左冠動脈主幹部病変に対するPCIについてまとめてみた 2020.9.25
このマガジンでは、循環器領域で皆さんの「こまった」の解決に役立つ(?)情報を、独断と偏見で勝手にまとめています。
冠動脈疾患の血行再建には、経皮的冠動脈形成術(PCI)と冠動脈バイパス術(CABG)がありますが、皆さんは「左冠動脈主幹部病変(LMT)への血行再建はどちらを選ぶ?」と質問されたら、CABGと答えるのではないでしょうか。
実際、私が国家試験を受けたときは「3枝疾患とLMT病変はCABG」と教わりました。
しかし、近年のカテーテル技術の進歩によって、カテーテル治療の成績は飛躍的に向上し、また高齢化で基礎疾患を有し、CABGのリスクが高い患者さんが増加していることから、実臨床ではLMT病変に対してPCIが行われることは珍しくありません。
そこで、今回は「LMT病変に対するPCI」について、日本循環器学会(JCS)の『安定冠動脈疾患ガイドライン 2018年改訂版』(以後、SCD-GL 2018)をもとにまとめていきます。
JCSガイドラインでの推奨
それでは、まずJCSガイドライン(SCD-GL2018)でのLMT病変へのPCIの推奨度を確認しましょう。PCIの推奨度が表13(p27)にまとめられています。
しかし、表を見ても「左冠動脈主幹部」の記載がありません・・・。
ただし、下から2番目の「非保護病変」の記載内容が、文脈的にLMT病変と思える内容です。よくよく調べてみると循環器学会が本ガイドラインの正誤表を出しており、「非保護病変」→「非保護の左主幹部(LMT)病変」と訂正していました。
という事で、表の中の「非保護病変」=「非保護の左主幹部(LMT)病変」をみると、LMTに対するPCIの推奨度はSYNTAXスコア、2ステントが必要かで5つに分類されています。
・SYNTAXスコア22点以下、2ステント不要→class Ⅰ
・SYNTAXスコア22点以下、2ステント必要→class Ⅱb
・SYNTAXスコア23点〜32点、2ステント不要→class Ⅱa
・SYNTAXスコア23点〜32点、2ステント必要→class Ⅱb
・SYNTAXスコア33点以上→class Ⅲ
つまり、SYNTAXスコア 33点以上ではPCIは推奨されず、SYNTAX 32点以下かつ2ステント不要であればclass Ⅰもしくは Ⅱaになるので、PCIを考慮できると言えます。
ただし、LMT病変に対するCABGはSYNTAXスコアに関係なくclass Ⅰで推奨されており、そういう意味では冒頭の、「左冠動脈主幹部病変(LMT)への血行再建はどちらを選ぶ?」との質問の答えは、基本的にCABGといえるでしょう。
SYNTAXスコア
SYNTAXスコアは冠動脈の解剖学的所見から、冠動脈病変の複雑性、治療難易度を算出するスコアです。点数が高いほど病変が複雑で、治療(血行再建)が難しくなります。
SYNTAXスコアは上述のとおり冠動脈疾患の治療方針(PCI or CABG)を決定する際に汎用されており、多数のstudyで病変の複雑性の指標として使用されています。
スコアの計算法は非常に専門的なためここでは割愛しますが、狭窄の部位や数、病変性状(分枝や石灰化、血栓の有無、病変長など)をもとに専用のサイトを用いて算出します。※1
スコアの名のもとになった、SYNTAX試験(N Engl J Med 2009;360:961-72)を簡単に紹介しましょう。
STNTAX試験は「3枝疾患、LMT病変を有する症例」に対する血行再建をPCI vs CABGで比較した試験です。primary endpointは12ヶ月後の心血管イベント(全死亡、脳卒中、心筋梗塞、再治療の合計)としています。
結果は、12ヶ月時点での心血管イベントがCABG群で(PCI群と比較し)有意に少なく、3枝疾患やLMT病変に対する血行再建はCABGが標準的治療と結論づけています。※2
しかしSYNTAXスコアで分けたサブグループ解析では、SYNTAXスコアが0〜22点、23〜32点のグループではPCIとCABGの間にイベント発生率に有意差はみられませんでした。
以上の結果から、「SYNTAXスコア 33点以上はCABG、0〜32点はPCIとCABGいずれも選択肢になる」と解釈できます。
2ステントが必要か
ここでいう「2ステント」は、「ステントを2本連ねて留置する」というわけではなく、左前下行枝と回旋枝それぞれにステントを置く必要がある、つまり複雑なステント留置(Tステント、キュロットステントなど)が必要ということです。
なぜ「2ステント治療」だと推奨度が下がるのでしょうか?
その理由についてSCD-GL2018, p30では以下のように記載しています。
2ステント例は生命予後で差はないものの再血行再建を含め死亡,血栓症のリスクが若干高率であることが報告されている
分枝部病変への2ステント治療は、留置されたステントの形状がいびつになったり、LMTに留置される金属量が多くなってしまうため、(1ステント治療に比べて)再血行再建やステント血栓症が多くなってしまうことが問題なのです。
日本での2ステント治療の治療成績は論文ですでに報告されています。ボリューム的にこのnoteでは書ききれないため、詳細は別のnoteで詳しく書きたいと思います。
まとめ
以上、LMT病変に対するPCIについて、まとめました。
PCIの治療成績が向上してきているとはいえ、いまだエビデンスは「LMT病変に対するPCIは一部の症例でCABGに非劣性が示せた」というレベルです。
一方、PCIは局所麻酔で施行でき、低侵襲であることが大きなメリットです。
低侵襲なPCIを選択するか、エビデンスが強固なCABGを選択するか。
循環器内科医、心臓外科医が参加するハートチームで議論を行い、患者さんへの十分なインフォームドコンセントを行ったうえで、治療方針を決めるのが良いでしょう。
このまとめが、少しでも皆さんの日常診療のサポートになれば、嬉しいです。
今後の励みになりますので、スキ、フォロー、サポートをよろしくお願いします。
注釈
※1:SYNTAXスコアにはⅠとⅡがあり、上述しているのはSYNTAX Ⅰスコアのことです。SYNTAX Ⅰスコアは冠動脈の所見のみで算出するため、患者背景は反映されていません。そこで、SYNTAX Ⅰスコアの項目に加えて、年齢や腎機能、LVEFなどの患者背景を組み込んだものがSYNTAXⅡスコアです。
※2:研究期間が2005年〜2007年であり、PCIで使用されたのは第一世代薬剤溶出性ステント(Taxus Express)が使用されています。