東芝「ギガビート」にこだわりを持つ男に会った
中学1年生の頃、同級生でめちゃくちゃ賢い奴がいた。
あるとき、クラスメイトの男と「軽い靴と重い靴、どちらが速く走れるか」という議題で論争を行なったときの話だ。
俺は軽い靴のほうが軽快なムードがあるし、エネルギーもあまり使わないで走れる気がする。それに軽い靴のほうが軽快なムードがある。軽い靴にはどことなく軽快なムードがないか? という主張で「軽い靴」派だった。
クラスメイトの男は、たしかに一見、軽い靴のほうが軽快なムードがあるが、実際にはその逆で、重い靴のほうが軽快なムードがあるという主張で「重い靴」派だった。
降りてくるスピードが重い靴のほうが速いのではないか、という点を最も重要視していた。たしかに重い靴のほうが、なんとなく足を速く降ろせそうな気がする。
いや、ちょっと待て。重くても軽くても落下するスピードは変わらないはずだぞ。なんかそういうのあったはずだ。ガリレオ・ガリレイってやつか。ガリレオ・ガリレイだぞ。残念ながらそれはガリレオ・ガリレイなんだよなあ。
そうやって話していたところ、ずっと横で黙って聞いていた「めちゃくちゃ賢い奴」がこう言った。
「それはニュートンの絶対空間での話でしょ?」
なんだって? なんだよその聞いたことない空間。マジでなんだそれ。中1が認識していい空間じゃねえだろ。
32歳になった今でも、彼以外の口から「ニュートンの絶対空間」なる単語を聞いたことない。
「俺くんさあ、昨日メールしたニュートンの絶対空間の件なんだけど……」とか上司から言われないぞ。そんなの社会出て使わないもんね。ベロベロバー。
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「めちゃくちゃ賢い奴」はその後、東大に行って今は「中世ヨーロッパの宗教改革がその後のヨーロッパに与えた影響」(?)の研究をしてる。ずっと意味がわからん。でもがんばってくれ。
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サマセット・モームの『月と六ペンス』は、伝説的な画家「ゴーギャン」をモデルにして書かれた、名作として名高い小説だ。
俺は大学生の頃に読んだのだが、なんで読んだかというと、その「賢い奴」が昔読んでたからだ。
「月と六ペンス読んでてさあ」って言ったら、周りより「圧倒的に上」に行けそうだろ?
タイトルが良い。月と六ペンス。頭よさそう。
そういう下心丸出しで読んだんだが、読んだら普通に面白かった。
うろ覚えだが、冒頭のあらすじを書く。
主人公は駆け出しの小説家で、「芸術家と仲良くしてる自分が好き」みたいな「サブカル」の女性に誘われて、あるときパーティに参加する。
芸術家だらけのパーティでみんな個性的なのだが、部屋の奥に明らかにつまんなそうな奴がいる。「ただのスポーツマン」みたいな奴で、絶対こいつはつまんねえ、話しても絶対面白くねえはず、と思って逆に興味を持って近づいてみる。
実際喋ってみると本当につまらない。ガタイが良いだけのただのスポーツマンだ。「証券会社に勤めています」。おぉ。「息子が2人、いい大学に入ったんですよ」。おぉ。「夏のバカンスには、義兄とゴルフに行きました」。おぉ、話題が全部つまんねぇ。
こいつマジで面白くねえな、と思っていると、この人こそが「サブカル」の旦那だということが発覚する。こいつが? だってあいつ芸術家好きだぞ。奇妙なこともあるもんだな、と思ってパーティは終わる。
あるとき、また「サブカル」に誘われて食事会に行くはずだったが、時間になっても彼女が来ない。心配して家に行ってみると、彼女はすごい勢いで泣いている。旦那が書き置きだけ残して突然いなくなったらしい。
『オテル・ド・パリ(パリのホテル)に行く』
「きっと駆け落ちだわ!」「秘書の若い女の子と駆け落ちしたんだわ!」
そう言って泣き続けている。
「そうだ、いいこと思いついた。あなたパリに行ってくださらない?」
え、俺がですか?
どうせ暇だろ? みたいな目で見てくるから、しぶしぶ承諾してパリに行く。
パリに着いて探すんだが、「オテル・ド・パリ」には彼はいない。色々と足跡を追っていくと、今はボロボロのアパートの屋根裏部屋にいるらしいことがわかる。ははん、これは駆け落ちじゃねえな。でもなんで家族を残して急にパリに?
屋根裏部屋のドアを開けると、簡易ベッドと丸椅子、それからカンバスだけが置いてある質素な部屋の真ん中に、ガリガリになって眼光だけギラギラ輝く「力石徹」みたいなやつが座っている。だがよく見るとたしかに、あのつまんねぇ奴の面影がある。
「よお」「なんだよ、連れ戻しにきたってか?」
なんか口調も変わってるし、性格も超悪くなっている。皮肉しか言わなくなってるし。
彼がのちの「ゴーギャン」である。(作中では「ストリックランド」)
部屋の真ん中には、上手ではないが妙な魅力のある絵が存在感を放っていた……。
みたいな話だ。
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超長くなってしまって、普通に作品読んだほうが早いし正確なんじゃないか、という結果になってしまってすいません。以上が冒頭のあらすじでした。
この部分で俺が面白かったのは、100年前のイギリスにも「夏のバカンスにゴルフに行ってる感じの体育会系って話つまんなそうだよな」という、ある種のステレオタイプがあったんじゃないか、ということだ。
実際には別にそんなことないんだろうけど、たしかに病弱で痩せてるほうが「ただ者じゃない感」がある。健康で太ってる俺からすると憧れの存在だ。
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高校生の頃に、俺もそういう偏見を持っている相手がいた。
サッカー部で成績もそこそこ、顔はまあまあ、性格は良くない。そしてなにより話してて全然おもしろくない奴だった。
帰りの電車が同じだったから、たまに鉢合わせると一緒に帰ることもあったんだが、話していても何かこう、薄いのだ。
「本当に好きなもの」とか「こだわり」みたいなものを全く感じない。「流行ってるものを追いかけてるだけの奴」だと思って接していた。
あるとき、また電車が一緒になって内心「うわぁ」と思ったんだが、一緒に帰ることになった。てきとうな話題で喋っていると、当時みんな持っていた「MP3プレイヤー」の話になった。
あの頃はほとんどの奴が音楽を聴くのに「iPod」を使っていた。俺も流行に乗ってiPodを買ってもらい、これみよがしにラルクとかバンプとかを聴いていたものだ。
ちょっと変わったやつはSONYの「ウォークマン」だった。このどちらかのMP3プレイヤーしか基本的には存在しないぐらいの勢いだ。ウォークマンすら「尖ってるね」みたいな扱いだった。
そんななか、そのサッカー部が出してきたのは「ギガビート」。
ギガビート? なんだそれ。iPodのパチもんみたいな見た目である。上海問屋のやつか? 東芝らしい。東芝ってMP3プレイヤー出してたのか。
「俺は絶対ギガビートじゃないとダメなんだよ」
そうなの?
「MP3っていう拡張子はさぁ〜……」
彼が熱く語ってくれた話はばっさりカットするが、要するに、「MP3」と「WAV」という拡張子があって、音楽好きなら「MP3」は絶対ダメらしい。しかし、世間で流行っているiPodとウォークマンはMP3にしか対応しておらず、ギガビートだけがWAVのファイルを入れることができる。だから絶対にギガビートじゃないとダメなんだそうだ。この先なにが起きてもギガビートを買い続ける、彼はそう言っていた。
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彼が音楽を深く愛していることも、そこにこだわりがあることもそのとき初めて知った。たまたまそいつとは大学も一緒だったんだが(仲良くはなかった)、ライブハウスを巡っていつも全国に足を運んでいたらしい。
俺が知らないだけで「本当に好きなもの」や「こだわり」がある奴だったのだ。むしろ俺に話してもわからないだろうということで別の話をしてくれていただけだったのである。なんと情けない。俺が聞き手として信頼されてなかっただけじゃないか。
人を見た目で判断してはいけない。彼は今でもギガビートを買い続けているだろうか。俺はいまだにWAVとかそういうのはよく分からないが。
全く同じにしか聞こえない。俺は五感が全部にぶい。
今となっては良い思い出である。Mくん、申し訳なかった。