【専門医向け】特発性冠動脈解離についてまとめてみた 2023.11
近年、冠動脈イメージング技術の進歩に伴い、これまで明らかにできなかった急性冠症候群(ACS)の原因も同定することができるようになってきました。従来は不安定プラークの破綻がACSの主な原因とされていましたが、現在ではerosion(浸食)やcalcified nodule(石灰化結節)などの頻度が想定していたより多いことがわかり、それ以外の原因も特定できるようになりました。
このような状況の中で最近注目されているのが、特発性冠動脈解離(Spontaneous Coronary Artery Dissection: SCAD)です。
SCADは比較的まれな疾患であるため、この疾患に関する知識はまだ充分には集積されていません。そのため、一般的なACSと比較して、確立された診断法や治療法がまだ確立されていません。
そこで、今回は特発性冠動脈解離(SCAD)に焦点を当て、現在明らかになっている範囲で解説していきます。
今回の記事は、日本循環器学会が発表している「急性冠症候群診療ガイドライン(2018年改訂版」と以下の文献を参照しています。
- Hayes et al. J Am Coll Cardiol 2020;76:961–84
- Clare et al. J Am Heart Assoc. 2019;8:e012570.
- Mehmedbegović et al.Front Cardiovasc Med. 2023 Oct 18:10:1270259.
特発性冠動脈解離(SCAD)とは
特発性冠動脈解離(SCAD)は、冠動脈の血管壁に解離が自然発生することにより血管壁内に血腫が生じ、血腫が内腔を圧迫することによって、冠動脈狭窄・閉塞を起こす病態です。ACSや突然死の原因となることが知られています。
SCADの頻度は報告によって様々で、Clareらの報告では急性心筋梗塞(AMI)と診断された症例の0.78%がSCADであり、そのうちの88.9%が女性だったと報告しています。また日本循環器学会のガイドラインでは以下のように記載しています。
動脈硬化によるACS症例と比べると、SCAD症例は高血圧や脂質異常症といった動脈硬化のリスクファクターの保有率が少ないことが報告されています。
このように本疾患は、「冠動脈危険因子を持たない中年女性」に好発することが示されています。
SCADの発症メカニズムは現在も不明ですが、結合織異常、性別、遺伝、環境、身体的・精神的な誘因などの要素が複合的に影響するとされています。
また本疾患は妊娠との関連が注目されています。妊娠関連特発性冠動脈解離(P-SCAD)は、SCAD症例全体の5%未満〜17%、妊娠関連AMIの14.5%~43%を占めると報告されており、妊婦さんにおけるACSでは本疾患を鑑別に入れる必要があります。
SCADの症状
SCAD患者の大多数は胸痛を主訴として発症し、急性心筋梗塞(AMI)に該当する所見、すなわちバイオマーカーの上昇や心電図の異常などを示します。しかし、胸痛以外にも、心室性不整脈、心原性ショック、さらには突然死を契機に発症することもあります。
また、多くのSCAD症例では発症に何らかのきっかけがあると言われており、「極度の身体的・精神的ストレス」がその引き金として最も一般的であると報告されています。
しかし、私たち全員が日々体験する身体的・精神的ストレスは、SCAD(自発性冠動脈解離)の患者に限らず共通しています。そのため、医師が「最近、ストレスを感じる出来事はありましたか?」と尋ねると、多くの人が「そういえば…」と思い当たる節があるでしょう。従って、ストレスがSCADのトリガーとなるという仮説については、慎重に検討する必要があると個人的には思います。
SCADの冠動脈での後発部位は、血管の中部〜遠位部であり、枝は左前下降枝(LAD)に多いと報告されています(Clareらの報告では、SCAD症例の42.2%に前下降枝病変を認めたと報告しています)。
SCADの診断
SCADの診断に最も一般的に使用される検査法は、冠動脈造影検査です。というより、臨床現場ではACS症例に冠動脈造影検査を実施した結果、SCADであることが判明するという言い方が正しいかもしれません。
しかし、本疾患の診断は血管造影を行なっても容易とは言えず、検査する際に本疾患を鑑別に浮かべられるかがキーになります。
Mehmedbegovićらは、冠動脈造影検査でSCADを疑う所見として以下のものを挙げています。
- 極端な冠動脈の(スクリュー状の)血管蛇行
- 血管の中部から遠位部のセグメントに好発
- 併存するアテローム性動脈硬化症がないこと
- 血管内腔の均一な減少
- 帯状のradiolucent filling defectsまたは動脈壁内の造影剤の濃染
血管造影だけではSCADの診断が困難な場合があります。そのため、光干渉断層撮影(OCT)や血管内超音波(IVUS)などの血管内イメージング技術の有用性が指摘されています。これらのイメージングは、内膜フラップの有無、血腫の進展長、血栓の有無、アテローム性動脈硬化の欠如など、SCADに特徴的な所見を詳細に評価できます。
ただし、これらの検査は冠動脈内に器具を挿入する必要があり、血管造影単独よりも侵襲性が高くなります。解離を悪化させる可能性があるため、これらの検査手法を使用する際はリスクとベネフィットを慎重に検討したうえで行う必要があります。
SCADの急性期対応
ACSの急性期対応としてはカテーテル治療(PCI)が広く行われていますが、SCADの場合、PCIによる医原性冠動脈解離や血管閉塞といった手技による合併症リスクが高いことが知られています。
PCIを行った場合、SCAD患者の約1/3で血腫が拡大し、複数の冠動脈ステント留置が必要になると報告されています。
このため、SCADにおけるPCIの治療成績は必ずしも良くないことを認識する必要があります。
Clareらの報告では、PCI、CABGで治療された症例はSCAD症例のうち、それぞれ11.1%、4.3%とかなり少ないことが報告されています。
一方、SCADを保存的に治療した場合、多くの症例(95%という報告あり)が、自然に治癒すると報告されています。そのため、Hayesらは「ほとんどのインターベンショニストは血行再建術に対して可能な限り保存的アプローチを遵守している」と述べています。
SCADの場合、侵襲的検査や治療に伴うリスクが高いことを考慮に入れると、治療の主な焦点は、最適な内科的治療を通じて症状を緩和することにあります。この内科的治療には、血圧コントロール、抗狭心症薬、鎮痛薬などが含まれます。
また、侵襲的な再検査が必要となるハイリスク患者を特定し、それ以外の症例では可能な限り血管造影などの侵襲的処置を避けることが重要です。
SCADの再発率は高い
SCADは再発率が高いことが報告されています。過去の報告によると、早期再発は約6.1%から17.5%の割合で起こり、その多くが入院中に発生するといわれています。
さらに、長期的に見ても再発率は高いことが知られており、Clareらの研究によれば、SCAD患者の10.6%で再発が確認され、その中には5年以上経過後に再発したケースも含まれています。この研究グループはまた、多変量解析を通じて線維筋性異形成(FMD)や偏頭痛が再発の独立したリスクファクターであることを示しています。
SCADを発症した患者さんに対しては、この再発リスクについて情報を提供し、理解を深めてもらうことが重要です。
SCADの慢性期管理
SCADに対する薬物治療の効果を調査したランダム化比較試験(RCT)は、いまだ行われていないため、確立されたSCADの管理方法は確立していません。
Clareらの報告では、抗血小板薬、ベータ遮断薬、スタチンの使用がSCADの再発リスクと有意な相関を持たないことを報告しています。
一方、Hayesらは左室収縮不全を伴う患者に対しては、通常の心不全治療で用いられるベータ遮断薬、ACE阻害薬、またはARBの使用を推奨しています。また高血圧はSCADの再発と関連があるとされており、血圧管理の重要性が強調されています。
一方で、脂質異常症がSCADの再発にどのように影響するかはまだ明確ではないため、SCAD再発リスクを抑制するための脂質管理を積極的に推奨する根拠は現在のところ不足しています。
PCIを行わなかったSCADに抗血小板薬は必要か?
2023年現在、PCIを行わなかったSCAD症例に対して、抗血小板薬の使用に関する明確なエビデンスは存在しません。そのため、抗血小板薬を使用すべきか、もし使用する場合はSAPTかDAPTか、また適切な抗血小板薬の治療期間がどの程度かについて、明確な指針は確立されていません。
冠動脈壁に発生した壁在血腫によって冠動脈の内腔が狭窄するという病態を考慮すると、血栓が狭窄部に付着して冠動脈を閉塞することを防ぐためには抗血小板薬を使いたくなりますが、一方で血腫の拡大を防ぐためには抗血小板薬を使いたくないというジレンマが生じます。
Hayesらは、2〜4週間のDAPT→ その後、3〜12ヶ月間のアスピリン単剤投与を推奨していますが、明確なエビデンスがない以上は「出血リスクや併存疾患をもとに個別で判断する」必要があるでしょう。
まとめ
以上、SCADに関する知見をまとめてきましたので、最後にポイントを列挙します。
このまとめが、少しでも皆さんの日常診療のサポートになれば、嬉しいです。
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