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えーと自発管(コピー)(コピー)(18,848 文字)

私はテレビを観ながら、出演している俳優に悪態をついていた。
「も~、翔くん演技下手すぎ。さっさと練習しろし」
女優のインスタにアンチコメントを繰り返す。
『私の駿君を返せ、このブスが』
ぶぅ~。
「やっば、くさっ」
ボリボリと尻をかきながら缶ビールを飲む。
(あ~あ、明日も仕事だわ。だるっ)
私の仕事は保母である。
でも、私にとって保母と言う仕事はアクセサリーでしかない。
私は生まれた時から物凄い美人で、女子から妬まれる事が多かった。
そんな私が生き残る為に編み出したのが「清純派女子」という仮面。
いつもニコニコ笑っていれば、女からも評判は良いし男も無暗に寄ってこない。
私は男の人が嫌いだ。いつも私の胸やお尻ばかり見て、時には直接やらしい言葉を掛けてくる。
そんな彼らの「餌食」にならないために作り上げたのが、今の「佐藤梨々花」だ。
でも、本当の私はイケメン俳優とのデートを妄想したり、ちょっとブスなアイドルをこき下ろしたりする性悪で自意識過剰の嫌な女。
でも、私はそんな自分を隠さないと生きていけないのだ。
(私と結婚する人なんていないだろうなー)
こんな性格のせいで30にもなって処女、彼氏なし=年齢と言う凄まじき喪女になり果てている。恋愛の知識だけは豊富でも、それを実践した事はない。
(可愛い服着て上目遣いとか……絶対無理!)
そもそも恋愛なんて時間の無駄だし、そんなものにうつつを抜かしている暇があるなら1秒でも長く妄想に耽りたい。
(いつかこんな私にも、恋人が出来るんだろうか?)
同じクラスの市井君。職場で一緒だった木実谷君……ステキだと思う人はいても、もし本当の性格がバレたらと思うと怖くなってしまう。
(私の理想のデートは……)
私の事を一番に考えてくれる男性で、いつも喜ばせてくれて、お洒落なバーやホテルに連れて行ってくれて、気が利いて優しくて……。
それで、カッコ良くて、声が低いと尚良し。
(あ~あ、そんな人、現実に居る訳ないじゃん……)
私は布団にくるまると、大きくため息をついて眠りについた。
翌日、出勤していつも通り働いていると院長先生から声をかけられた。
「梨々花ちゃん、ちょっと良いかしら」
「はい、平野先生」
「梨々花さん、今度うちの病院に新しく育児支援室が出来るのはご存じですよね?」
「はい、存じ上げております」
「よろしい」院長先生はとても厳しい方で、私も時々怒られて凹む事があるけど、仕事に関してだけは信頼している。
「そこでね、あなたにはそこの責任者になってもらいたいの」
「えっ……」私は驚いて言葉を失ってしまった。そんな大役、私に出来るのだろうか?
「あなたの返事を聞かせて貰えるかしら」
「えっと、その……」
自発管になるには、所定の研修を受けなければならない。
キャリアアップにはなるけれど、ますます結婚から遠ざかる……
元々、子供が好きとかそういう動機で始めた訳でもない。ただ何となく、「保母さんってモテそう」みたいなノリで始めただけだ。
「あの……私、その……」しどろもどろになっていると、他の職員が助け船を出してくれた。
「良いんじゃない?梨々花ならしっかりやってくれると思うよ」
「え」
「うん、梨々花先輩は適役だと思います!」
周りの同僚たちが揃って私の賛辞を口にした。
(何でだろう。思い描いていたシチュエーションなのに……全然嬉しくない……)
その夜、家に帰った私はひたすら撮り貯めのヘビロテをしながら、妄想に浸っていた。
(平野先生に認められたのは嬉しいけど……)
『梨々花さんならきっと勤めを果てしてくれるでしょう』
「うう~~~…っ……」
(きっと私はこのまま、恋人もできずに処女のまま死んでいくんだ……)
「そんなん、嫌だぁ~っ!」私は枕を抱きしめて叫んだ。
(あ。そうだ、律君)
律君なら発達障害に詳しいし、相談に乗ってくれるだろうか?
(でも今彼は闘病中だし、負担をかけたくないな……)
それに、律君は私の事をちょっと美化し過ぎなふしがある。
手を出される心配は無いからそこは安心だけど、万が一本物の私がバレたらと思うと怖くて何も聞けない。
「はぁ……」私は大きくため息をついた。
(律君に、失望されたくないな……)
私は律君とデートする妄想をすることにした。
「ねぇ、梨々花さん」
「なに?律君」
私はいつもみたいに律君に膝枕をしてあげた。
「僕、将来梨々花さんみたいなお嫁さんと結婚したいな」
「もう、律君ったら」私が照れていると、彼が私の唇に優しくキスをした。
(私も、律君みたいな人と結婚したいなぁ……)
でもそれは叶わない願いだ。だって私はただの喪女だから。
「梨々花さん、可愛いね」
(あ……だめ。それ以上は……)
私は妄想の中、律君に押し倒されてしまった。
(だめ……だめだってば……!)
私は慌てて妄想を打ち切った。
(これはあくまで妄想であって、願望じゃないから!)
だけど想像の中で律君と抱き合っている間、私は幸せな気持ちで一杯だった。
律君は私と違ってすごく社交的な人だ。私の300倍くらい友達がいると思う。
(私はその中の一人に過ぎないもんね……)
リビングに降りて行くと、妹がおめかしをして出掛ける支度をしていた。
「あれ?どうしたの?」
「お姉ちゃんこそ、こんな時間に起きてくるなんて珍しいじゃん」
時計を見ると朝の8時を回っていた。
(しまった……)私は慌てて身支度を整えると、職場へと急いだ。
「おはようございます」私は挨拶をしながら院長室に入ると、院長先生が険しい顔をして立っていた。
「梨々花さん。あなたこの仕事何年目ですか?大切な子供たちを預かっているという意識は無いのですか?」
「はい……すみません……」
院長先生は私に特別の仕事をさせ(院長室の掃除)、帰る頃には日もとっぷりと浸かっていた。
「あーあ……」
(私、何の為に生きてんだろ……)
ボンヤリと町のネオンに目をやっていると、カフェから2人の男女が出てくるのが目に入った。
(あれは妹と……律君?)
どうして律君がこの町にいるの?
病気で療養してるんじゃなかったの?
どうして妹と楽しそうに笑ってるの?
私の心は急速に冷え切っていった。
「姉ちゃん」私が病院の通用口でぼんやりしていると、背後から弟に声を掛けられた。
「か、海斗?なんでここに?」
「姉ちゃんこそ、こんな時間まで何やってんのさ。母さんたちが心配してたぞ。ほら、帰るよ」
「う、うん……」
私の視線の先にあるものに気付いた弟は、つぶやいた。
「姉ちゃん、うかうかしてると、手遅れになるぞ」
「え?」振り返ると既に弟の姿はなく、私は仕方なく家路を急いだのだった。



失恋は、辛すぎる。
子供の頃、失恋を理由に自殺する人の話なんかを聞いては馬鹿にしていた。
自分は一人でも生きていける。そう思って、ずっと頑張ってきた。
でも、実際に恋をしてみると、こんなに失恋するのが怖いとは思わなかった。
自分が好きになる人が自分の事を好きな確率なんて殆どない。だから、恋を実らせようと行動して傷つく確立と、告白しないままこっそり想い続けていられる確率を比べるまでもなく、告白なんてしないほうがいい。
それでも、梨々花さんに会いたくて、知りたくて、梨々花さんの妹に会ってしまう。
梨々花さんの妹に会えるのは、いい事だ。会えば会う程、梨々花さんを好きになる。
でもやっぱり心のどこかでは梨々花さんに会いたくて辛い。そして、梨々花さんが僕の事を見つめてくれたらとか、可愛い服を着てくれたら……なんて事を願ってしまう。
自分が恋をしていると、もう隠しておけないくらいに頭の中が梨々花さんでいっぱいになる。
梨々花さんの服の下を想像して、自分を慰める。
梨々花さんが僕だけを見てくれたら……僕だけの梨々花さんになってくれたら……なんて事を考えてしまう。
でも、そんなのは絶対に無理だと分かっている。僕は発達障害で、収入もないし、地位もない。しかも病人だ。
梨々花さんみたいな裕福な人達とは、生きる世界が違う。
だから僕は梨々花さんにはもう二度と会わないと決めた。
恋心を隠して、友達付き合いができる程、器用でも強くもない。
だから僕はこの気持ちを押し殺す事にした。そして、新しい恋をする事に決めた。失恋の痛手から立ち直ったら、きっと新しい恋ができると思う。いや……しなくてはいけない。
失恋がこんなに辛いだなんて、考えもしなかった……なんて甘ったれた事を言っている場合じゃない。
「ん、あ、律、激し……」
「ごめん……もう、我慢出来ない……」
僕は舞の中が気持ちよくて、何度も何度も腰を打ち付ける。
「やぁっ……こんな格好やだ……」
僕はうつ伏せの舞の上に覆いかぶさると、そのまま激しく突き上げる。
「はっ……はぁっ……」僕は思わず吐息が漏れる。
舞の白くて滑らかな背中には、僕がつけた赤い跡がたくさん付いている。舞の白い肌には赤い跡がよく映える。
「もっと……もっと強く……」
「ん……んんっ……」舞の中は熱くて、きつく締まっていて、僕を離さない。
「あ……んっ……あっ……」
「あ、ああっ……!」僕は限界を迎え、舞の中に精を吐き出した。
舞は同じ寮に住む友達で、セフレだ。
梨々花さんに振られた悲しみを紛らわすために、僕は舞と身体を重ねた。
「律……今日も可愛かった」
「そ、そう……」僕は少し照れた。
「でも、なんか元気ないね?いつもみたいに激しくなかったし……もしかして体調悪かった?」
「ん、いや、大丈夫、最近調子良いから」
「あ、そうなんだ。それは良い事だね」
「舞の方は調子どう?」
「んー、私も律と同じ感じかな」
僕と舞はとてもよく似ていた。境遇や持っている病気も同じで、辛さを共有できるのが嬉しい。
(それに体の相性も良いしな…)
このまま、舞と結婚するのも悪くないと僕は思っていた。こんなに心が通じ合う人もいないからだ。
(でも……)
(って、また梨々花さんの事思い出しちった)
梨々花さんを頭から追い出すように、頭部を叩いた。
「また『リオ』って子のこと?」
舞は乱れた髪を漉きながら言った。
「ほんとに告白しないんだ」
「する訳ない。フラれると分かってて告白するのはバカだ」
「元々バカなんだから、気にする事なくない?」
「梨々花さんは僕にとっての唯一の心のオアシスなんだよ。だからそれをみすみす手放したくない」
僕は梨々花さんを隠し撮りした写真を眺めながら言った。
(もう、二度と会えないのか)
この日が、僕と梨々花さんが最も近づいた日だった。
2人でカラオケに行ったんだよな。僕はその頃から病気が悪化してきてて、体調不良と緊張が合わさって大変だった。
「で、それだけ?」
「それだけだけど?何もない」
舞はため息をついている。
「女の子が2人っきりで会うのは、好きな人とだけだよ」
「そんな事はないだろ?ただ意識されてないだけって事もある。梨々花さんはね、この世で一番優しい人なんだ」
僕が力説すると、舞はまたため息をついた。
「ラブコメ漫画の読み過ぎだね。現実の女子なんてみんな汚くてずる賢くて傲慢だから」
「本当に?」僕は信じられなかった。「そうじゃない子だっているよ」
「じゃ、その子がもし、律の想像してるような女の子じゃなかったらどうすんの?男に点数とかつけてるような女かもよ?」
「僕の想像に間違いはない」
「え、どっから来んの、その自信」舞はホットパンツを履いた。「だからモテねーんだよ」
「梨々花さんが例えどんな人だったとしても、僕は梨々花さんを一生愛し続ける自信がある」
「いや、本人に言えし…」
「でもさ、僕はマゾなんだよね。梨々花さんはその辺どうなのかな。僕をいじめてくれるかな」
梨々花さんは、僕がマゾだなんて想像もしてないと思う。
「舞は僕の事、いじめてくれるから好き」
「……そういうとこだよ、律」
「ん?」僕は舞の言ってる意味がよく分からず、問い返した。
「どういう意味?」
「帰るわ。また来週ね」
舞はそう言うと僕の額にキスをして出て行った。
「あ、舞……」
一人残された僕は、ベッドメイクをし始めた。
コンドームのつけ方すら分からなかった僕に、色々教えてくれたのも舞だったな。
今では片手でも付けられるようになった。
「はぁ……」
僕はスマホ画面の向こうの梨々花さんを見つめる。
(……梨々花さん……)
梨々花さんとはもう知り合って長い。
中高の6年、同じ学校だったし、大学生になってからも何度か遊んだ事がある。
僕はカメラを拒否している梨々花さんを見つめた。
(梨々花さんは、何を隠してるんだろう?)
「僕に、全部見せてくれたら……」
女の子がどうすれば喜ぶのかなんて、全然分からない。
(そのやり方さえ分かればなぁ…)
女の子との付き合い方なんて分からない。舞は……ちょっと特殊なケースだ。
「お休み、梨々花さん」
僕は写真の梨々花さんに囁く。
(我ながらキモすぎて草)
そんな事を考えながら眠りについた。


妹が帰宅すると、私は玄関に待ち構えていた。
「杏、お帰り」こんな時にも笑顔を崩すことができない私は、さぞかし可愛げのない女だろう。
「ただいま……お姉ちゃん……」妹はバツが悪そうに目を逸らした。
「杏、お姉ちゃんに何か隠してる事あるよね?言ってごらん、怒らないから」
私は努めて穏やかに言う。しかし妹は私を睨みつけると頬を膨らませた。
「律君はお姉ちゃんだけのモノじゃないんだからね!私、律君と付き合ってるんだから!」
「えっ……」私は妹の言葉に固まった。
(律君と……付き合ってる?)
どこかの見知らぬ雌豚だったらまだ許せた。
でも、何で妹が選ばれるの?
どうして、私じゃないの?
私の中にどす黒い感情が渦巻くのを感じる。
「杏は遊ばれてるだけだよ」
「はぁ?なんでそんな事わかるの!?」
「分かるよ。だって律君は私のことが好きだもん」
「律君はそんな人じゃないもん!お姉ちゃんこそ、私ばっかり愛されてるからって嫉妬してるんだ?」
妹は私を嘲笑するように言った。
「私は、律君の彼女です!」
現実と妄想を混同してるって分かってる。
なのに。
(律君、ごめん)
「私と律君はもうエッチだってしたんだから!」
(律君、ごめん)
妹は私の言葉を鵜呑みにしてしまった。
「お姉ちゃんこそ、律君に相手にされてないじゃん!」
(ごめん)
妹は泣きながら家を出て行った。
(私、何してるの?)
私は長女で、大人で、2人のお手本にならなきゃいけないのに。
(律君に謝らなきゃ…)
私は慌てて律君の携帯に電話を掛けた。
「もしもし?」
(え、誰?)
出たのは女の人だった。
「あの、律君の携帯ですよね?」
「ああ、律なら隣で寝てるけど、何か伝言残す?」
「あ、いえ。大丈夫です」私はそう言うと電話を切った。
(そっか……彼女できたんだね)
私はスマホを握りしめたまま、泣いた。
(私ばっかりが律君の事好きなんだ)
私の中の律君像が音を立てて崩れていく。それはまるで砂の城のように脆く、儚げなものだった。
(律君、私はいつでも味方だからね……)
私の目からは涙が止まらなかった。


[律視点]
「ふぁ……おはよ、舞」
「おはよ、律」
舞は裸のまま朝食を摂っていた。
「あれ?」僕のスマホがどこにもない。
「舞、僕のスマホ触った?」
舞はサンドイッチを飲み込むと、楽しそうに指を舐めて言った。
「触る訳ないっしょ」
「そ、そうだよね、ごめん」
僕は髪をかき上げると、パンツとズボンを履いた。
「あ、もう行かなきゃ」
今日は杏ちゃんと遊ぶ約束をしてたんだった。僕はスマホを探すのを諦め、舞に挨拶した。
「じゃあね、また今度」僕は舞の額にキスをした。
僕達は唇でキスをした事がない。やっぱりそういうのは、恋人同士でやるものだと思うから。
「じゃあね」
舞は寂しそうに手を振った。


杏ちゃんとの待ち合わせ場所に着くと、そこには杏ちゃんともう一人がいた。
「律君、おまたせ!」杏ちゃんは僕に駆け寄ると腕に抱きついた。
「久しぶり、杏ちゃん」
僕は彼女の頭を撫でる。彼女は嬉しそうに目を細めると、僕の手をぎゅっと握った。
「ねぇ律君、今日は何して遊ぶ?杏、律君となら何でもいいよ」
彼女は甘えるような声で言うと、僕の腕に胸を押し付けてくる。
その様子を梨々花さんが無表情で見つめていた。
「あはは、杏ちゃん、当たっちゃってるよ。気を付けて」
僕は笑いながら言った。すると杏ちゃんは、少し恥ずかしそうに顔を赤らめると僕から離れた。
「律君、早く行こう?」
杏ちゃんは僕の腕に抱き着いてくる。柔らかい感触が伝わってくるけど、梨々花さんの視線が気になってそれどころではなかった。
「梨々花さん、お久しぶりです。お元気でしたか?」
僕は精一杯平静を装って言う。悟られないように、心の中で念仏を唱えて精神集中した。……よし、大丈夫。
「うん、元気だったよ」梨々花さんは少し間を開けて言った。「そっか、それは良かったです」
梨々花さんはあまり話さない。まぁそういう人もたまにいるし、特に気にしなくても大丈夫だろう。
「今日はどこに行きましょうか?」僕がそう尋ねると、梨々花さんよりも先に杏ちゃんが答えた。
「律君とならどこでも楽しいけど、カラオケに行きたいな!」
「うん、良いね。じゃあ3人で、今日は歌いまくろう!」
カラオケルームに入ると、早速杏ちゃんが曲を入れ始めた。
「律君、一緒に歌おう!」杏ちゃんは僕の手を掴むと、マイクを握らせた。
僕が歌っているとハイボールやらビールやらが運ばれてきて、テーブルの上に並べられる。
「律君、乾杯!」
「うん、乾杯」
僕は杏ちゃんのグラスに自分のグラスを合わせる。すると、梨々花さんも僕に近づいてきて乾杯してきた。
「梨々花さんも、乾杯」
「うん、乾杯」
梨々花さんはビールを一気に飲み干すと、どこか遠くを見るような目をして言った。
「律君、楽しめてる?」
「はい、楽しいですよ」僕は言った。「梨々花さんはカラオケ苦手ですもんね」梨々花さんは下を向いて呟く。「うん、カラオケは苦手……」
僕はしばらく考えた後、言った。
「梨々花さんが行きたい所があれば、今度一緒に行きましょう」
梨々花さんはしばらく僕を見つめた後、こくりと小さく首を縦に振った。


[梨々花視点]
「…さん。梨々花さーん、起きて下さい。帰りますよ」
律君の声が聞こえる。私は眠い目を擦りながら起き上がった。
(やばっ、寝ちゃってた…)
「梨々花さん、疲れてたんですね。すみません、遅くまで付き合わせて…」
律君は申し訳なさそうに頭を下げた。「ううん、気にしないで」私はそう言うと欠伸をした。
今日は久しぶりに律君から連絡があったので、食事に出かけたのだ。
「梨々花さん、もし良ければ家まで送っていきますけど」
「大丈夫。そこまでしなくて良いから」私は首を振った。
(ちょっと飲みすぎちゃったかな……)
私は立ち上がると、ふらりとよろめいた。律君が慌てて支えてくれる。
「だ、大丈夫ですか?」
「ごめん、ちょっと立ち眩みがしただけ。少し休めば平気だから」私はそう言うと、ソファに座りなおした。
「本当にすみません。買い物に付き合わせちゃって。しかも、梨々花さんの服なのに僕が選ぶなんて」
「気にしないで。私がしたくてしたことだから」私は首を横に振ると、微笑んだ。
(やっぱり、淑女っぽい笑い方って疲れる…)
昨日は律君とのデートが楽しみすぎて寝れなかったし、今日は朝寝坊したせいであまり食事が進まなかったし、律君の前では淑女を演じなきゃいけないし、色々なことが重なりすぎて精神的に疲れていた。
(でも、この格好は嫌いじゃないんだよね)
今日の私は、ワンピースにカーディガンという清楚な装い。律君に褒められたし、頑張って選んだかいがあった。
「律君、今日は楽しかった?」
私が尋ねると、彼はにっこり笑って言った。
「はい、すごく楽しかったです」
こんなふうに楽しそうに笑う律君は珍しい。私まで嬉しくなってしまった。
「でも…」
「でも?」私は首を傾げる。彼は少し言いづらそうに口ごもった後、続きを口にした。
「僕は、梨々花さんが楽しんでくれたらそれで充分なんで、あまり気を遣わなくていいよ」
「えっ?」私は思わず聞き返す。彼は少し照れたような素振りを見せると、咳払いをして続けた。
「梨々花さん、無理してるんじゃない?僕はもっと、梨々花さんの好きなものが知りたいです……」
「私の好きなもの……?」私は首を捻る。
(そう言われてもなぁ……)私は考えるふりをしながら、頭の中で別のことを考えていた。
(私の好きなものは律君だから……)
そこではっとする。私は今、彼の前でどんな顔をしているのだろう。
「どうしたの、梨々花さん」律君が心配そうに言う。私は慌てて笑顔を作ると、「何でもないよ」と答えた。
「それより、ごめんね。今日は杏じゃなくて」
私は話題を変えるために、妹の話を始めた。律君は「あぁ……」と呟くと苦笑いを浮かべた。
「僕、別に杏さん好きって訳じゃないですよ」
「そうなの?」私は意外に思った。男子はみんな、ああいう明るい子が好みだとばかり思っていた。
「ただ単に、杏さんから誘ってきただけです」
「でも、最初にコンタクトを取ったのは律君のほうでしょ?だって杏は律君の連絡先知らないはずだし……」
言っていて、これじゃなんだか私が律君のことを疑っているみたいだな、と思った。
「あ……」私の顔を見て何かを察したのか、彼は苦笑いを浮かべた。
「もしかして、梨々花さん僕と杏さんが付き合ってるか知りたかったの?それで今日、僕を誘ったの?」
図星を突かれて私は思わず硬直する。律君は呆れたような視線を私に向けた。
「心配しなくても、梨々花さんは僕の……」律君はそこで口をつぐんだ。
「律君?」
(僕の…何?)
友達?幼馴染?それとも……
「あ……えと」律君の視線が泳いでいる。そしてしばらくして、意を決したように口を開いた。
「……杏ちゃんや海斗君に近づいたのはですね……外堀から埋めようと思ったんです」
「え?」私はぽかんとして口を開けた。
(外堀を埋める……?それって……)
「梨々花さんは僕の事友達だと思ってるだろうけどね……男女に友情は成立しないんだよ」
律君は私の顔を見つめた後、手を伸ばしてきて、私の指先を握った。
「僕が本気なのは、梨々花さんだけです」そう言って、彼は私の手の甲にキスをした。
(ど、どうしよう……)私は顔が熱くなるのを感じた。律君は私をじっと見つめてくる。
「梨々花さんにとっては社交辞令でも、僕にとっては本気です」
「う、うん……」私は胸がドキドキした。律君の瞳に見つめられると、彼のことしか考えられなくなる。
「梨々花さん……」彼の顔が近づいてくる。
(ど、どうしよう、これってまさか……)
私は心臓の鼓動が激しくなっていくのを感じた。
「タンマ!タンマっ!」私は律君を突き放すと、一目散に逃げだした。
「えっ、梨々花さん!?」
後ろから律君の声が聞こえてくる。私は振り返らずに、全力で走った。
(やばい……このままだと心臓が破裂する……)私は息苦しさを感じて、足を止めた。
「梨々花さん、待って……」後ろから律君の声が聞こえてくる。
(え、もう追いついてきたの!?)
振り返ると、彼は肩で息をしていた。
「いつも、僕の事を考えてくれる梨々花さんに、僕はもう夢中なんだ」
律君は私を抱き寄せると、強く抱きしめた。私は抵抗できなかった。
「好きだよ、梨々花さん。僕の女神」彼は私の耳元で囁いた後、首筋に頭を埋めてきた。
「律君……」私は彼の背中に腕を回した。彼は優しく私の頭を撫でてくれる。
(ああ……この幸せが永遠に続けばいいのに……)
でも、私は知っている。
男の人はみんな、私の本当の姿を見たら離れていくということを。
今までずっと、そうだったから……
「律君……ごめんなさい」私はそっとつぶやいた。
「……梨々花さん?」
「私は、律君が思ってるような人じゃないよ……本当はすごく性格悪いし、嫉妬もする」
律君は黙って私の言葉を聞いてくれている。
「ほんとはメイクもお洒落も面倒臭いし、家ではゴロゴロしてるし、人付き合いも面倒だって思ってる」
私は律君から離れた。そして彼の顔を見つめた。
「……私は律君の期待には沿えないと思う。だから、ごめんなさい。律君の気持ちは嬉しいけど、私はあなたと付き合えない」
律君の表情が少し曇った。でも彼はすぐにふっと笑うと、口元に手をやった。
「何を言い出すのかと思ったら……今のでますます好きになったんだけど?」
律君はいたずらっぽく笑うと、私の両頬に手を添えた。
「僕ねえ、チンポがすごく小さいんですよ」
「えっ!?」私は驚いて声をあげた。
(律君ってば、急に何を言い出すの!?)
律君はニコニコしながら続けた。
「見たくないですか?僕の極小チンポ。今なら叩いても引っ張っても怒りませんよ」私は少し考え込んだ。
(……叩いても引っ張ってもいいの?)
そんなことを考えているうちに、興味がわいてきた。
(そういえば、男の人のおちんちんってどんななんだろう?)
私は好奇心に負けて、じっと律君の股間を見つめた。
「梨々花さん、見たいんですね」
私はコクリとうなずいた。律君は私の手を引っ張りながら、トイレに入った。
「梨々花さん……ほら」律君はベルトに手をかけてズボンを下ろした。
「えっ!?な、なんでパンツ脱いでるの?」私は思わず顔をそむけた。
(ど、どうして!?なんでパンツ脱ぐの?)
律君がくすくすと笑う声が聞こえた。私はおそるおそる視線を戻した。
(え、なんで……)
私は思わず息を吞んだ。律君の股間は、本当に小さかったのだ。
「うう……」私は絶句してしまった。律君は恥ずかしそうに笑う。
「僕の極小チンポ、可愛いでしょう?」私はどう答えていいかわからず黙っていた。すると律君は私の頭を撫でてくれた。
「でも、梨々花さんには僕の全てを受け入れて欲しいんです」そう言って彼は優しい笑顔を見せてくれた。
「律君……」私は胸がキュンとなった。
(そうだ……たとえ小さくても、律君が好きだという気持ちは変わらない)
私は思い切って、彼の股間に顔を近づけた。
(うわ……ちっちゃい……)
「梨々花さん、無理はしなくていいですよ」律君は優しく言ってくれた。
(律君の優しさに応えたい)私はそっと彼の股間に触れた。
「っ……梨々花さん……手つきがやらしいですよ」
「えっ!?」私は恥ずかしくなって手を引っ込めた。律君はくすっと笑うと、私の手を摑んで引き寄せた。
「いいですよ、触っても」私は再び彼の股間に触れた。
(小さくなってる……)
私は優しく撫でながら、彼のモノを口に含んだ。
「っ!ん、梨々花さん、まだ早い……」
私は舌で律君のモノを刺激し続けた。彼はビクビクと身体を震わせている。
(律君の気持ち良さそうな声、かわいい……)
「おっきくならないね」
睾丸を両手で揉み解しながら、口の中に全部入れて、口の中で転がす。
「あ、やば、待って、梨々花さん」律君の声は裏返って、すごく切羽詰まっていた。
私は口を離すと、手で彼のモノを扱き始めた。
「おっきくなってきたね」
皮を捲るように上下に動かしながら、唇で食むように先のほうを吸う。
「梨々花さん、も、もう出ちゃいます」私は彼の先端をペロリと舐める。
「ダメだよ、我慢して」舌先で尿道を刺激して、手で扱く速度を上げる。
「梨々花さん……イっちゃう……」律君の言葉に、私はさらに激しく扱く。
「出して」そして律君のモノをぎゅっと握った瞬間、勢いよく熱い液体が飛び出してきた。
「んぅ!?」私はびっくりして口を離してしまった。私の口の中には、白い液体が残った。
「梨々花さん……ごめんなさい……」律君は申し訳なさそうな表情を浮かべていた。「ん、いいよ」私は口の中に出されたものを飲み込んだ。
(これが……律君の味なんだ)
私は微笑みながら、律君の頭を撫でた。
「梨々花さん……」律君は私の胸に顔を埋めた。
(なんだか赤ちゃんみたい)私は彼の頭を優しく撫で続けた。
「梨々花さん、もう我慢できないです……僕と……僕とセックスしてくれませんか?」律君は私のお尻を揉みながら、息を荒げて懇願してきた。
「律君。ここじゃ嫌。続きはベッドでしよう?」
私は律君に抱きついた。彼は嬉しそうにうなずくと、私をお姫様抱っこしてベッドのある所へと連れて行った。


[律視点]
梨々花さんとの初めてのセックスは絶対、夜景の見える高級ホテルでと決めていた。
舞と行くような安っぽいラブホなんかじゃない。律と梨々花さんが初めて結ばれる記念すべき場所だ。
「わぁ……綺麗な夜景だね」梨々花さんは窓の外を見て、感嘆の声を上げた。
「気に入ってもらえたなら良かったです」そう言いつつ、僕の頭の中はもうセックスの事しかない。
(大丈夫、コンドームはポケットに入ってるし、ローションも買っておいた)
「ふふ、律君。緊張してるの?」梨々花さんはいたずらっぽく笑いながら、僕の隣に座ってきた。
「そ、そんなことないですよ…」
(梨々花さん、僕の思ってた100倍痴女なんだけど!?)
梨々花さんは僕をじっと見つめると、首に腕を回してキスをしてきた。
(え、もう!?いきなり!?)
梨々花さんの舌が僕の口の中に入ってきて、舌と舌を絡め合う。
「んぅ……んん……」梨々花さんの吐息が漏れる。
僕は梨々花さんの胸を揉みながら、彼女の首筋に舌を這わせる。
「あ……だめ……律君……」
「梨々花さんは何もしなくて良いから……僕に全部委ねてくれれば良いですから」
ここからは男の本領だ。
僕は梨々花さんをベッドに押し倒すと、首筋に強く吸い付いた。
(よし、キスマークついた)僕は梨々花さんの服を脱がすと、彼女の胸にしゃぶりつく。
「あっ……あん……」梨々花さんはビクビクと身体を震わせている。
(感度も良いし、こんな美人な人が僕の恋人だなんて……幸せすぎる)
「梨々花さん……」僕は彼女の胸にしゃぶりついたまま、指先を絡めて恋人繋ぎをする。
「律君……お願い、そろそろ入れて……」梨々花さんが潤んだ瞳で見つめてくる。
「ええ、もちろん」僕はズボンを脱ぎ捨てると、梨々花さんのパンツを脱がせた。
そして自分のモノを梨々花さんの割れ目にあてがうと、一気に挿入した。
(うっ…!)
「あぁっ!」梨々花さんの身体がビクンと跳ねた。
(す、すごい締め付けだ……)
「やば……気持ち良い……」思わず声が出てしまった。
「律君、動いても良いよ」梨々花さんの言葉に、僕はゆっくりと腰を動かし始めた。
「ん……あ……」梨々花さんは小さく喘いでいる。
(梨々花さんが……僕の下で喘いでる……)
その事実だけで、僕は限界に達しそうになった。
「律君……」梨々花さんは僕に向かって手を伸ばすと、キスをしてくれた。
「梨々花さん……」僕は彼女の手を握り返すと、さらに激しく動いた。
「律君……気持ち良い?」梨々花さんは切なげな声で聞いてくる。
「はい、最高です……」
「良かった……。じゃあ、もっと気持ち良くしてあげるね」梨々花さんはそう言うと、僕の首に腕を回してキスをしてきた。
そして舌を絡ませてくると同時に、膣内がきゅっと締まった。
(ちょっ……!ヤバすぎる!!)僕は梨々花さんを抱きしめたまま、絶頂を迎えた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「律君……すごく良かったよ」梨々花さんは優しく微笑むと、僕の頭を撫でてくれた。僕は茫然としてしまって、何も言えなかった。
(こんなはずじゃなかったんだけど)
気の利いた台詞を耳元で囁いて、梨々花さんをメロメロにする作戦が……。
(情けなさすぎる……)
僕は落ち込んでしまった。しかし、そんな僕を梨々花さんは抱きしめてくれた。
(ああ……幸せすぎるな、これ……)
梨々花さんの体を知ってしまった以上、僕はもう梨々花さん無しで生きて行く事はできないだろう。
僕は一生、梨々花さんの事を離さない。


(梨々花視点)
「律君、気持ちよかった?」私はベッドの中で横になっている律君に抱きついた。
「はい……最高でした」
(ふふ、良かった)私は心の中でガッツポーズをした。
「じゃあ、またしようね」私はそう言って律君の頬にキスをした。
(今日は最高の一日かも……)
私が余韻に浸っていると、律君が「あ、そうだ」と思い出したように口を開いた。
「梨々花さんって今、児童発達支援管理責任者として働いてるんですよね?」
「うん、そうだよ?」突然どうしたのかな?「もしかして何か相談事でもあるの?」私は体を起こして律君に訊ねた。
「ううん、別に……」律君は枕に顔を埋めて、恥ずかしそうに呟いた。
「……?」私は律君の言っている意味がよく分からなかったけど、とりあえず頭を撫でてあげた。
「ん…きもちいい…」律君がのんびりした声で言う。
「僕は梨々花さんの力になりたい…梨々花さんを支えたい……でも、実際は僕が梨々花さんに助けられてばかりだ。僕が発達障害なばっかりに」
律君は悔しそうに拳りしめながら、切なげな声で言った。
(もしかして……律君、自分に自信が無いのかな?)
私は律君の頭を撫でながら思った。
「律君、自分を責めるのは良くないよ」私は優しい声で言う。
「でも……梨々花さんの役に立ちたいんだよ。それで、褒められて、撫でてもらいたいんだ」
「よしよし」私は律君の頭を思いっきり撫でてあげた。
すると、彼は嬉しそうに微笑んでくれた。
(あ~、可愛い…)
私は思わずキュンとしてしまった。
「律君、ありがとうね」私が感謝の言葉を口にすると、律君は不思議そうな顔で首を傾げた。
「何がありがとうなの?」
「律君はいつも私を助けてくれてるでしょ?だから、ありがとうなんだよ」私がそう言うと、彼は嬉しそうに笑った。
「本当!?僕、梨々花さんの役に立ててる?ほんとに迷惑じゃないの?」
「もちろん。律君が居てくれるから、私は毎日頑張れるんだよ?」
私がそう言うと、彼は安心したような表情を見せた。
「じゃあ、もっと頑張るね」彼はそう言うと、私の胸に顔をうずめてきた。
「もう……甘えん坊さんなんだから」私は律君の頭を撫でた。
(よしよし……)
「ねぇ、梨々花さん」彼が何か思いついたように言った。
「ん?」私が首を傾げると、彼は私の胸から顔を上げて言った。
「これからよろしくね」
「うん!よろしくね」私は笑顔で答えた。
(これからもずっと一緒に居ようね)心の中でそう呟き、彼の唇にキスをした。


「ただいま……」
玄関のドアを閉めると、私はそのままベッドに倒れ込んだ。
(私、律君と……)
律君との情事を思い出し、胸がきゅーっと締め付けられた。
(ああもう……すごくドキドキしてる……)
私は枕に顔をうずめ、足をバタバタと動かした。
(律君……かっこよかったなぁ)
彼の顔や声、肌の感触を思い出すだけで体が熱くなる。
(律君、私の事好きって言ってくれてたよね)
律君は私を抱きしめて『愛してる』って言ってくれた。
(すごく嬉しかった)
私は枕を抱きしめて、ベッドの上でゴロゴロと転げ回った。
(律君……好き)
私は枕に顔を埋めて、律君に思いを馳せる。
「早く会いたいな……」
律君は素のままの私でいてもいいと言ってくれた。
でも、やっぱり私は仮面を剥いだら、醜い女だ。
自己中で、ずるくて、わがままな女だ。
(律君に嫌われたら…私は…)
「ん…律、君…」
私は濡れた下着の上から割れ目に指を添えて、ゆっくりと上下に動かした。
「あぁ……んっ……」律君の指が、私に触れてくれる所を想像する。
「ああ……律君……」私は目を閉じて、律君が与えてくれる快感に浸った。
「んっ……あっ……」下着の中に入れた指で、私の弱い部分を刺激する。
「あ、あぁ、律君、イ、イク……」私は体を弓なりに反らした。
「はぁ……はぁ……」肩で息をしながら、自分のした事に罪悪感を覚える。
(私、何やってるんだろ……)
「律君……」私は枕に顔を埋めて呟いた。


梨々花さんとお付き合いする事になった。
なったのは良いんだけど、お互い職場も住む場所も違うから、デートに誘わなければ会うことが出来ない。でも…
(デートの誘いっていつしたら良いんだ?)
そして、どこに誘えばいいのか…
(あーもう、何で僕はこんなにダメなんだろう)
デートひとつ上手く誘い出せない。もっとスマートでかっこ良くならないと、梨々花さんに愛想を尽かされてしまうかもしれない。
(どうすればいいんだろう……)
僕は頭を抱えた。そして、ふと気が付いた。
(そうだ!同棲したら良いじゃん!)
僕は明日からでも同棲したいのだけど、女の子ってすっぴん見られるの嫌がるよね。
(なるべく梨々花さんが素のままで過ごせるようなデートスポットってどこかな?)
梨々花さんの自宅とか、僕の部屋とか?
(あ、でも梨々花さんは恥ずかしいかな……)
僕はうーんと唸りながら考え続けるが、どう誘い出せば良いのかわからず、とりあえず梨々花さんにメッセージを送った。
『もし良かったら今度一緒に映画でも行きませんか?今見たい映画があって……』
すると、すぐに既読がついて返信が来た。
『行きたいです!』
僕はそのメッセージを見ただけでドキドキしてしまった。
(梨々花さんとデート…)
もうそれだけで頬が緩む。
(だめだめ、かっこいい男にならないと…)
クールでかっこいい男になって、梨々花さんを満足させるんだ。
(よし!頑張ろう!)
僕は張り切ってスマホを閉じた。


(デート!嬉しい)私はベッドの上で足をバタバタさせた。
(律君と映画デート)
私はスマホを操作して、律君が送ってくれたメッセージに返信をした。
『私も律君とデートしたいです!』
『良かった!じゃあ、来週の金曜日とかどうかな?』と返ってきた。『大丈夫です!』私はワクワクしながら返信した。
(あ、でも……)私はある事を思い出した。
(私、スッピンで行ってもいいのかな?)
私は自分の素顔を曝け出す事に抵抗がある。メイクをしないと外出できないのだ。
(でも、律君は私に素のままの私でいて欲しいって言ってくれた)
「よし、決めた!」私は勢いよくベッドから飛び起きて、クローゼットの中から服を取り出した。
「メイクしよう!」私は鏡の前に立って、自分の顔と向き合った。
(律君の前だと、私は本当の自分を出せる)
メイクをする時は、自分の中にある女らしさを封印しなきゃいけない。
(でも、律君の前では素の自分でいる)
メイクを落とすと、私は自分の手で自分の顔を撫でた。
(律君が好きって言ってくれたから……)
メイクをする度、鏡に映る自分の顔をまじまじと見る。
「可愛い」私は自分に向かって呟いた。


「梨々花さん!」
律君は私を見つけると、飛びついてきた。
「会いたかった……」
「私も……」
私たちはギュッと抱き合った。
(あ、律君の匂いだ……)と香るシャンプーの匂いに私はドキッとした。
(あ、律君だ……)
腕に感じる体温に、私は安心感を覚えた。
「じゃあ、行こっか」
「うん!」私達は手を繋いで歩き出した。
(あぁ、幸せ……)
律君の隣を歩くだけで心が弾む。こんなに幸せな気持ちになれるなんて。
(律君、好きだよ)
私は心の中で呟いた。


映画館に着くと、上映中の映画のポスターの前に立った。
「梨々花さん、どれ観る?」
「んーと…」
(あ、これ、駿君が出る映画だ…)
私の好きな男性モデルが主演を務める映画だった。
(でも、律君の前で観たくないな……)
私は迷っていた。すると、律君は私に訊いた。
「梨々花さん、好きなの観て良いんだよ?僕に気を遣わなくて良いから」
「う、うん……」
(どうしよう……)私は迷った。
でも、やっぱり律君には喜んで欲しい。
「じゃあ、これ……」
私は律君の服の裾を引っ張った。
「ん?」
「これ、観たい……」と小さな声で言うと、律君は嬉しそうに微笑んでくれた。
「うん、じゃあそれ観ようか!」
私達はチケットを買って席に座った。
映画の内容は、駿君が出ていることもあって、とても面白かった。
「面白かったね」私が言うが、律君はなぜか浮かない顔をしていた。
「あれ?どうしたの?」と聞くと、律君は下を向いて言った。
「…かっこいい人たくさんいて嫉妬した……」
「ふふ、律君もかっこいいよ?」
私が笑いながら言うと、律君は目を潤ませて私を見た。
「ほんと?」
「うん」
(本当、かっこいいよ)と心の中で呟いた。
律君は分かりやすいくらいご機嫌な表情を浮かべた。
(可愛い……)
私は思わず笑みがこぼれた。
(あぁ、幸せだな……)
私は幸せを嚙みしめた。


映画館を出た私達は、近くのカフェに入った。
注文したコーヒーが運ばれて来ると、律君は口を開いた。
「ねぇ、梨々花さん」
「ん?」私は首を傾げた。
「あの…これからの事なんだけど…」
「うん」
(律君、どうしたんだろう……?)
私はドキドキしながら彼の言葉を待った。
「仕事…梨々花さんは続けたい?」
「え……?」
私は一瞬戸惑った。
(仕事……続けるか、辞めるかって事?)
「うん、続けたいよ」私は迷わず答えた。
保育士になったばかりの頃は、早く結婚して辞めたいと思っていた。
でも、今は違う。発達支援の資格を取って、発達障害児の療育をするようになってからは、仕事に対するやりがいも感じるようになった。
「そっか……」律君は少し安心したような表情を浮かべた。
「僕は貧乏で、年収も低いでしょ。そんな僕と付き合ってるのが梨々花さんに申し訳ない気持ちでいっぱいになるんだ」
「そんな事……ないよ……」
(律君、そんな事を考えていたんだ……)
私は胸がきゅっと締め付けられた。
「それでも……そんな僕でも、本当に一緒に居てくれるのかなって、毎晩不安になる」
「律君……」私は言葉を失った。
(そうか……)私の中でストンと腑に落ちた。
(律君は……いつも不安だったんだ……)
「だから……」と律君が言いかけると、私は「待って」と言った。
「……結婚しようよ」私はポツリと呟いた。
「え……?」律君は驚いた顔で私を見つめた。「今……なんて……?」
「結婚しようよ」私はもう一度言った。
「梨々花さん……」律君はそれだけ言うと、固まってしまった。私は続けた。
「律君が不安な気持ちを抱えているなら、私がそれを埋めるように頑張る。律君の居場所になれるように努力する。だから、一緒に居させて……」
私がそう言っても、律君はまだ固まったままだった。
「……夢か?いつの間に寝たんだ、僕は」
「夢じゃないよ。しっかり起きてる」
律君はびっくりした顔で私を見た。
「梨々花さん、本当に……?」
「うん」私は頷いた。すると、律君の瞳から涙が流れ始めた。
「嬉しい……」律君は涙を拭いながら、私を見つめた。
(あぁ、この人は本当に私のことが好きなんだ……)
私は改めて律君への愛しさを感じた。
(私も、律君のことが大好き……)
私は腕を伸ばして、律君を抱きしめた。そして彼の耳元で囁いた。
「私と結婚してくれる?」
律君は私の胸に顔をうずめた。そして、くぐもった声で答えた。
「はい、よろしくお願いします……」


「やーい、おまえのちんちん、ちびちんちん」
「枯れキンタマー」
「クリトリス!」
「まんこ見せろよ、まんこー!」
僕は生まれた時から絶対的弱者だった。
ちんちんもずっと大きくならなくて、体つきも細くて、ずっと女みたいだと言われ続けた。
男らしくなりたくて入った柔道部も、骨折して辞めてしまった。
仕事も見つからなくて、「発達障害」の診断を貰って障害年金で暮らしている有り様。
一生、自分は独り身だと思っていた。
セフレは何人かいたけど、それは本当に会ってただヤるだけで、恋愛には発展しなかった。
好きな人も何人かいたけど、そんな人達とは一度も会話することなく卒業した。
恋人未満の女友達はたくさんいたけど、何故かいつも嫌われた。
そんな僕を、唯一嫌わないでいてくれたのが梨々花さんだった。
僕は梨々花さんの為ならどんな事だってできると思う。梨々花さんの命令なら、例え死んでも良いと思った。
梨々花さんは僕に居場所を与えてくれた人なんだ。
(でも……だからって……これは展開が早すぎる!)
まだセックスだって1回しかしてないし、付き合ってからまだ3ヵ月しか経っていない。
(元はと言えば僕が仕事や年収の話を持ち掛けたからではあるけど…)
でも、それは重要なことだと思ったから、付き合い始めの時にハッキリさせておきたかったのだ。
だって僕と一緒になる以上、貧乏は避けられないし、贅沢なんてできるわけがない。
「あの……梨々花さん」
僕はおずおずと梨々花さんに話しかけた。
「何?どうしたの?」と梨々花さんは微笑んだ。
「さっきは結婚するって言いましたけど……その、『結婚を前提にお付き合いする』という意味ですよね?」
僕は念のために確認した。梨々花さんが結婚式の日取りまで決められてしまったら大変だからである。「ううん、違うよ」梨々花さんは首を横に振った。
(え……?)僕は驚いて言葉が出なかった。「私達、今日で付き合って3ヵ月でしょ?だから今日は初夜だと思って……」
「しょ……!しょ、初夜……!?」
「そうだよ」と梨々花さんは微笑んだ。
(ど、どうしよう……)と僕は内心思った。
「これから、新居を探しに行こう」と梨々花さんは明るく言った。
「え……?新居……?」と僕は戸惑った。
「そう、二人の愛の巣だよ」と梨々花さんは言った。
「け、結婚の話は……?」僕が聞くと、彼女はニッコリと笑った。
「もちろん、するよ?」
(な、なんだ……この流れは……?)僕は頭がクラクラしてきた。展開の早さに頭が追い付かない。
(3カ月前まで、自分は一生独り身だと思っていたのに、今は最愛の人と結婚して新居に住む予定になっているなんて……)
「大丈夫?」と梨々花さんが心配そうに僕を見た。
「は、はい……」と僕は答えた。正直言って、全然大丈夫じゃないけれど、梨々花さんに心配はかけたくない。
「じゃあ行こうか」と彼女が言ったので、僕は黙って頷いた。
(でも、これが現実なんだよな……)と僕は思った。
(そもそも僕はまだ梨々花さんのすっぴんを見た事がないぞ…)
でも、結婚するって事は、すっぴんも見るし、お風呂で裸も見るだろうし、セックスだって……するんだよな……?
(どうしよう……!)僕は内心頭を抱えた。勿論顔が問題な訳ではない。どんな梨々花さんでも僕は愛せる自信があるけれど、その、もうちょっとお互いをよく知ってからの方が良くないか……?
「ねえ、律君」と梨々花さんが僕に話しかけてきた。僕はハッと我に返った。
「は、はい……!」と僕は慌てて返事をした。
「今日は楽しみだね!」
(あ…そうだ)
これか…僕が梨々花さんに惹かれた理由は…。
梨々花さんはいつだって、物事を全力で楽しむ人だ。
僕みたいにウジウジいつまでも悩んだりしない。
百合の花のように美しくて、高貴で、輝いている。
「梨々花さん……僕は何があっても、貴女の事を愛しています」と僕は言った。
「ありがとう、律君……」彼女は幸せそうに笑った。
僕も思わず微笑んだ。
「私も、律君のことが好きだよ……」と梨々花さんが言ったので、僕は梨々花さんを抱き締めた。
「さぁ、新居を探しに行きましょう!」
と僕は元気よく言った。
「うん!行こう!」
(梨々花さん……僕の、最愛の人……)
こうして、僕は最愛の人と共に新しい人生の幕を開けたのだった。
(完)

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