不妊症(12463文字)

死と生の境界について、私はあまり囚われない。
死後の世界と言うものも信じているし、輪廻転生も信じている。
「――先立つ不孝をお許しください」
私はとある海峡の絶壁に足を踏み出した。
きっと、うまくやっていけると思っていた。
私が結婚する事で両親が喜ぶのなら、私のような次女でも幸せになって良いんじゃないかって。
最初は彼も優しくて、彼を支えられることが幸せだと思うようにした。
けれど、何年経っても私には子供が宿らない。
毎晩、毎晩、痛みに耐えながら、彼のただ乱暴なだけの行為を受け止め続けた。
それでも妊娠しなかった。
彼は私に暴力を振るうようになった。
最初の頃は耐えたけど、次第にエスカレートしていって、その度に私は病院へ通うことになる。すると今度はその事を責め立ててくるのだ。
「お前のせいで俺が陰で何て呼ばれてるか知ってるか?『ヤリマン』だぞ! ふざけんなよ!」
そう言って私のことを殴ったのだった。
ならば、いっそ死んでしまおう。
この世界にも、この命にも未練はなかった。
崖から下を覗くと、岩礁に波が当たって大きな水しぶきを作っている。
ああ、これが最期なんだ。
不思議と恐怖心は無かった。
目を閉じて、一歩踏み出す。
「もし、お姉さん」
最初は波の音かと思った。
だからもう一度歩を進める。
突然腕を掴まれ、誰かの胸に飛び込む形になった。
目を開けるとそこには一人の男の子がいた。
私と同じくらいの背丈の少年。胸板も薄く、だぼだぼのジャケットから伸びる手は骨のように細かった。
「死んじゃダメです。海が汚れるし」
彼は抑揚のない声でそう言うと、私をひょいと抱き上げて崖から離れた岩場まで連れていく。
小さな体のどこにそんな力があるのかと驚いてしまった。
「どうして?」
「だって、お姉さんの身体は綺麗なのに、死んだらただのゴミになってしまいます。僕、この近くで子供たちのお悩み相談に乗っている律と言う者です。どうせ死ぬつもりなら、1時間だけ僕に下さい。僕の愚痴に付き合うと思って。ね?お願いします」
彼はそう言って深々と頭を下げた。
私も、どうせ死ぬ体だからと、彼の家まで付いて行った。
部屋の中は本で埋まっていて、ベッドの下にまでびっしりと段ボールが詰められている。
「いやあ、狭くてすみません。生活保護じゃ、こんな家にしか住めなくて」
確かに彼の家は、汚いアパートの一室だった。
部屋の中には生活に必要な最低限の物しかない。
「さて、まずは自己紹介しますね。僕の名前は律。この町で病気療養をする傍ら、こうしてお悩み相談のようなものを受け付けています。もちろん無料ですよ。これでも子供たちには結構面白がってもらえるんです」
彼の物腰は若者とは思えないほど上品で、まるでファンタジーの世界の長命種でも見ているかのような錯覚に陥るほどだった。
「お姉さんは……えっと、お名前は?」
「綾。寒河江綾です」
「綾さんですね。では綾さん、あなたはなぜ死のうと思ったのですか?」
私はぽつり、ぽつりと事の顛末を話した。悲しさと苦しさが募って、嗚咽交じりになりながらも、それでも初対面の人にここまで話してしまったのは、心のどこかで救われたいと考えていたからなのかもしれない。話しているうちに、私は、彼が私のほうを見て、相槌を打ってくれる時間を心地よく感じるようになっていった。彼は冷静に私の話を分析し、一緒に考えてくれているようだ。
「なるほど、それはお辛かったですね。綾さんの辛さの根幹には、旦那さんを助けてあげたいという愛情を感じました。あなたをここまで育ててくれたご家族の方は、あなたに苦しんで欲しいとは思っていないはずです。一度、ご主人によく聞いてみては如何でしょうか。本当に子供が欲しいのかを」
「え…?どういう事ですか?子供なんて……」
「あなたは子供を産みたいのでしょう?」
「いや、その、でも、私は産めないのです。私にはコウノトリは一生やって来ないんです……ずっと楽しみにしていたのに……私には赤ちゃんが出来ないのよ。だから、もう生きていけないの。私が死ねば夫は助かるの……!」
その時、気付いてしまった。
私は夫の暴力だけが嫌だったのではなかったんだ。
子供が産めないという苦しみに、これ以上耐えられなかったのだ。
それに気付かされた瞬間、涙が止まらなかった。
「あっ、うぅ、ふぅぅっ、あぁぁぁん!!」
初対面の男の人の前で号泣している自分が恥ずかしいとか、みっともないとか、そんな事はどうでも良かった。
ただ、彼が繋いでくれたその手をどうか離さないでいてと願っていた。
***
「……もう一度、夫とよく話してみます」
「ええ、それが良いと思います。そうだ、近くで不妊治療をしてくれる病院があるか調べてみますから、宜しかったら連絡先を教えて頂けませんか?もし見つかったら、すぐにお知らせしますので」
「はい、ありがとうございます。あの、最後に一つだけお聞きしても宜しいでしょうか」
「はい、なんでしょう?」
「律さんは……いったいお幾つなんでしょうか?」
私がそう尋ねると、彼はクスリと笑って答えてくれた。
「僕は36歳ですよ。童顔なんですよね。病気のせいで男性ホルモンが少ないので、仕方ないですけど」
(そっか……同じ歳だったのか)
そう思うと、急に親近感が湧いた。
「私も、36歳です」
「えーっ、本当ですか!?僕より若いと思っていたのに……」
彼の驚いた声を聞いて、思わず笑ってしまう。
1時間前は自殺しようとしていたのに、今はこんなにも幸せな気分になっている。
彼と別れてから家に戻ると、私は早速夫とよく話してみた。
彼が子供を欲しがっているというのは、どうやら私の勘違いだったらしい。
私があまりにも子供子供と言うものだから、夫は「そんなに子供が欲しいなら、養子を探せば良いじゃないか」とさえ言ってくれた。
昨日までの私だったら迷わず養子を探しただろう。しかし、今となっては、そんな気持ちは消え失せていた。
(律君は、ご結婚されているのかしら。いいえ、あの様子じゃきっと独身よね。どんなものを普段着にしているのかな。好きな食べ物は何なのかな。お酒は飲むのかな。タバコは吸うのかしら……)
あの夜以来、私の心には別の悩みが生まれてしまった。
(また、会えるかしら)
いいえ、これは浮気なんかじゃないわ。だって彼は私の命の恩人で、大切な友人なのだもの。
彼に会いたいと思うのは当然のことよ。
この時の私はまだ知らなかった。
自分の愛欲がどれほど深いかを―――。
***
「ねぇ、あなた。お願いがあるんだけど……」
「なんだ?言ってみろ」
「今度、お友達と一緒にお食事に行っても良いかしら?とてもお世話になった人だから、お礼がしたいの」
「ああ、かまわないぞ。いつにする?」
「来週の火曜辺りに行ってくるわ。もしかしたら、少し遅くなるかもしれないけど、夕ご飯は食べて帰るからいいわ」
「分かった。楽しんでこいよ」
私は完璧な笑顔で夫に微笑みかけた。
「ありがとう、あなた。大好きよ」
それから数日後、私はいつものように律君の元へ向かった。
律君はアパートの前でゴミ拾いをして掃除をしていた。
「こんにちは、律君。今日も精が出るわね」
「綾さん!こんにちは。こうやってときどき掃除しないと、すぐねずみが沸いてしまうのです。大家さんは高齢だし、僕も日光浴になるから良いんです。知っていますか?ビタミンDは一日100μgまで摂取して良いらしいですよ」
律君と話していると色々な知識を得られる。彼と話すのは、近所の井戸端会議に参加するよりもずっと有意義だと思う。
私は、ふと彼の手元を見た。骨ばった手の甲に、一筋の赤い線が見える。
「あら、怪我しているじゃない。大丈夫?」
私は彼の手を両手で包むようにして掴んだ。彼は私の突然の行動に驚いたようだった。
「えっと、あ、綾さん、旦那さんが見てますよ……」
彼が顔を赤くしながら言った。
私は後ろを振り向くが、そこには誰もいない。
普段落ち着いていて冷静な律君が慌てている様子は可愛らしく見えた。
「どうしたの?律君。もしかして、照れてるの?」
私が悪戯っぽく言うと、律君はさらに慌てたように顔を背けた。
「そ、そりゃ、綾さんのような綺麗な方に触れられたら、誰だって恥ずかしくなりますよ……もう……」
「私なんかより、律君の方が数倍可愛いと思うけどなぁ」
そう言って、私は律君の手を握る力を強めた。
律君は、はにかみながらも嬉しそうな表情を見せた。
「そんな事ありませんよ。綾さんの美しさには到底かないません。それに、僕は男ですからね。あまり褒められても困ってしまいます。さっさぁ、お茶がありまひゅから、どうぞあがって下さいっ」
彼はそう言って階段を上ろうとしたが、足がもつれたのかバランスを崩してしまった。
すかさず私は彼を受け止めたが、勢い余って二人とも倒れてしまった。律君の手が偶然にも、私の胸元に触れている。
「ご、ご、ご、ごめんなさい!わざとではないんですっ!どこかぶつけませんでしたか?本当に申し訳ない!」
律君は焦った様子で謝ってきた。
「ううん、大丈夫だよ。それより、律君は大丈夫でした?」
「は、はい。おかげ様で、柔らかかっただけです……」
律君は少し気まずい様子で答えた。
「えっと……きょ、今日は用事を思い出したので、これで失礼します。お詫びは後日必ずさせてもらいますから。それでは、失礼しますっ!」
「えっ!?ちょっ、律君……」
律君は慌てたまま、あっという間に家の中に駆け込んでしまった。
(うーん……。もう少しゆっくりお話したかったんだけどな)
残念ながら、律君は行ってしまった。
仕方がないので、今日の所は帰るとしよう。
(それにしても、照れてる律君、可愛かったな~♪今度は、もっとお話できるといいけど……)
そんな事を考えながら帰宅する。
「ただいま~♪」
夫である光太郎は、リビングにいた。
ソファーに座って、スマホゲームをしているようだ。
私に気付いた彼は、すぐに立ち上がって出迎えてくれた。
「おかえり。早かったな」
「光太郎さんこそ、今日はお仕事は終わりですか?」
「うん。関わってたプロジェクトが一段落着いたからね」
そう言うと彼は私の服を脱がせ始めた。
「ね、綾ちゃん。頑張ったオレにご褒美くれよ。最近全然構ってくれなかったじゃん」
私は苦笑しながら答える。
「もう、甘えん坊さんね……」
しかし、彼の手が左胸に触れた時、強烈な嫌悪感に襲われてしまった。
かつて繰り返された痛みとともに、夫に対する憎しみが込み上げてくる。
律君の手はもっと温かくて、優しかった。
夫の手は、ひどく冷たく感じられたのだ。
「綾?どうした?なんか顔色悪くない?」
光太郎さんの一言で、自分がひどく硬直していたことに気が付く。
「ち、違うの。ごめんなさい。今日はなんだか、調子が悪くて。本当にごめんなさい。明日の結婚記念日までにはちゃんと治して、美味しいお料理をたくさん作るわ」
「おう、無理すんなよ」
「……ありがとう。光太郎さん、大好きよ」
口先だけの愛の言葉を囁く。
ああ、なんて醜悪なの。
私は自分自身が分裂していくのを感じていた。
そのままベットに横になって目を瞑ると、暗闇の中に律君の姿が浮かぶ。
(もし…この気持ちを伝えたら、彼は一体どんな顔をするのかしら)
それは、ほんの一瞬の気の迷いだった。
(彼ともっと仲良くなりたい。深め合いたい。そして、彼と共に歩んで行きたい)
そんなことを思ってしまってから、私の中で何かが崩れ始める音が聞こえてきたような気がした。
***
[律視点]
日本は今凋落の始まりに差し掛かっている。
それは僕たち皆が感じている。
この船がどこまで沈むのか、タイタニック号となるのか、それとも外敵に占領されて終わるのか。
そんな未来は、少し考えればすぐに分かることだ。
僕はそんな時代の境目に生まれた。
バブル時代に大量に使われた農薬や食品添加物の影響で、ASDと呼ばれる発達障害が爆発的に増えた。
それに政府が気付き、支援を始めたのは、僕が身も心もボロボロになった後だった。
ASDは内分泌異常を起こすことが多い。僕はそんなハンディキャップのなかでも、あの時代を必死で生きていた。
でも結局、一人ではなんの力もない子供だった。
大人たちが助けてくれるわけもなく、ただ日々を生きるだけで精一杯。
病気の診断が増えていき、今では沢山の難病を抱えて生きるはめになってしまった。
僕が余生を生きるのにこの町を選んだ理由は、震災の復興の力になりたかったこともあるけど、結局、「同類」を探し求めているだけなのかもしれない。
自殺の名所に顔を出して、彼らの話を聞いてあげるのも、結局自分が救われたいという気持ちがあるからだ。
結局、どれだけ繕っても、虚勢を張っても、僕の心には深い欲が巣食っている。
誰かに必要とされたい。
自分を必要としてくれる人に会いたい。
今までは毎晩、ベッドの上でひっそりと泣く夜を過ごしていた。
いつかきっと、自分を分かってくれる人がどこかにいるはずだと、希望と絶望がない交ぜになりながら泣いていた。
でも今は、綾さんのことばかり考えている。
毎晩ベッドの上でこっそりと泣かなくてもよくなった。その代わり、朝起きると真っ先に綾さんのことを考えてしまう。
綾さんと出会ってからというもの、毎日が幸せだ。
綾さんのことを考えると、心が暖かくなって涙が止まる。
もう二度と会えないだろう。
それでも、綾さんのことを思うと、胸の奥がぎゅっと苦しくなって、顔が熱くなってしまうようになった。
(綾さんと旦那さんの間に、子供なんて出来なければいい)
そんな想いに駆られる自分が嫌で、何度も自分の頬を強く叩いた。
でも、どうしても考えずにはいられなかった。
苦しい。でも、幸せな苦しみだった。
***
子供たちは意外とよく見ている。
「ねぇ、律君って結婚してないの?あの麦わら帽子の綺麗な人、彼女?」
「えっ……。違うよ。友達だよ。それに彼女はいない。それに僕が男だからって、女性が好きとは限んないんだよ」
「ふーん。じゃあ、お兄ちゃんが好きなのは、女の人じゃないの?」
色恋に興味を持つのは良いけれど、未成年に恋愛を教えるのは難しい。
僕自身、セックスの方法を知ったのは18を過ぎてからだったのだ。勃起のことを馬鹿正直に、尿が溜まっているからだと信じ込んでいた。
「お兄ちゃん、赤ちゃんってどうやって作るの?」
無邪気な質問に僕は困った。
「子供って言うのは作るものじゃなくて、愛し合ってると自然に出来るものなんだよ」
「本当に!?それなら、律先生がお姉ちゃんのこと好きになれば、子供が出来るの?」
「そ、それは……運次第だね。そもそも僕と彼女はそういう関係じゃないし、あの人には旦那さんがいるから、僕と愛し合ったら不倫になってしまう。あと僕は生活保護を受給しているから、恋愛してはいけない決まりなんだよ……」
「でも律先生はいつも言ってるじゃん?制度や法律なんかに囚われちゃダメだって!自由に生きようよって。律先生は自由なんでしょう?」
さすがにそんな暴論を吐いた覚えはないが、制度を鵜呑みにしてはいけないとは常々言ってはいる。
いや、それと今回の件は関係ない。そもそも不倫と言うものは後々が大変なんだ。慰謝料とか養育費とか色々と問題が出てくる。
(いや、そもそもなんで綾さんと不倫できる前提なんだよ!)
「ねぇ、律先生。愛し合うって、どうやってやるの?」
「そうだね、人を好きになると、その人をぎゅっと抱きしめたくなって、キスしたくなって、それから、えーと…」
僕は先日の、彼女の感触を思い出してしまった。柔らかい唇、細い腰回り、そして胸元に押し付けられた豊満なお尻……。
(何考えてる、子供たちの前だぞ)
童貞の僕には刺激の強い映像だった。
しかし、僕の頭に浮かんだのはそれだけではない。
彼女の艶っぽい声と表情、そして全身に絡みつくような肌の感触。
そして、彼女が果てるときの、満たされた笑顔。
想像するだけで下半身が反応してしまいそうになる。
どれだけ知識を重ねようと、所詮人間なんて欲深い生き物なんだ。
「あ、ねこー」
子供たちの興味が、いつの間にか窓の外に移っている。
そこには大きな猫がいた。
野良なのか飼い猫なのか分からないけれど、のんびりと道を闊歩する姿に僕は親近感を覚えた。
「僕も猫みたいなものですね。働きもせず日がな一日、こうして日向ぼっこばかりしているんですから」
僕が自嘲気味に呟くと、背後から声が聞こえてきた。
「あら、私はそうは思わないけど」
振り返ると、そこにいたのは綾さんだ。
「おはようございます。今日は早いお目覚めで」
綾さんをまともに見ることができない。そんなことをすればたちまち僕の気持ちが伝わってしまうからだ。
「うん、目が覚めちゃったから、散歩がてらに朝食の買い出しに行ってきた。それで、律君は猫って言うより、私は犬派かな?」
綾さんの買い物袋からは、ドッグフードのパッケージが覗いていた。
「綾さん、犬好きなんですか」
「ええ、大好きなの。毎日決まった時間にアパートの前を掃除して、やめれば良いのにわざわざ吠えたりするのよ。それがもう可愛くて可愛くて。もちろん飼い主がいるわけだけど、それでも可愛いものは仕方ないじゃない。そんな健気な姿がたまらなくてね。それに、ほら、撫でると気持ちよさそうな顔してくれるし……」
そう言うと綾さんは僕の頭の上に手を伸ばし、そのまま優しく髪を撫でた。
「ちょっ、ちょっと、綾さん!?まさか、犬って僕のことですか!?」
突然の出来事に思わず飛び跳ねてしまった。
「あれ?違うのかしら。私はこんなに忠実で真面目なワンちゃんはいないと思うけど……」
綾さんは相変わらず優しい笑みを浮かべながら、僕の頭を何度も往復するように撫でている。
僕は恥ずかしさと嬉しさと気持ち良さが入り混じり、何とも言えない感情に包まれていた。
「まあまあ、そんなに照れないで下さいな。あなたは私の命を救った恩人なのですよ?私、あなたのこと本当に感謝しているの。だから、こうしてお世話させてもらっているのよ。それとも、やっぱり犬じゃ嫌かしら……?」
綾さんは少し寂しそうに言った。
「だめじゃないです。どうか僕をあなたの犬にしてください!」
とはさすがに言えなかったので、
「いや、そんなことはありません!でも、僕たちはお友達ですし、あまりそういうのは良くないんじゃないかなって思ってます」
と正直に答えておいた。
すると綾さんはクスッと笑って、
「冗談よ。ごめんなさい、からかっちゃったみたい。だって、あなたがあまりにも可愛い反応するんだもの。つい、ね。でも、もし良かったら、もっと仲良くなりたいと思っていますよ。私もあなたのことを本当の弟のように思っているから。もちろん、他の方々もみんなそう考えているはずよ。もちろん、私もあなたのこと大好き。これからもどうぞよろしくお願いいたしますね…?」
綾さんの豊満なおっぱいが僕の顔にくっつきそうなくらい接近してきたので、思わずドキッとした。
それにしても、綾さんは本当に綺麗で美人で色っぽい。しかも、おっぱいも大きい。
「は、はい。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。また、何かお悩み事がありましたら、僕でよければいつでも相談に乗りますので。僕は綾さんのことなら何でも知ってるつもりなので、遠慮せずに頼ってきてくださいね。それと、あの、そろそろ僕の上からどいていただけると……」
綾さんはニッコリ微笑んで、
「あら、ごめんなさい。私としたことが、ついうっかりしてたわ。ふふ、やっぱり、まだ慣れていないのかしら。じゃあ、夫もそろそろ帰る頃ですし、失礼致します。今日はありがとうございます。では、またね、律君。」
綾さんは部屋から出て行った。
慌てて股間を確認すると、案の定、勃起していた。
これ、完全にバレてるよね? でも、それについては特に何も言われなかったし……。
まあ、いいや。
今はそれより、早くトイレに行かないと!
***
[綾視点]
夫の帰宅を待つ間、私は律君のことを考えながら過ごした。
彼の股間が膨らんでいくのを見て、私は胸が高鳴っていた。
彼は今、何を思っているかしら。あの人の心に、私はどれだけ居座っているのかしら?
こんな私でも、彼の心に少しでも長く存在し続けることができるのだろうか……
そんな事を考えているうちに、夫が帰ってきた。
「おかえりなさい。ご飯出来てますよ。それとも先にお風呂にする?」
夫は上着を脱ぎネクタイを緩め、ソファに腰かけた。
「そうだな、まずは飯が食いたい。腹が減って仕方ないんだ」
「わかりました」
私はご飯を茶碗についで夫の前に差し出す。徳利にお酒を注いであげると、夫は目元のシワをくしゃりとさせて喜んだ。
「お?なんだ。今日はやけにサービス良いな。なんか良い事でもあったか」
「別に。いつもと同じですよ」
私が微笑み返すと、夫は嬉しそうな顔をして私に抱き着いてきた。
「んー。可愛い奴だなお前は。よしよし、俺がもっと可愛がってやるぞぉ~」
頬擦りしながら、私の身体中を撫でまわす。
「もう、やめて下さいったら。それより、冷めてしまいますから早く召し上がって下さいな」
「おお、そうだな。いただきます」
私は夫を愛していない訳ではない。養ってもらっている恩もある。
何年も連れ添った夫婦であるし、私の生活は夫を中心に回っている。
でも、どうしても欲しいものがあるのだ。
それは、あの人の存在。
夫と一緒になってから、ずっと我慢してきた。
私の恋。激しく燃えるような興奮と劣情。それら全てを内に秘めたまま、日々を過ごしてきた。
だけど、それもそろそろ限界のようだった、愛でるだけの恋は。
次の月、夫が海外へ出張に行くことになった。
「綾、俺が居なくて寂しいだろ?お前の為にも、今日こそは俺の子供を孕んでもらうからな」
そう言うと彼はいきなり私の足を持ち上げ、そのまま挿入した。
パンッ! 乾いた音が部屋に響く。
夫のペニスが勢いよく子宮口を突き上げた。
「あっ……ふぅっ……」
一瞬にして絶頂に達してしまった
その後のセックスはただひたすらに痛く、そして虚しかった。
彼の精液は仕込んでおいた避妊具の中に吐き出され、私の膣内には届かなかった。
あんなに欲しかった彼との子も、今はちっとも欲しくない。
「いい年して子供の一人も作れねえなんて恥ずかしいと思わないのか?おらっ、おらっ、孕め!さっさとガキ産んでみせろ!」
彼は私に罵声を浴びせながら、何度も乱暴に突いてくる。
「うぐっ……」
私は痛みに耐えられず、思わず泣き出してしまった。
どうしてこの人は、こうまでして私を犯したがるのだろう。
「お前、浮気してるだろ」
私の耳元で囁かれた言葉は衝撃的だった。
「え……?」
突然のことに頭が追い付かないでいると、彼は続けた。
「バレてないと思ったのか?若作りして洒落込んで、『お友達』はさぞ喜んでただろ?」
「ぁぅっ……ち、違います!あなたの考えてるような事は一切ありません!純粋で誠実な人です!」
私は必死になって否定したが、彼は聞く耳を持たなかった。
「うるさい!まぁ、良いさ。お互い様ってことだ。だが、忘れるなよ。俺は離婚する気はない。お前は一生俺の性奴隷だからな。わかったら、黙って犯されてろ。ほら、いくぞ……」
そう言って、彼は再び腰を動かし始めた。
***
夫が寝静まった後、私はコートを羽織って家を飛び出した。
行き先はもちろん、律君の家である。
チャイムを鳴らすとすぐに彼の寝惚けた顔が現れた。
「綾さん?こんな夜更けに、どうしましたか?丁度良かった、今日ご近所さんから美味しい桃を頂いたので食べませんか?」
律君は眠そうな目を擦りながら言った。
「あのね、私、あなたが好きなの」
「……え?急にどうし……むぐっ!?」
律君の言葉は最後まで続かなかった。私が律君の唇を奪ったからだ。
「ぷはっ……。ねぇ、抱いてくれるんでしょ?」
律君は一瞬驚いた表情をしてから、困ったように顔を曇らせて私の肩を押した。
「綾さん、いけません。あなたには旦那さんが……」
「関係ないわ。お願い、律くん。今夜だけでいいの。明日からはちゃんとするから。今夜だけ、私の事は寒河江じゃなくて、綾と呼んでくれるなら、何でも言うことを聞くから。お願い、律くん」
私が懇願すると、律君は暫く考えた後に小さく首を振った。
「とにかく入って。外は寒いでしょう」
部屋は夕食の匂いが立ち込めていた。
「独身の男の料理なんてつまらないものですが、何かつまみますか?今夜はサーモンの香草焼きを作ったんです」
パジャマ姿の律君は、お風呂上がりだからだろうか、いつものセットされた髪とは違って少し乱れていて、それが逆に色っぽく見えた。
律君は、お皿に乗った料理を手際良く並べると、ジンジャーエールを注いでくれた。
彼の部屋で、彼の作った料理を食べる喜び。
今だけは世界から切り取られた二人だけの空間。
まるで新婚生活のような幸せを感じる。
私はフォークを手に取り、口に運んだ。ほろりと溶ける白身に、鼻に抜けるハーブの香りが堪らない。
「おいしいです。律君、いつもこんな美味しいものを?」
「お口に合ってよかった。なに、このくらいしか楽しみがないものでね。食事に気を付けていたら、いつの間にか色々試すようになって。でも、あなたが来ると分かってたら、もっと手の込んだものを作ってたんだけどな」
彼の声がいつもより色っぽく聞こえるのは、きっと気のせいじゃない。
「……律君。ひとつだけ、聞かせてくれる?」
「はい、なんでしょう」
「私のこと、どう思っているの?人として、好きなだけ?」
「……綾さんは、とても自己犠牲的で、見ていてハラハラしっ放しです。僕はそんなあなたの力になれるなら、何だってしたいと思っていますよ」
彼はそう言うと、私の目を見て頷いた。
ああ。私がどうしてこの人から離れられないのか分かった。
彼の紡ぐ言葉は借り物ではない、彼にしか作れないもので、私は彼の見る世界をもっと近くで見てみたいんだ。
「さ、もう遅いですし、送ります。旦那さんには僕から謝っておきましょう。綾さんの気持ちが少しでも楽になれば良いんですけど……」
「うん……。ありがとう」
玄関で靴を履き、彼の方に向き直る。
「ご迷惑をお掛けして、大変申し訳ありませんでした。今後ともよろしくお願いします」
頭を下げる私に、彼は優しい笑みを浮かべながら言った。
「うん。僕はいつでもここに居るから、また来て下さい」
ドアノブに手を掛けたその時、突然腕を掴まれ、彼の胸の中に引き寄せられた。
そう、初めて出会った夜と同じように。
「ちょっと、律く……んッ!?」
抵抗しようとした唇が塞がれ、舌が入ってくる。
「……ダメ、誰か来ちゃうから」
「ごめん。やっぱり我慢できない。愛してる、綾。どうか僕のことを嫌いにならないでくれ」
いつもと違う真剣な表情に、心臓がドクンと音を立てた。
そして再び口づけを交わすと、私たちはお互いを求め合うように抱きしめ合った。
彼の身体はやせ細っていて、病気に蝕まれているということがありありと現実味を帯びていた。
彼のペッティングは優しくて、丁寧で、夫とはまるで違っていた。
だけど、私の中に湧いてくる感情は全く違ったものだった。
それはきっと、彼が私のことを本当に想ってくれていると分かったからだ。
そして、私たちの初めての交わりは、とろけるほどに甘く甘美なものになった。
私は彼の上で腰を振り、何度も果てた。
彼の顔を見ると、そこには穏やかな笑顔があった。
「綾、気持ちいいかい?」
「……はい」
「もっと、僕を求めて欲しい」
「もうこれ以上、あなたを求めるわけには行かないわ。無茶をして欲しくないもの」
「僕の体なんかどうでも良い。君を最高に気持ちよくさせたいんだ。旦那にはしてあげられなかった事を、僕はしてあげられる。だから、遠慮しないで求めて欲しいんだ」
ブリュッブリュッと卑猥な音を立てながら、彼のモノが出入している。
私は目を閉じ、快感に身を委ねた。
「あっ、綾、出る……っ!」
ドクンドクンと脈打つと、彼はぐったりとベッドに身を沈めた。
彼の精子が私の中で放出され、温かくて、満たされていく。
そして、夫への罪悪感と背徳感がスパイスとなり、より一層興奮が止まらなかった。
それからも、何度も彼と交わった。化け物のように大きい夫のモノでは届かない奥の奥まで突かれ、子宮口をノックされると気が狂うほどの快楽に襲われた。
私がイっても、彼はまだ満足できないようだった。
「ごめんね、綾。もう少しだけ付き合ってくれるかな? 僕はまだ満足できていないんだ……」
「えぇ、もちろんよ。あなたのお望みのままに……。今夜は朝方まで愛し合いましょう」
彼が再び私の中に入ってくる。
すると、すぐに硬さを取り戻し、激しくピストン運動を始めた。パンパンと肌がぶつかり合う音が響く。
「あぁん! すごい、おっきぃ……!」
「綾、綾、好きだよ。ずっと、君の事を愛してる」
「ああん、嬉しい。もっと、もっともっと愛して!」
こうして私たちは、朝が来るまで愛し合った。
翌朝になると、私の体は綺麗に清められていた。隣で寝ていたはずの彼はすでに服を着て、朝食の準備を始めていた。
「あ、綾さん。おはようございます。昨夜は無理させちゃいましたよね?」
「いえ、大丈夫です。とても充実した一晩でした……///」
「それなら良かった。今、朝食を作っていますのでもうしばらく待って下さいね」
昨夜の獰猛な姿とは打って変わって、彼の態度はとても紳士的だ。
キッチンに立つ彼の背中を見て、気が狂いそうなほどの幸せが込み上げてくる。
「……綾さん。僕は、別れてなんて言いませんからね」
律君は振り返ると、寂しそうに微笑んだ。
「もし、いつか、あなたが未亡人になる時まで僕が生きていたら、もう一度結婚してくれますか?」
私は答えた。
「はい。その時は喜んで。必ず結婚しましょう」
律君が亡くなってから、5年が過ぎた。
あれから、私は妊娠が発覚し、あれよあれよという間に出産した。
どうやら不妊の原因は旦那の方だったらしい。
子供はカナタと名付け、すくすくと成長した。
目元は律君にそっくりだし、顔の輪郭もどことなく似ている。
私に似てくれなくて本当によかった。
そして旦那とは正式に離婚し、私は彼の住んでいたアパートで新しい人生を歩み始めた。
(律君、見てる?私はずっとあなたを愛しているよ)
「ママ、僕のパパはどうしていないの?」
「カナタのパパはね、たくさんの人を救ってきたの。だから神様にお願いして天国に行ったの。天国でみんなを守っているんだよ」
「じゃあ、早く行こ!僕もはやくパパに会いたいなぁ」
「ふふっ、えぇ、いつか行けるようになるわ。いつか天国で、3人で幸せに暮らそうね」
でも、今はまだその時ではない。
彼に助けられたこの命と、確かに愛し合った証とともに、私はこの世界で精一杯生きていく。
私の心の中に、いつまでも彼はいる。
これから先、どんなに辛いことがあっても、きっと乗り越えていけるだろう。
だって、私たちはもう二度と離れることはないのだから。

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