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心筋トロポニンについてまとめてみた 2020.9.21

このマガジンでは、循環器領域で皆さんの「こまった」の解決に役立つ(?)情報を、筆者の独断と偏見で勝手にまとめています

急性冠症候群(ACS)の初期対応をするときに心電図や心エコーをする機会が多いと思いますが、正直苦手だなと思っているドクターは多いのではないでしょうか?※1

そんなときの強い味方が、心筋トロポニンです。

この検査は、定性検査では陽性/陰性、定量検査では数値で結果が出ますので、誰が検査しても同じ結果になるというところが使いやすい理由です。

そこで、今回は急性冠症候群(ACS)の初期対応での「心筋トロポニン」についてまとめます


トロポニンとは

トロポニンは筋原線維の収縮調節蛋白の一つで、3個の球状のポリペプチドからなるタンパク質(T、C、Iの三成分からなる複合体)です。中でも、トロポニンT、トロポニンIは心筋特異性が高く、心筋障害を反映するマーカーとして臨床で広く用いられています

従来の心筋トロポニン測定は、心筋障害が起きてから血中で感知できる濃度に上昇するまでタイムラグがあり、ACSの超急性期診断に不向きでした。

しかし近年、測定技術の進歩により、高感度トロポニンの定量評価が可能となり、心筋トロポニン測定はACSの超急性期での診断、リスク層別化に有用なツールへと進化しました。※2

日本循環器学会の『急性冠症候群診療ガイドライン 2018年改訂版』(以後、ACS-GL 2018), p24にも以下のように記載されています。

高感度心筋トロポニン測定系は従来のトロポニン系にくらべて測定精度が高く,発症後2時間以内の超急性期の診断にも有用であることが示されている

ACS患者さんが救急外来に到着した時点で、発症から2時間以上経過していることは多々ありますので、このタイムラグ短縮が救急診療へ与えるインパクトは非常に大きいですね。


ACS初期対応における心筋トロポニン

ACS-GL 2018では「ACS が疑われる胸部症状を示す患者の早期リスクの層別化に,心筋トロポニンを測定する」として、ACS初期診断でのトロポニン測定をclass Ⅰで推奨しています。

またACS-GL2018, p29に、CK-MBが上昇しないACS症例においても心筋トロポニン測定が有用であることを記載しています。

胸痛のために救急部門を受診した患者で,心電図でST上昇を示さずCK-MB値が正常でも,心筋トロポニンIの上昇が認められれば,その上昇の程度に応じて早期死亡率は1.0%から7.5%まで直線的に増加する  


それでは、心筋トロポニン測定をどのように用いればよいのでしょうか?ACS-GL2018, p25のフローチャートをみてみましょう。

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心筋トロポニン測定は「ST上昇なし」のところで出てきますが、ST上昇型心筋梗塞(STEMI)においても有用です。ただ単に、STEMIは治療を急ぐので、心筋トロポニンの結果を待っている時間がないだけのことです。

一方、非ST上昇型急性冠症候群(NSTE-ACS)の初期対応では検査結果を待つ時間があるので、心筋トロポニン測定は非常に有用です。

フローチャートでは、「心筋トロポニン上昇なし」かつ「発症から6時間以内」の場合、時間をおいてのトロポニン再検を推奨しています。これは初回検査が偽陰性であるリスクを考慮してのことでしょう。

再検のタイミングは「定性検査の場合:6時間後」、「高感度心筋Tnの場合:1〜3時間後」と記載しています。※3

また、来院時の心筋トロポニンが陽性だった場合でも、トロポニンの時間的推移をみることは有用です。初回と比べて、フォローのトロポニン再検で著増していたり、逆に低下して正常化していることもあります。

下表(ACS-GL2018, p46)に記載されているとおり、「心筋梗塞に合致する心筋トロポニン値の上昇および下降」があると、NSTE-ACSの中でも高リスクとなり、早期(24時間以内)の侵襲的治療戦略を検討する必要があります

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心筋虚血以外でも高値になるので注意

ACSの診断に有用な心筋トロポニン測定ですが、あくまで心筋障害の存在を反映しているだけなので、ACS以外の疾患でも高値になることは認識しておきましょう。

心筋トロポニンは心不全,腎不全,心筋炎,急性肺血栓塞栓症,敗血症など虚血以外の原因による心筋傷害でも上昇するため,注意を要する    (ACS-GL2018, p24)

最近は心不全、肺血栓塞栓症の予後予測のツールとして心筋トロポニンの有用性が報告されています。また、トロポニンは腎排泄のため、腎不全患者では心筋トロポニンT、Iともに高値になります。

このように、「心筋トロポニン上昇=虚血」ではないことを認識し、心筋トロポニン測定はあくまでACSの診断補助ツールの一つであり、病歴や心電図などから検査前確率が高い症例で測定することが望ましいでしょう。


以上、心筋トロポニンについてまとめました。このまとめが、少しでも皆さんの日常診療のサポートになれば、嬉しいです。

今後の励みになりますので、スキ、フォロー、サポートをよろしくお願いします。

注釈

※1:ACS-GL 2018に記載されているST上昇の定義を引用します。

universal definition(普遍的な定義)では,急性心筋虚血の心電図所見として,ST 上昇を隣接する 2 つ以上の誘導で次のように定義している:V2-3誘導では,40歳以上の男性の場合は2.0mm 以上のST上昇,40歳未満の男性の場合は2.5mm 以上のST上昇,女性の場合は年齢を問わず1.5mm以上のST上昇,V2-3誘導以外では 1.0mm 以上のST上昇(この定義は左室肥大や左脚ブロックのない場合に適用され,STレベルはJ点で計測,10 mmは1.0 mV として記録).


※2:心筋トロポニンの正常値と異常値とのカットオフは、測定方法により異なります。

トロポニンの心筋梗塞における基準値は各測定系で異なり、ロシュ・ダイアグノスティックスの hs-TnTでは健常人の99thパーセンタイル値は0.014 ng/ml, シーメンス社のTnI-Ultraでは0.04 ng/mlと報告  (J Cardiol Jpn Ed Vol. 7 No. 2 2012より引用


※3:このチャプターでは「発症から6時間後」なのか、「初回検査から6時間後」なのかについての記載がみつけられませんでした。

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