面接でヒエッヒエになった
最近、千葉に住んでいた友人が新宿区に引っ越してきた。彼の職場は都内の千葉寄りの区にある。だから通勤には明らかに不便になった。
「どうしてそこに引っ越したの?」と聞いたら、「〇〇駅に住んでるとモテると思って」と言っていた。
そういう考え方があるのか。
似た話でいうと、関西に住んでいた大学の先輩が東京に引っ越してくるときに、「都内でモテる駅教えて」と聞いてきたことがあった。
「ありませんそんな駅」と答えた。
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モテる駅。モテる駅ね。あるんですかね実際の話。考えてみたことがなかった。仮にそうだな、「武蔵関」をモテる駅とするか。「大泉学園」をモテない駅としよう。
ちなみに、さすがに「六本木」とかは前提条件が違いすぎるから選外だ。六本木に8万のワンルームとか無いだろ。
たとえば合コンの席で「どこ住んでるの〜?」と聞かれる。
「武蔵関だよ」
「わー、武蔵関!? すき!❤️」
「うそ、ごめんごめん、本当は大泉学園」
「大泉学園はBoo!👎」
「な〜んて、本当は武蔵関だよ」
「武蔵関!? すき!❤️」
「うっそー、本当は大泉学園」
「大泉学園はBoo!👎」
こうなるってこと? 無視しろこんな奴。
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その昔「キャリコネニュース」っていうサイトがあって、さっき調べたら今もあるんだが、「キャリア」と「コネクション」の略だろうか。職場の問題などを取り扱うニュースサイトだ。
2014年。大学生の頃だ。どうしたきっかけか忘れたがたまたま検索で引っかかったことがあって、とあるニュース記事が目に入った。タイトルは
「職場での胸の強調は禁止すべき? 『タートルネックの女性が気になって仕事にならない』」
2014年の日本では「タートルネックの女性が気になって仕事にならない」奴がいたのだ。俺は希望を持った。そんなことで仕事にならない奴が仕事してるのだ。じゃあよっぽど誰でも大丈夫だな。
この記事は、そういう奴がブログで書いた記事と、その記事に対する賛否両論のコメントを紹介している。
「長袖着用の冬にわざわざ職場でボインを強調させるって意味がわからない」
「禁止には同意」
それに対する女性の意見
「寒いからタートルネックを着てるだけ」
「流行だから仕方ない」
男性の目線は気になるが「気にしたらキリないよ〜」
との意見が紹介されている。
なんなんだ。まあ女性の意見はいいわ。正論だ。問題は上の連中だよ。いい大人がなあ、「ボインを強調させるって〜」じゃないんだよ! 真面目にやれ!
記事の最後に付け加えられていたのは他の記事への誘導だ。
「あわせて読みたい:『ミニスカ絶対領域』女子社員に困惑」
おい! いつになったら真面目に仕事すんだよ!
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就職活動をまともにせずに社会に出たから、いわゆる新卒向けの「面接」というのをほとんど経験していない。唯一、とあるIT系企業に面接に行ったことがあった。結構特殊な会社で、俺みたいのもまかり間違って通しちゃうんじゃないかと思ったのだ。
まず「エントリーシート」が無かった。普通は履歴書か、ほとんど履歴書と変わらんものを作って応募するものだが、そこはネットでアンケートみたいなのに答えるのが一次の「書類選考」だった。
質問は「こだわりはありますか?」みたいな感じだった気がする。面接で話が広がるように回答するのがスジだろうか。セオリーがわからん。俺は「カレーにじゃがいもを入れない人間は信用してない」みたいな答えを書いた。そういう質問が30問ほどあっただろうか。大体は一問一答で答えた。「将来の夢は?」「島根に住むこと」とか、そんな感じだ。島根に住むのが夢なのは本当の話だ。
一応全部真剣には書いたが、「貴社でこれこれこういう〜」みたいな書き方が全然良いと思ってなかったのと、とにかく真正面から就活に向き合うのが嫌すぎたのでこういうことになった。明らかに正攻法ではない。こういうやり口は全くおすすめもしないし、おそらくほとんど全ての会社はこのテのやり方をすると失敗すると思うが、その会社的には「とりあえず面接に呼んでみよう」となったらしい。書類は通って面接に進むことになった。
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都心の巨大なビルの12階とかだったか、直接オフィスに呼ばれて「人事部長」が出てきた。いきなり人事部長かよ、と思ったが、そういうもんらしい。次に進めば取締役、最後は社長と面接だ。めんどくせえ。人事部長はなんのためにいるんだよ。信用してやれよ、と思ったが、それもやはりそういうもんらしい。
その会社は「創作している」人間が好きな会社だというのは下調べで知っていたので、学生時代、創作はおろか何もしていなかった俺は面接までのあいだに超頑張って漫画を描いた。20ページの読み切りギャグ漫画だ。これを見せてなんとか乗り切ろう。
俺が人生で「創作」したものと言えば「ジャンプに投稿した」の回で語った19ページの漫画と、この面接のときの2作品ということになる。前回のやつはコピーなんか取ってないので完全描き下ろしだ。でも「生原稿」って、素人が描いても迫力あるんだぜ。
オフィスの隅の会議ブースみたいなところに通される。ある程度は準備していたが、書類選考のときに書いたことについても特に聞かれず、想定していたような特殊な質問もされなかった。めちゃくちゃ「普通の面接」だ。簡単な履歴書からいくつか聞かれ、学生時代に打ち込んだこととかも聞かれたと思う。そういうのはまずい。そのテの練習はしてないぞ。「カレーにじゃがいもを入れない奴をなんで信用してないか」を熱く語る練習なら何度もやったけど。
冷や汗をかきながらしどろもどろになる俺。面接官の目からどんどん光が失われていく。
ちなみに書類選考の内容については一言だけ「シンプルでね、逆に目には止まった」ぐらいだった。
「これはボケで書いたの?」とニヤリとも笑わず聞いてくる。
「ちょっと笑うかなあとは思いました」
「……へえ」
ひ、ひええ〜。来るとこ間違えたぞ。「呼ぶんじゃなかった」という顔をしている。俺は戦場に銃を忘れてへらへらしているボンクラだ。手ぶらで来ました、面白いでしょ? って言っても普通に上官から叱られるだろう。そんな状態だ。
「この会社で何がしたいですか?」
「そうですね、なんでもしてみたいです。なんだってやりますよ発泡スチロール食べたり、へへ」
「あのさあ」
しびれを切らして面接官が、もう我慢できないから言うけど、というテンションで言ったことは、考えてみれば当然の話だった。
「普通はね、面接っていうのは『この会社で何々がしたいです』って来るもんなんだよね。それが無いってありえないから」
普通に説教が始まった。そりゃそうだな。いやほんと、すいませんでした。
「他にもIT系企業って人材不足だからさ、これから気をつけてね」と言われる。あ、これはもうダメなやつですね。あとは面接官と別れを告げるだけ、という状態になった。
ただ描いてきた漫画をまだ見せてない。もう終わってるけど、頑張って描いたし、見てもらうだけ見てもらうかと思ってカバンから原稿の入った封筒を取り出す。
「漫画描いてきまして」と言うと、急に意外な反応が返ってきた。
「ええ漫画!? 見せて!」
お前そんな表情することあったんだな、と思うぐらい表情が変わった。ちょうど女の子がよく俺以外に見せるような表情だ。
「へえ! ふ〜ん」と言いながら俺の漫画を読む。ここで初めて面接官の顔に笑みが混じる。さっきとは打って変わってイキイキしている。「発泡スチロール食べたり」のときなんか「地球滅亡」みたいな顔してたからな。あんなに恐ろしい顔、後にも先にも見たことがないぜ。
「うん、やっと君の意味がわかった。次の面接に進んでもらおう」
と、急に優しくなった面接官がオフィスを案内してくれて、その日の面接は終わった。ちなみに次の取締役との面接で同じような失敗をして普通に「お祈り」された。
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自分で書いてて震えるほど情けない話だな、と思う。教訓めいた部分があるとすれば、面接とかの準備は普通にやるべきだということだ。空手で行ってもヒエッヒエになるだけなので、形式ばったやりとりもバカにせずに正面から向き合わないといけない。
いつなんどき、また俺が面接を受けることになるかわからんが、そのときはまた何か失敗して、こうやって震えながら語ることになるだろう。少なくとも記事のネタにはなったと前を向こう。俺は過去の失敗から学ばない男だ。
今となっては良い思い出である。