「幸せ」と事故った
「ハコヅメ」という交番の警察官が主役の漫画がめちゃくちゃ面白くて単行本を繰り返し読んでる。震えるのは、登場人物たちが3日間徹夜で仕事し続けたり休みの日が潰れまくっているのをそれほどなんとも思ってないところだ。知り合いの警察官に聞くと「結構リアル」らしい。
警察署のエース刑事である「刑事課の係長」に至っては「数年間布団で寝ることがなかった」という描写がある。なんという……。応援してるぞ警察のみなさん。
「警察24時」という番組をたまに観る。白バイ隊員が逃げる車をカーチェイスの末に捕まえたり、一見怪しく見えない人を職質したらクスリが見つかったり。悪い奴がちゃんと捕まるからアンパンマン観てるようだ。ちなみにだけど、俺はバイキンマンが必ず負けるのが子供心に気に食わなかった。絶対に暴力で解決するしな。正義とは。
「警察24時」が違法アップされているYouTubeのコメント欄には「悪いことをしたらちゃんと捕まってほしいです」と書いてあった。俺たちは?
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パトカーに本部から指令が入る。コンビニで店員さんに絡んでる酔っ払いがいるという通報だ。現場に急行する警察官。
店員さんは女性で、とにかく困り果てている。酔っ払いは中年の男で、うろうろしながら要領を得ない。
「なんでもない。なんでもないから」と言いながら逃げようとする。警察官が引き止める。
事情を聞くと、以前から店員さんはこの男に嫌がらせを受けているそうだった。店員さんがトイレから出ようとするとトイレの前に立ち塞がって出られないようにしたり、今回もトイレの前でずーっと待ち構えて、出るなり絡み出す。たまりかねて通報したとのことだ。
警察は2人を引き離して別々に話を聞く。1人の警察官が酔っ払いに問いかける。
「どうしてそんなにあの店員さん嫌いなの?」
「……」
「……」
「好きだからに決まってるじゃねえか……!」
「ん?」
「は?」
好きだからに決まってるからだったのかよ。急に切なさ出てきたな。そうか……。なんかそうなってくると力になってやりたい気もする。ちょっとこっち来てミーティングしよう。まずどうすればいいんだろうな。バッドエンドしか見えんな。
俺が小学生の頃好きだった子はコンビニの横に住んでたんだが、そこは家から3番目ぐらいに遠いコンビニだった。自転車で20分ぐらい。でもお小遣い貰うとわざわざそこ行って買い物してたな。「あれ、偶然だね!」みたいなことを期待してたんだが一回もそんなこと起きなかった。なんかそういった精神を感じる。レベルは全く違うが。
これぐらい好感度マイナスに振り切ったところから始まるラブコメもあっていいよな。転校したらそいつがいるっていう。何回転校してもそいつがいる。転校先にどんどんストーカーが増えていくハーレムものだ。8叉路で7方向からストーカー達がぶつかってくるぞ。
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「彼氏彼女の事情(カレカノ)」というアニメがキッズステーション(47ch)でよくやっていた。少女漫画が原作のラブコメで、「ヱヴァ」の庵野秀明監督の手でアニメ化されたものだ。
俺が中学生の頃、アニメオタクを名乗るなら庵野秀明監督率いる「ガイナックス」は避けて通れなかった。「ヱヴァ」と「フリクリ」はもちろん必修で、「カレカノ」と「アベノ橋魔法⭐︎商店街」も普通に生きてたら観るっしょというノリだ。もちろん全部観た。とくに「カレカノ」は中学生にとってはかなり刺激的なアニメで、いろんな感情を悶々とさせながら観ていたのを覚えている。
主人公は「宮沢雪野」という女子高生で、成績優秀でスポーツ万能、そして容姿端麗な完璧超人として学校で注目の的なのだが、周りからチヤホヤされるために実はめちゃくちゃ泥臭い努力を重ねている人物である。そしてそのことは家族しか知らない。学校ではあくまで「天才」「最初から美人」というキャラを貫き、見栄を張ることを最優先に考えている。
もうひとりの主人公は「有馬総一郎」という、財閥の御曹子で成績優秀、スポーツ万能、性格も素晴らしく、そして超イケメンという、そんな人間がいてたまるかという男だ。そんな有馬は雪野以上にみんなの注目を集めてしまい、チヤホヤされることだけが生きがいの雪野としてはメラメラと対抗心を燃やし、なんなら「不倶戴天の敵」ぐらいに思っている。
あるとき、優等生の雪野はいつも通り教室に一番早く着く。廊下に出ようとドアを開けると、有馬がちょうど立っていてぶつかってしまう。ライバルの有馬にドジなところを見せてしまった雪野は、そこから逃げ出すために走り出す。すると後ろから手首をガシッと掴まれる。耳元で有馬が言う。
「覚えてて。僕は宮沢さんを、好きだから」
「え……?」
見つめ合う2人。(画面いっぱいにキラキラと川面が光る情景)
なんだそりゃ? なんだそりゃ。おい、なんだいそりゃ。
なんだなんだ。おーい、なんだ? なんだ!? なんだそれ。なんだ?
さっきの酔っ払いにカレカノ教えてあげよう。
走って逃げる店員さんを〜、手首ガシッと掴んで〜、「好きだ」って伝えちゃいなYO。なんか上手くいってたよ漫画だと。有馬くんも最初は「敵」だと思われてたからさ。参考になると思うぜ!
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せっかくラブコメの話だから、俺が中学生の頃の話をしようかな。
俺は中学受験で東京の学校に全部落ちて千葉の学校に入ったんだが、地元の埼玉から通う人は結構少なかった。最寄り駅が一緒なのは稲本さん(仮)という女の子1人で、クラスも違ったから特に話すこともなかった。なんとなく名前は知ってるぐらいだ。
あるとき、改札を出ると後ろから稲本さんに話しかけられた。
「ねえ、同じ駅なんだね」
そうだね、と思いながら「そうだね」と返した。そうだからだ。
「この駅から通う人珍しいよね」
「うん、稲本さんと俺だけだと思う」
「じゃあ今日から友達だね!」
「うん、友達……」
「じゃね!」
溌剌とした感じで去っていく稲本さんの背中はなんか眩しかった。友達か。トモダチ……。ニンゲン、クウ。なんだろうなこのポワポワしたやりとりは。友達。そういう宣言をしてくの良いな。稲本さんの溢れんばかりの「正のエネルギー」に心打たれて、俺は呆然としながらとぼとぼ歩いた。
数日後、改札の手前に着くと稲本さんの姿を見つけた。改札の向こうには短いエスカレーターがあって、稲本さんがなんとなくこっちの方向をボーッと見ながら乗っている。
お、「友達」でおなじみの稲本さんじゃねえか。そう、俺たちは数日前から友達になったわけだ。俺は稲本さんに手を振った。おーい、俺だぜ。稲本さーん。
稲本さんは手を振る俺に気づき、しっかり目が合った。「は?」という顔をしている。
直後、完全にゴミを見るような目で俺をじろじろ見てから、プイっと前を向いて行ってしまった。ええ……。なんで? 俺知らない間に下半身露出でもしてたか? いや、ズボン履いてるな。乳首出てる? 出てないな。なんでだ? え、なんで?
それから6年間、稲本さんとは事務的な会話しかしなかった。どこに行ったんだあの日の眩しかった稲本さんは。行方不明になったまま20年が経つ。
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それにしても春だ。このあいだの日曜日の昼間、駅に向かう道を歩いていたら若い男の人が自転車の後ろに小さい子を乗せていて、その横を奥さんらしき人が自転車漕いでた。親子3人でサイクリングか。
「決めたー! 16才になったらパパと結婚するー!」
と、その小さな子が大声で宣言していた。
横で自転車漕いでる奥さんが「だめー」と言ってた。
なんか「幸せ」にぶつかった。「幸せ」と事故った。春になるとこうした事故が増える。陽気な季節だからだろうか。
暖かくなって夜によく散歩をする。4時ぐらい、真っ暗な首都高の高架下で50代ぐらいのおじさんが植え込みに向かって四角い段ボールをゲシゲシ蹴っ飛ばしてた。なにしてんの。落ち着くなあ。あるよなそういうとき。そりゃこんな日は首都高の高架下で植え込みに向かって四角い段ボールをゲシゲシ蹴っ飛ばすさ。そういうものだ。
俺は祈った。幸あれ。こんなしみったれた外れの高架下で、たまたま段ボールを蹴っ飛ばしてたおじさんと、たまたまそれを見てた俺に。
幸あれ。この夜の全てに。
祈りながら俺は、汚れた靴を水たまりで洗いながら帰り道を歩いた。