうっとしていて、まるで夢の中にいるみたいだった。
「轢かれんなよ」
そう言ってポンと私の頭を撫でる彼。
諌山さん、もう遅いです。
だってもう私はすでに、惹かれているのだから。
+++
翌日、私はいつも通り出勤した。
「おはようございまーす」
オフィスに入ると、みんな忙しなく働いている。
(相変わらず仕事してるなぁ)
私は自席に着くと、パソコンを立ち上げた。
そして、昨日のことを思い返す。
「あ〜!!ダメ!恥ずかしすぎる!!」
私は叫び声を上げ、机に突っ伏した。
(あんな大胆なことしちゃうなんて・・・)
私は反省する。
(でも、意外と悪くなかったかも・・・)
そんなことを考えていると、後ろから肩を叩かれた。
振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべた美希がいた。
「瑠香、見てたわよ!!!昨日のアレ」
「あぁ・・・」
私は頭を抱える。
「恋愛には興味ありませんとか言っちゃって、あんなイケメンとお楽しみなのかよぉ~」
「違うんだよ!ちょっと相談があって……」
室長がギロリと睨んできた。
「一ノ瀬くん、今は就業中ですよ」
「あ、はい」私は慌てて姿勢を正し、仕事に取り掛かる。
しかし、その日の午後に諌山さんが訪ねて来ることを思い出して、また悶絶することになるのだった。
+++
「一ノ瀬さん、諌山さんがいらっしゃいました」
「はい」
私は応接室へ向かう。
「失礼します」
扉を開けると、そこには笑顔の諫山さんが座っていた。
「こんにちは」
私は向かい側のソファーに腰掛ける。
「今日はどうされましたか?」
「君に会いたくなってさ」
「そうですか、それはありがとうございます」
私がにこやかに言い放つと、彼の笑顔が引き攣る。
それから参ったというように頭を掻いてから言う。
「営業許可が下りたのか聞きに来たんだよ」
私は首を傾げる。
たしかに営業許可証なら郵送したはずだ。わざわざ取りに来るものではない。そう説明したと思うのだが。
私が不思議そうな顔をしていると、彼は困った顔でそっぽを向いてしまう。
――もしかして、本当に私に会いに来ただけ・・・?
そう脳裏を過ぎるだけで、頬に血の気がさしてしまう。
それから少し気まずい沈黙があったが、破ったのは彼だった。
「・・・この町は・・・いい町だよな。自然と都市が共存していて、伝統も残ってて。都心も近いし」
「ありがとうございます」
「俺、この町が気に入ったんだ。だからずっと暮らしていく。店を持って、家族を持って・・・子供を学校に行かせたりしてさ」
彼は遠くを見つめているようだった。
――もしかして、なにか触れられたくない過去があるのだろうか。
私は彼の時々見せるその真剣な表情がたまらなく好きだった。
それから私達はすこし雑談をして、二人で応接室を出た。
「・・・あの」
彼の上着の裾をそっと抓む。
「ん?なに?」
私は唇をきゅっと結んで言った。
「今晩、お家に行ってもいいですか?」
彼は私の言葉の意味をしばらく考えて、やがてため息をついた。
「駄目」
「どうして」
「いけないよ」
彼が私の頬を指でつまむ。
「本気になっちゃうだろ」
彼は優しく微笑んだ。
―――ドクンッ 胸の奥が甘く疼いた。
「わ、わたしは本気です」
「じゃ、ここでキスしてよ」
「えぇっ!?む、ムリですよ!」
「そう?オレは平気だと思うけど」
「ムリムリ!!あ、アメリカじゃあるまいし」
ここはオフィスのエントランス。
前方にいるのは、同僚の佐藤くん。
後方には市長室がある。
「オレより市長を取るの?」
「そ、そういう・・・ことでは・・・」
私はたじろいで後ずさりする。
すると、背中に壁が当たった。
逃げ場がない。
眼前には、不敵な笑みを浮かべる諌山さん。
前髪がはらりと落ちてきて、それが妙に色っぽい。
私はごくり、と唾を飲み込む。
そのまま彼の顔を両手で挟みこみ、勢いよくキスをした。
「!?」
十秒以上の長いキスが終わり、唇を離す。勢いよく息を吐き出す。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
たったそれだけのことなのに、私の心臓は100m走を走ったかのように暴れまわっていた。
足の力が抜けてがくりと膝をつく。
(こ、こんなところで・・・)
恥ずかしさと嬉しさが混ざって、笑いすらこみ上げてきた。
(社会的に死んだ・・・)
「まさか本当にするなんて思わなかった・・・。大丈夫?立てる?」
諌山さんが膝をついて私を立ち上がらせる。なんかもう今なら何でもかかって来いやという気持ちだった。
面白くない顔をしている室長をキリッと睨むと、どこからか手を叩く音が聞こえる。
見れば市長の井出さんと、秘書さんが拍手をしていた。
唖然としていると、佐藤君や美希までもが拍手をし始めた。
そしていつの間にか周囲に人が集まっていて、みんな口々に囃し立て始める。
「いやぁ、良いものを見させてもらいました。人権とはこういうもののことを言うのですねぇ」
「ほんとですね!感動しました。やっぱり若い人は違うなあ」
「で、結婚式はいつなんです?」
私達は事態に追いつけず、ただ呆然としていた。
世界は、私が思っているよりもずっと楽しいのかもしれない。
私達は顔を見合わせると、どちらからともなくキスをした。
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